紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」

日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」

日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」(平成9年 6月発表)
「まぼろしの慕情」は「帰って来た紋次郎シリーズ」の第4巻に収録されています。
この作品に出てくる「おすず」の気持ちを、女性ファンならきっとわかるはず……と言うより、自分をおすずに重ね合わせて、読み進めるに違いありません。

おすずは、甲州南端に位置する、市川大門の吉野屋の女主人です。もとは上田小町と噂された豪商の娘でしたが、御用紙漉衆の吉野屋亀吉と夫婦になり、女児を授かります。しかし吉野屋の一人息子である亀吉は若くして病死……おすずはそのとき24歳、娘のおつやは7歳。それ以後ずっと4年間おすずは後家として過ごします。浮いた話もなく、周囲の者たちがヤキモキするほど、おすずは美しく働き者で評判の女主人なのです。

ある日、おすずの実家が半焼したという知らせがあり、おすずは娘のおつやを連れて、上田に見舞いに行くことになります。手代と下男を同行させて行くのですが、何かと物騒だということで、鰍沢の徳兵衛の口利きで護衛をつけることになります。それがなんと、紋次郎だったのです。護衛としては、最強です。
徳兵衛は吉野屋の遠縁で、水運業と賭場を仕切っている貸元です。一家を構えてはいますが、喧嘩御法度で、揉め事をおさめる正統派の顔役です。おすずが出立前に徳兵衛のもとに挨拶に立ち寄った直前に、紋次郎が徳兵衛の敷居を跨いでいたのです。

紋次郎は、どこの貸元にも一宿一飯の恩義を受けないので、草鞋を脱ぐというのは珍しいことです。それだけ徳兵衛は、特別な人物だと言えます。紋次郎が懇意にする貸元というのは、温厚で良識ある人物ばかりですので、好々爺に見える徳兵衛もそうなのでしょう。

翌朝、おすずは紋次郎に会い、驚き心臓が躍ります。

実は12年前、おすずは16歳の時、紋次郎に助けられていたのです。橋の上で五人のヤクザ者にからまれているところを、通りかかった紋次郎が鮮やかに橋から全員を落とします。紋次郎も若く、25~26歳の頃です。紋次郎はすっかり忘れていましたが、おすずはそのときから恋心を抱き続けていました。おすずにとって、初恋の人は紋次郎なのでした。

「何と、頼もしいお人でしょう。寂しそうでいながら男の中の男、ほんとうに好いたらしいお人。」

おすずは苦もなく自分を助け、風のように去っていった名も知らない渡世人に憧れたのでした。いやあ、わかりますねぇ、その娘心。私も娘っ子の頃(笑)、紋次郎に心を奪われ、数十年……今でも胸がときめくのですから。

その後、おすずは吉野屋に嫁ぎ、渡世人の影は薄れたものの、何かの拍子にふと思い出し、心に幻影が現れる……まさに、一目惚れの初恋相手を、胸の奥にしまい込んでいる状態です。

12年前に憧れた人と再会し、道中を共にする……。子を持つ後家となった身でも、やはり胸躍るものでしょう。しかし、その想いは知られてはいけないし、絶対に成就はしません。嬉しくもあり、切ないものです。

道中、おすずは紋次郎に、足の裏を胡麻油でマッサージしてもらったり、峠道を背負ってもらったりしています。羨ましい……読んでいるだけで、私も夢心地になります。
紋次郎は長年の旅生活で、いろいろな知識を身につけています。
足の疲れをとるということで、梅干しの実をほぐして足の裏に塗る、塩を塗って囲炉裏の火で焙る、胡麻油を擦り込むなどの民間療法をおすずたちに教えます。
因みに「五街道細見」の巻末に「旅の心得」なるものがあり、足が疲れた時の対処法が記載されています。

「塩を足の裏に塗り、火にてあぶるべし。宿にて風呂に入りて後、かくの如くすべし、翌日歩きよし。又ごまの油を塗りてもよし。また醤油もよし。」

梅干しのことは書かれていませんでしたが、調べてみますとクエン酸が効くらしいです。昔の人の知恵というのは、なかなか侮れませんね。

紋次郎は佐久の旅籠で、小諸まで道中を共にすると告げ、去っていきます。おすずは、最後の夜ぐらいは同じ旅籠に泊まってほしかったのですが、叶いませんでした。明日の夕方には小諸に到着し、紋次郎とは永遠の別れになるでしょう。ずっと見続けてきた夢も終わります。辛い…辛いですねぇ。

それにしても紋次郎の、渡世人としての心構えはさすがです。徳兵衛に頼まれ、おすずの護衛をしながらの道中ですから、同じ宿を取ってもいいのに、一線を画します。唯一、農家と変わらない小さな旅籠にだけは、一緒に一泊しましたが、あとはおすずたち一行とは別行動。

「あっしがこのような旅籠に泊まったんじゃあ、修行中の身が泣くと世間の笑いものになりやす」
紋次郎のセリフです。修行中、世間の笑いもの……これが「上州長脇差」の心得というものなんでしょうか。初期の紋次郎シリーズにはなかったコンセプトだと思います。

