紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

Articles

第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)


第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

(原作 1971.4月)(放映 1972.5.27)
お光がお藤を捜してほしいと頼んでも一向に取りあわず、ドンとお光を手で押しやり「そこに立たれると、手元が暗くてしょうがねえ」
と言う紋次郎に、思わずクスッと笑いたくなる。
そう、このテレビ版の本作品は、随所にクスッと笑えるシーンが出てくるのだ。上等な着物がズタズタになり、破れた足袋のまま放浪するお藤といい、ひげ面の上條恒彦演じる「釜石の木太郎」といい、いつもの悲惨で暗い雰囲気とは少し違うのである。木太郎は原作にはない登場人物だが、もう一人原作にはない特異な人物がいる。

それは「鬼の十兵衛」の傍らにいつも突っ立っている青白い顔をした男だ。
なんの説明もないが十兵衛は「そいつは白痴だ。何もしねえ」と庇っている。この男をなぜ登場させたのか。それは、何もしないからだろう。

「でけえ顔して俺を見下ろすヤツが、我慢できねえ生まれつきなんでえ!」と啖呵をきったように、十兵衛が一番気にくわないのは、権力をかさにかける人間なのだ。
「俺に父親はいねえ。俺がたった十四の時に後妻をもらいやがった。あれはただの雄だぜ。こんなひでえ事があるかい?あいつはそれでも俺に向かって親父だとでけえツラしていやがった。後妻を家に入れておきながらだぜ。俺の親父はその時死んだ」(ドラマの台詞)

十兵衛の父親は十兵衛の母が亡くなってすぐ再婚したのだろう。十兵衛はそんな父親が許せなかった。父親は十兵衛が反対するのを聞かず、父親としての威厳をふりかざし再婚したのかもしれない。きっと十兵衛は、死んだ母親のことが心底好きだったのだろう。
横暴な父親の存在が、権力に牙をむく十兵衛をつくったのではないか。
白痴とされている男は、何の欲も策略も持たない。人間不信の十兵衛にとって、およそ人間くさくないこの男だけが、唯一そばにおける人間なのだ。
原作の十兵衛は、テレビ版のような鬱屈した性格は与えられていない。無欲で人間の汚い面を持たない男を登場させ、十兵衛との対比を狙い、複雑な内面の十兵衛をつくった市川監督はさすがである。

第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

第1シーズン最終回に相応しく、この「流れ舟……」は見所満載であるが、一番の見所はやはり炎上シーンだろう。炎をバックにした十兵衛との殺陣は、炎の赤と影の黒とがコントラストを際だたせ、ダイナミックさと緊張感を両方味わえる。
十兵衛の背中のやけど痕で実は小平次本人だったということが初めて分かる。小平次は死ぬ間際に全てを明かす。小平次という名前が気に入らないだけで何の罪もない人夫を殺したこと、父親を憎み殺させたこと。
その中でお光のことを「あいつはバカだが、可愛い女だ」と言う。本当にその通りで、お光はたくさんヘマをやらかしている。元来嘘をつけない性分なのか、策略が全てばれてしまっていた。顔に痣ができるほど痛めつけられても、十兵衛のために健気に立ち回る。今で言うとDVである。そりゃあ、男にすれば可愛い女だろうし理想的な女だろうと思う。
十兵衛亡き後、傍らにいたあの男とお光はどうなるのだろうかとチラリと思ったりする。

十兵衛を斬った後、橋奉行出役の武士に出合う。この武士は自分で「橋奉行出役(でやく)……」と名乗りをあげるのだが、本来は「でやく」ではなく「しゅつやく」が正しいとのことである。難しいものである。

「……これを『とりしまりでやく』と読んでいるのは誤りである。……連続テレビ映画『世直し奉行』を始め、『荒野の素浪人』『木枯し紋次郎』など、いずれも誤読しているのは、どうしたものであろうか。」
               (林 美一著「時代風俗考証事典」より抜粋)

木太郎が言ったとおり、火付けは流れ者のせいにして紋次郎に斬りかかる。
しかし紋次郎は動じず、歩をゆるめることなくズンズン進み一瞬にして斬り捨て、何事もなかったように去っていく。
原作でのこの武士は、焼失の責任者として切腹を命じられているのだが、テレビ版では紋次郎に一刀両断で斬らせている。最終回なので、公儀の者を渡世人が斬るなんて普通はあり得ないが、サービスということか。
暗闇の中、横一直線上に二人を配し、白い道と登場人物だけをライトアップした映像は、スタイリッシュで何となく「必殺仕事人」っぽく感じるのは私だけか。

