紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「黙して去った雪の中」

日々紋次郎「黙して去った雪の中」

日々紋次郎「黙して去った雪の中」
最近再読した「黙して去った雪の中」。暑い季節に冬の話を読むというのもなかなかオツなものだ。
派手な展開やアクションはないが、趣深い作品であり、私は結構気に入っている。
紋次郎が小さな旅籠に草鞋を脱ぐ……というところから話が始まる。

雪の中でひっそりと営んでいる、この旅籠の雰囲気がいい。
大体紋次郎が旅籠に泊まるということが珍しい設定である。信州と上州の国境にある渋峠。その五里手前にある湯田中で営んでいる旅籠で、湧き湯がある。
この付近は、私もよく訪れているのだが、とてもいい雰囲気の温泉宿がたくさんある。

もちろん紋次郎は温泉目当てで旅籠に入るのではなく、雪の中の峠越えを控えて、早めに宿をとったのである。しんしんと雪が降る静けさの中、女主人と紋次郎は短い会話を交わす。

善光寺の押鏡の京蔵親分のことを知っているか、という問いである。紋次郎は1年前に一度だけ、一宿一飯の恩義を受けたと話す。

女主人の名は「お絹」、娘は「お袖」という。お絹にはお袖の他に菊太郎、音吉、乙松と息子がいるのだが、長男の菊太郎は1年前にこの世を去った。明日が命日で喪が明ける。

実はこの菊太郎は、紋次郎に殺されたのである。菊太郎は京蔵一家の三下として修行をしていたのだが、一向に子分にしてもらえない。その焦りから貫禄ある渡世人を手にかけて男を上げようとした。その相手が紋次郎だったのである。紋次郎は京蔵の住まい近くで闇討ちにされかけた。当然反射的に身を守る。正当防衛である。菊太郎は無駄死である。

主人は5年前に他界して、長男の菊太郎は1年前に殺され、その心労からお絹の目は見えなくなってしまった。音吉と乙松は意趣返しのため、紋次郎を追って旅に出ているという……一連の苦労話を、相部屋になった商人清兵衛とお絹の会話から知る紋次郎。
その張本人が自分であるということを打ち明けることもせず、沈黙する紋次郎。

清兵衛は湯に浸かりに行くため、部屋を出る。
部屋には紋次郎、お絹、お袖が残る。静寂が始まる。

「地の底にでもいるような静寂」
「その静けさが目の前に、野山に降りしきる粉雪を描かせる。」
「三人は三体の彫像になっていた。」
「手焙りの炭火のうえの鉄瓶の口から、湯気が頼りなく立ちのぼる。鉄瓶が、シーンとなっている。それが微かながら、静寂の中の唯一の音であった。」

まるでその部屋の中に自分も座っているような感覚になる。緊迫した静けさではなく、寂しく虚ろな静けさである。紋次郎は1年前のことを思い出す。

「紋次郎の胸の中に粉雪が舞う。」
「むなしさに紋次郎の心は冷えて、虚ろな気持がそのまま凍りつく。ここにいてはならないのだという思いが、寂しさなど忘れたはずの紋次郎を寂しくする。」

このときの紋次郎は「過ぎ去ったことはなかったことと同じ」という心境ではない。流れ渡世人の宿命とはいえ、お絹の息子である菊太郎を手にかけてしまったのだ。紋次郎の胸中に去来する寂しさが、紋次郎を無口にする。

今まで、降りかかった火の粉を払うとはいえ、何人の命を紋次郎は奪ってきただろう。死んだ者には肉親がいる。奪った命の何倍もの数の哀しみが、この世に降り積もっている。紋次郎はそのことを、この旅籠で静かに思い知る。

日々紋次郎「黙して去った雪の中」

雪に閉ざされた小さな旅籠の小部屋。三人三様の静寂の意味。お絹やお袖は、目の前にいるのが紋次郎と気づいているのか否か……。

珍しく紋次郎のほうから、独り言の呟きで静寂を破る。

「明日が、命日ですかい」

お絹は、「命日に間に合うように遺髪を善光寺の南にある菩提寺、海雲寺に納めたかったが、とても無理だ」と涙する。

紋次郎はその遺髪を、自分が届けに行くと申し出る。
結局この旅籠には、1時間ほどしか滞在しなかったわけである。湯上がりの清兵衛の驚く顔を尻目に、紋次郎はまた雪の中に身を置くのである。

来た道を引き返すことなど、アテのない旅をしている紋次郎にとっては、苦にするものではない。
しかし頼まれもしないのに、自ら引き受けるということは希有なことではある。
紋次郎は、ここにいてはならないのだ。罪滅ぼしという意味もあるが、紋次郎はここにいる資格がないのだ。哀しい因縁がわかった以上、とどまれない。やはり去らなければならない。

遺髪を振分け荷物に入れ、紋次郎は静かに旅籠を後にする。
静寂……。

実は遺髪を菩提寺に届けてほしいという願いは、お絹が咄嗟に考えた嘘であった。兄の命日には、二人の兄弟が帰ってくる。紋次郎に出くわすと、意趣返しの修羅場になるだろう。菊太郎だけでなく、音吉も乙松も紋次郎に命を奪われるに違いない。それを避けるために、芝居を打ったのである。

しかし、この大芝居……紋次郎がどんな男なのかを見抜かないと成功しない。お絹は盲目でありながら、紋次郎の内面を見抜いていた。紋次郎は必ず、遺髪を手にして菩提寺に向かうだろう……この男ならきっとそうする……という確信があったのだろう。

なぜ、みすみす仇である紋次郎を逃がしてしまうのか、と娘のお袖は詰め寄るが、母親のお絹は達観したセリフを口にする。

「仇討ちや意趣返しのために、捨てる命のほうが惜しいですよ。」

実に賢明な智慧である。人生の辛苦をなめた母親の心情である。

紋次郎は街道へ出るところで、玉簪が落ちているのを見つける。お袖のものである。その雪の上に文字が書かれていた。

「おまへは もんじらう」

やはり、そうとわかっていたのか……。やはり、ということは紋次郎も薄々感づいていたのだ。

紋次郎は、玉簪の脚の間に楊枝を飛ばす。
宿命を背負った男は、こんなことしかできないが、せめてその後は達者で暮らしてほしい。

「紋次郎は、街道へ出た。来た道を、引き返す。いつも、そうなのだ。」

いつも、そうなのだ……。引き返す紋次郎の顔は無表情である。諦観の境地である。

ちなみに……と後付がある。
「仇討を断念した音吉は『きぬや』の家業を継ぎ、乙松は善光寺の旅籠屋の婿に迎えられたという」

母親の機転と分別と愛情で、二人の息子はその後、人生を全うしたであろう。

紋次郎シリーズとしては珍しく、ホッとする後日談である。
小作品ではあるが、しっとりとした情感が胸に残る佳作である。


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この記事へのコメント

黙して去った…

閉じ込められた一室、淡々とした物語でしたね。心に残る一編です。

Re: 日々紋次郎「黙して去った雪の中」

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

雪の降る中での静かな展開というのがいいですね。
これが他の季節だと、雰囲気は出ないでしょう。
紋次郎が白刃を抜かない作品の中では、かなり好きな話です。

  • 20140723
  • お夕 ♦wikz35BA
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