紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「峠だけで見た男」

日々紋次郎「峠だけで見た男」

日々紋次郎「峠だけで見た男」(平成9年1月発表)
紋次郎シリーズの中では、最も短編です。原稿用紙20枚ほどで、文庫本なら15ページ……あっという間に読了となります。これといった事件もなく、登場人物も少ないのですが印象に残る作品です。
紋次郎といえば、人と関わることを拒む凄腕の渡世人というのが一般常識ですが、この作品を読むと、その認識は上っ面だということに気づきます。

紋次郎は、信州中山道にある笠取峠で、酔っぱらいの食いつめ浪人に金を無心されます。縁もゆかりもない浪人の頼みなど聞くはずもなく、紋次郎は全く無視をして歩き続けます。
怒り心頭の浪人は、ついには大刀を振りかざし、紋次郎を背後から襲いますが……その瞬間、地面に転げ回って苦悶したのは浪人の方でした。紋次郎は振り返ることもなく、長脇差を鞘ごと後ろに繰り出し、浪人の急所を突いたのでした。長脇差は腰に落としたままですので、一見何が起こったのかわかりません。
しかし、その素早い動きを見て取ったのは、同じ街道を往く老雲水。全く気づかなかった若い雲水に、紋次郎が何をしたのかを説明します。

「世間から見ればたかが渡世人であろうとも、一芸に秀でた大したお人もおるものじゃと学んでおくがよい」
老雲水の言葉です。

後ろを見ずとも気配だけで危険を察知し、防御でもあり攻撃でもある一瞬の動きで事なきを得る。お見事としか言いようがありません。まさに、火の粉を振り払う行為です。基本的に紋次郎は、火の粉を振り払うための最終手段としてしか、長脇差を使いません。腕が立つ者ほど、長脇差を使わないと言えるでしょう。使ったら相手は確実に瀕死……もしくは屍と化するでしょう。ですから、出来るだけ戦わない方がいいのです。「戦わずして勝つのが最善の道」と、孫子も兵法で説いています。
老雲水が、一芸に秀でた……と評したのは、長脇差の腕前だけでなく、無意味な血を流さない、紋次郎の智慧と分別も指しています。

日々紋次郎「峠だけで見た男」(平成9年1月発表)

原作では、笠取峠からの浅間山は絶景だと書かれています。「五街道細見」を見ると、「此処にて浅間山見晴らしよし」と記されています。休所としては「小松屋寿恵蔵」名物は「ちから餅」とあります。文政時の記録では、「石荒坂峠・山茶屋二軒 是より下り坂なり」ともあります。

原作では掛け茶屋が出てきて、掛け茶屋の説明がされています。住居を構えず、早朝から日暮れ前まで店を開け、店を営む者は自宅から通うという茶屋。この掛け茶屋に、紋次郎と先ほどの雲水二人が、縁台に腰を下ろします。紋次郎は茶だけを飲み、行脚僧である雲水たちは豆餅を囓ります。

そこへやって来たのは、自らを「矢切の虎造」と名乗る渡世人です。年の頃は三十四、五……陽気だが軽率な感じ、とあります。この虎造は馴れ馴れしく紋次郎に声をかけ、十年前に面倒を見たことがあるが、忘れたのかとペラペラ話し続けます。
紋次郎は初め戸惑っていたようでしたが、虎造に話を合わせ「何とも、失礼を致しやした」と述べ、礼まで口にします。紋次郎は茶代として、一文銭を茶碗の中に入れようとしますが、それを制して虎造が、代わりに払ってやると言い出します。一文、奢ってやるということですね。一文は現在に換算すると、20~30円ぐらいでしょうか。端金ではありますが、紋次郎は一礼して足早に去っていきます。

嫌な感じの男だなあ、と思っていたら、何とその虎造は偽物……全くの別人だったのです。十年前に虎造親分のところで、紋次郎を見かけただけのこの男は、自分と年格好もよく似た虎造の名前を騙って、紋次郎をだましてやったと茶屋の亭主に自慢げに話します。
紋次郎は、偽物と本物の見分けがつかないほど耄碌した。茶代まで、虎造親分にタカッたつもりでいる、と笑いこけます。茶屋の亭主は不快な顔をしますが、読者も同じ思いでいます。この男、加納の伝吉という旅鴉なのですが、からかった相手が紋次郎でよかったとも言えます。そうでなかったら、「ふざけやがって!」とナマス切りにされても文句が言えなかったでしょうに……。