お藤が待つ小舟に戻ってきた紋次郎は錨を上げ、お藤は一生懸命とも綱をほどく。世間知らずで何もできなかったお藤が、ここで初めて紋次郎の役に立つ。
炎上して崩れ落ちる牧須橋の下を紋次郎が操る小舟は進む。このシーンは実物大の10分の1の大きさの橋を実際につくり炎上させたものだということだ。テレビ番組作品とは思えない、手間と費用のかけ方である。
小平次は十兵衛に殺され死んでいたこと、その十兵衛を自分が斬ったことをお藤に話す紋次郎。初めてついた嘘であるが、お藤の事を思いやっての優しい嘘である。舟から身を乗り出そうとするお藤の手元に楊枝を飛ばし「妙な考えを起こしちゃいけやせんぜ。あっしと違ってお藤さんには、帰るところがあるんでござんすからね」と諭す紋次郎。
小平次も流れ舟であったが、紋次郎も同じく流れ舟であったのだ。流れ舟と共に紋次郎の姿は川下に消える。ファンにとってはしばらく会えないという切なさで、胸が締め付けられそうになる瞬間である。
そして紋次郎と再び会えるのは半年後となる。

トラックバックURL

http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/tb.php/29-8989003d

この記事へのトラックバック

この記事へのコメント

Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

お夕様。こんばんは。この「出役」は原作では確か「しゅつやく」とルブが振ってあったように思います。脚本に直す時のミスなんでしょうかね・・。紋次郎も小平次と同じ流れ舟ですか・・。本当にそうですね。悪の小平次と無欲の「白痴の男」。小平次と紋次郎の生き様の対比。本当に上手い演出ですね。この作品は第一シーズンの最終回まで温存していたのはさすがだと思います。

  • 20090727
  • sinnosuke ♦lyPFpAL.
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

再度です。今原作読み直してみたらこの作品の中の「出役」は「でやく」となっていますね。(@_@。他の作品は「しゅつやく」となっているのですが・・。早い時期の作品なので違ってるのかな??

  • 20090727
  • sinnosuke ♦SYpZ2H2I
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。
この事典では「……ところがこのところ出版される研究書はみな『でやく』である。わざわざルビまでふって読ませているが、大正四年に刊行された安藤博氏著の『徳川幕府県治要略』が正しい読み方を示している。」と書かれていますので、研究書でも間違いがあったほど特殊な読み方だったようです。
ここまで来ると私はお手上げですが、作家や脚本家の方はかなりの資料を読み込まれ、深い造詣がないとつとまらないんだなあと痛感します。
フィクションとノンフィクション、バランスが難しいですが、その割合で作品の特徴が出るんでしょうね。

  • 20090727
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

 1部の最終回と1週間前に知って、寂しい気持ちとワクワクした気持ちで、その1週間を過ごした記憶があります。
 橋が焼け落ちるシーンのスペクタクルは、当時のTV番組では画期的なことでだったと思います。
 それになんと言っても「流れ舟は帰らず」ってタイトルがカッコイイ!

  • 20090729
  • カミヤッカー ♦a2H6GHBU
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

カミヤッカーさん、コメントをいただきありがとうございます。
当時はテレビ番組事情など知る由もなく、いつが最終回なのか、ワンクールは何回までなのか、知識なく観ておりました。
ですから第12話「木枯しの音に消えた」の時など、「ああ、もしかしたらこの回が最終回?」とドキドキしながら観たものでした。
情報量が少ないのと、当時、子どもだったということで、私にとっての「中村敦夫さん」も謎の人でした。今思えば、その方が良かったんですが……。

笹沢氏は題名を付けるのに、この後とても苦しまれるそうです。とにかく格好いい言葉を使わないといけませんからね。本当に何もかもが斬新でスタイリッシュでしたね。

  • 20090729
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
お邪魔いたします

お夕さん



さきほどは、私の稚拙なブログにコメントをくださり有難うございました。
今、少しずつ日記を拝見させていただいております。

DVDで久しぶりに作品を見直しておりますが、この「流れ船・・」は印象的でした。
普段と勝手の違う紋次郎さんに少しそわそわしながらも、ラストの画面の美しさはさすが市川監督だなぁ思わず唸りました。
もしかしたら、お藤さんのような女性こそ紋次郎さんを包み込んでくれるのかなぁ・・とも。
恥ずかしながら、原作は未読なのですがぜひ読んでみたいと思います。


お夕さん、おみつさんを始め紋次郎さんに深く傾倒されている皆さんの記事は面白く
また、深い探求でもって本当に感心するばかりです。
私なぞ足元にも及ばないファンですが、これからもまたお邪魔させていただきたいと思っています。


お夕さんの写真は、ふと紋次郎さんが横切りそうな気配をたたえていて、素晴らしいですね。
恐れ入りました。


まだまだ残暑厳しい毎日のようですが、どうぞお身体ご自愛ください。


jyllusyn (sputnikoy)



  • 20100828
  • jyllusyn ♦jWfweiTY
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第18話 「流れ舟は帰らず」(後編)

jyllusynさま、先ほどは突然お邪魔いたしまして失礼しました。

早速のご訪問、コメント、ありがとうございます。

この回の紋次郎をはじめ登場人物は、いつもと違いキャラ立てがおもしろかったですね。
吉田日出子さんの起用が、すべてを物語っている感じです。
天然のお藤さんの前では、紋次郎も調子が狂ったか(そこがまた微笑ましい)、新たな魅力を感じました。

またよろしければ、おいでくださいね。

  • 20100828
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
コメント投稿フォーム

管理者にだけ表示を許可する

Paging Navigation

Navigations, etc.

About This Website

/