耄碌した紋次郎を想像して楽しくなる、などとさんざん虚仮にする伝吉は、紋次郎の本質を全くわかっていません。先ほどの雲水二人は、事の顛末をずっと聞いていました。若い雲水は、先を急ぎ、すでに姿が見えなくなった紋次郎に興味を持ちます。そして、紋次郎の歩くスピードがあまりにも速いので、耄碌したようには思えない……と感じます。「耄碌」という事象を、体力面でとらえようとしています。
このとき、紋次郎の年齢はどうだったのでしょう。40歳ぐらいでしょうか。40歳で耄碌したと言われると、私にとっては大変辛いことであります(笑)。実際、無宿の旅鴉は20~30代が多くて、40歳以上の者は珍しかったようです。

日々紋次郎「峠だけで見た男」(平成9年1月発表)

紋次郎は耄碌した……という伝吉の言葉を、若い僧は額面通りに受け取っていますが、老僧は違います。

「耄碌とは、分別を失うことじゃ。浪人を一撃によって倒したのも、分別あってのことであろう」
と、紋次郎の鞘の一撃を評しています。
そしてその分別は、「血を流すまいとする分別」であり、「あの場にて浪人を斬って捨てれば、分別なしの耄碌じゃ」と、若い僧に言い聞かせます。

重ねて、茶屋で伝吉に欺かれたように見えるがその実、紋次郎は騙された振りをしただけだ、と見抜きます。

「逆らえば、角が立つ。争いになることを避くるために、紋次郎と申す渡世人は騙された振りをしたのにすぎぬ。それが分別じゃ」

この老僧は、紋次郎をチラリと見ただけなのに、その本質を見抜いています。無益な殺生や争いはしない……そのための我慢や屈辱など、何とも思わないという高みにまで紋次郎は達しているのです。その熟成された精神に気づくのは、修行僧でもある老僧というのが、この作品のミソでもあります。人としての生き方や、仏性を追求して修行する雲水。その心の琴線に触れた紋次郎の姿……。両者ともあっぱれ!といった感じです。

しかし腹が立つのは伝吉です。きっと「紋次郎は耄碌して、騙された!」と面白おかしく吹聴するのに違いありません。「ホンマ、渡世人の風上にも置けんやっちゃ!紋次郎サン、腹立たへんの?」と思いますが、最後が憎いですねぇ。伝吉が払った茶代の一文銭を、楊枝で楓の枝に留めてあるのを、二人の雲水は見つけます。溜飲を下げるとは、このことでしょうか。しかし、こんなことで伝吉に腹を立てている私は、耄碌して分別がなくなったのかもしれません。もう少し精神修養をする必要がありそうです(笑)。

「たったひとつの峠を越えるあいだに限ろうと、見かけた相手の中には大したお人がおるものよ。しかも、そのお人とは二度と再び、巡り合うことがないのじゃ」
老僧の言葉にこの作品のテーマ「峠だけで見た男」があります。
短編でありながら、奥行きの深い余韻を感じます。


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この話は何て題名の原作本に入っていますか?

お友さんこんばんは 本当紋次郎は恨みのない相手や少人数の場合は結構峰打ちを使いますよね。ところでこの話は初めて知りました。何という原作本に入ってる話でしょうか?

  • 20141011
  • ボバチャン ♦-
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」(平成9年1月発表)

ボバチャンさま、コメントをいただきありがとうございます。

峰打ちを使っている内に引き下がればいいのに、無茶をして最後に斬られてしまうというパターンが多いですよね。

お尋ねの件ですが、「帰ってきた紋次郎」シーズンの「かどわかし」(新潮文庫版)の巻頭に収録されています。
是非、ご一読を……。

  • 20141012
  • お夕 ♦wikz35BA
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かどわかし

かどわかし図書館で借りて一ヶ月位前に読みました。汗 本当忘れるのが早いですね。情けないです。昨日までは紋次郎ではなくお染めという女を捜して旅を続ける新十郎の地獄を這う日光路という話読みあさってました。お友さんも御存知だと思いますが小仏の新十郎の最後は以外な結果でしたね。ドラマ化して欲しい作品の一つです。

  • 20141012
  • ボバチャン ♦-
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」

ボバチャンさま、コメントをいただきありがとうございます。

そうですか、既に読んでおられましたか。
短編で大きな事件もなく、静かな展開でしたので、無理もないと思います。

「地獄を嗤う……」の新三郎を、紋次郎に翻案したテレビ版も良かったですが、「股旅シリーズ」のようなオムニバス形式で、原作通り映像化してほしかったですが……。
いつもながら、女性不信に陥る結末でしたね。

  • 20141012
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」

今し方まで,自転車のヒルクライムのコースを調べるために関東各地の峠をググッていました.
信州と上州を結ぶ街道上の峠は紋次郎の舞台としてよく出てきますが,そのうちの1つでも一度は自転車で走ってみたいものです.

ところで,「紋次郎は茶だけを飲み、行脚僧である雲水たちは豆餅を囓ります」という情景ですが,紋次郎の禁欲性を際だてながら,より禁欲的なイメージのある雲水も実際には世俗に近いというリアリティがあって,面白く拝見しました.

  • 20141012
  • トラの父 ♦-
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」

トラの父さま、コメントをいただきありがとうございます。

「峠」は和製漢字ですけど、山ヘンに上り下り……本当にうまくできていますね。

峠の向こうを見てみたい……「峠に哭いた甲州路」のお妙さんが印象的です。

自動車だと峠越えはあっという間ですが、人力だと、峠を越えた!という感慨を体感できますね。峠の向こには、何が待っているのか……なんて考えると、ドキドキします。

この作品は、紋次郎の日常を見る思いがします。老僧は感心しますが、紋次郎にとっては当然の行為だったんでしょうね。

  • 20141013
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」

この時期の原作は、年代計算をしたら、花菱屋以降は時系列順に書かれていないフシがあるのですが、まあ40歳前後のことでしょうね。

まあ、この伝吉って男は、あっちこっちで似たようなことやってそうですから、「俺なー、あの紋次郎が耄碌してたんで騙してやったんだぞー!」と吹聴しても、「また始まったか…」と、誰にも相手されないと思いますからご安心を。(笑)

  • 20141013
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

耄碌はしたくありませんが、「老人力」はつけたいと思っています(笑)。

軽率な伝吉ですから、きっとどこかでだれかにボコられると思います(笑)。

  • 20141014
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」

この時期の原作の特徴は、紋次郎に「上州長脇差」というステータスが与えられていることですね。
これまでの笹沢左保股旅小説主人公は、堅気のために骨を折っても、「所詮は無宿人」と蔑まれてきました。
今回も、花菱屋のくだりにはそれがありますが、「さすがは上州長脇差と言われるほどのお方だ」と、渡世人仲間はもちろん、市井の人々からも畏敬のまなざしで見られるのが大きな変更点です。

これまでの原作には、そんな記述はおろか「上州長脇差」という言葉も出てこなかったので、検索したことがありましたが、ヒットするのは紋次郎がらみが殆どで、この原作以前の同意味用例は見当たりませんでした。
そのかわり、こういうページを見つけました。
http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/gunma/ootasi/tokugawa_toshogu/toshogu.html
「上州長脇差しという言葉があり、上州の百姓は田畑へ出るにも脇差しを差し、しかもそれは、武士が身につけている脇差しのような短い刀ではなく、大刀に近い長さの脇差しだったそうですから、支配者たる武士から見て、ここの百姓どもは、よほど扱い辛い存在だったようです。」

ですから「上州長脇差」という言葉自体は存在していたようですが、「堅気の衆からも尊敬されるほど修業を積んだ、筋金入りの渡世人」という意味で使うというのは、作者の創作のようです。
たしかに、紋次郎がただ堅気の衆から蔑まれるだけの存在というのは、30歳前後ならかっこいいですが、40代になってもそのままというのは、多少は寂しい気がしますからねえ。

  • 20141016
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「峠だけで見た男」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「上州長脇差」……仰るとおり、初期作品にはこの言葉は出てこなかったと思います。江戸時代の博徒や侠客が好んで長脇差を差していたことから、「長脇差」は博徒、侠客の異名になったようですから「上州長脇差」という言葉はあったのでしょうね。

上州には侠客が多かったというのは、周知のことと思いますが、畏敬の念……云々は私もわかりません。

「江戸やくざ研究」(田村栄太郎著)に、昭和13年頃に行われた上州高崎市の有名な博奕打ちの親分との問答が記述されています。
旅人についての話の中で「今でも上州路は作法が一番むずかしい。初旅の者は仁義ができないので、上州を抜いて通りますほどです。」とあります。

数多く、一家を構える親分が存在していたので、作法や修行も厳しかったのでしょう。また、反骨精神が旺盛な土地柄でもあり、そういうものを統合して「上州長脇差」を性格づけたのかもしれませんね。

  • 20141017
  • お夕 ♦wikz35BA
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