日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」

翌朝、岩村田の二里手前にある橋で、桑折の久六たちに一行は遭遇します。久六の子分たちは、二日前におすずにちょっかいを出し、紋次郎に軽く蹴散らされています。それなのに性懲りもなく、久六たちはおすずたちの前に立ちはだかり、娘のおつゆを拉致します。
それは、12年前と同じシチュエーション……。当時おすずは16歳でしたが、おつゆは11歳。おすずが持っていたのは白梅、おつゆは紅梅。暴漢は12年前と同じく5人。そしてそこに現れたのは、当時と同一人物である紋次郎。いわゆるデジャブ状態になり、おすずは驚きます。
まず紋次郎は、子分がおつゆから奪った、紅梅の枝に楊枝を飛ばし、その後難なく5人を橋から千曲川に落とします。これも12年前と同じです。

一生に2回も紋次郎に会い、2回もよく似た窮地を助けられる……もう、これは奇跡としか言いようがありません。おすずにとって、もはや紋次郎はスーパーヒーローなのです。おすずがボーッとなるのも無理がありません。

日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」


一里半歩いた一行は小諸に着き、別れの挨拶を交わします。おつやの持っていた紅梅には、刺さったままの紋次郎の楊枝が……。おすずはそれを抜き取って言います。
「これを頂戴して、また十二年……」

紋次郎には、それが何を意味するのかわからないでしょうし、女心の機微にも気づかないでしょう。紋次郎は足早に去っていきます。それはまぼろしの姿であり、そのまぼろしに抱いたおすずの慕情も消え去っていきます。

それにしてもこの作品は、シリーズ内でもかなり異色なものでしょう。まるで、メロドラマ……という言葉自体が、死語かもしれませんが(笑)。思春期に憧れた人との劇的な再会……しかしそれは一方的な片想いであり、その想いは届くこともありません。でもそれは、悲恋という分類のものではないでしょう。なぜなら、すべてがまぼろしとも言えるからです。自分だけの心の中で始まり、自分で終わらせた慕情。

紋次郎に、想いを寄せた女は何人かいます。
「女人講の……」のお筆、「錦絵は……」のお糸、「旅立ちは……」のお澄、「お百度に……」のお久、その他にも淡い恋心を感じた女は数多くいます。しかし、紋次郎への恋心が書かれた作品は、このおすずの話だけではないでしょうか。
この話の主人公は、紋次郎ではなくおすずです。派手なアクションはなく、どんでん返しもなく、サスペンスでもない……おすずの純愛物語。
初恋は、やはり実らないものです。


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上州長脇差

お友さんこんばんは 紋次郎は帰って来たでは上州長脇差の木枯らし紋次郎と呼ばれていましたね。もうこの当時は凄腕の貫禄と度胸を持ち合わせた渡世人の代表として各地に名を知らしめた証ですね。この話も読みましたが、お友さんのあらすじ読んでなんとなく思い出したといった有り様です。やっぱ2回位は読み返さないと駄目ですね。また紋次郎15巻全て読み終わったら図書館で帰って来たシリーズ借りて来て読み返してみようと思います。

  • 20141103
  • ボバチャン ♦-
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  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」

ボバチャンさま、コメントをいただきありがとうございます。

「帰って来たシリーズ」での紋次郎サンは、人生を達観した風情まで兼ね備え、作品のコンセプトも初期の頃とはかなり違っていますね。
笹沢氏が、紋次郎を通して表現したかったことも、年月と共に変わっていったんでしょうね。

いやあ、私もよくストーリーを忘れますよ。たくさんの数ですからね。
読書の秋ですから、ドンドン読みたいのは山々なんですが、最近目が疲れて仕方ありません。やっぱり、メガネを作ってもらわないとだめかなあ……と思う今日この頃です。

  • 20141104
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」

私がこの作品を初めて読んで、まず思ったことは、「昔の作品とそっくりな描写だな」です。
まず最初のページの土地の説明、地名、楮の和紙について。
暗唱できるくらい読み返した「峠に哭いた甲州路」をまず想起しました。
そして、おすずの紋次郎に対する恋心を幸太郎が諌めるシーン。
「見かえり峠の落日」の、お八重が弥吉への恋心を咎められるシーンと重なりました。

それで、核心部で出てきた今回のテーマ「昔とそっくりだ」。
作者の意図で、昔の名作とダブらせたのか、偶然こうなったのか、どうなんでしょうね。

今回の紋次郎は、堅気との道連れを快諾したり、おすずの疲労回復のために、自分からすすんで足の裏に梅干しを貼ってやったり、おぶってやったり、やけに親切です。
(立ち回りで、最後の一人になって大岩を持ち上げたまま震えているデブをやっつける時に「紋次郎は気の毒になったが」とあるのはオチャメでしたが)

私からすれば、紋次郎の紋次郎としての魅力が殆ど感じられず、好きではない作品だったのですが、女性ファンから見ると、お夕さんが書かれているような魅力の作品として読める、という点が、またまた出てきた「女性ファンと男性ファンの視点の違い」ですね。

  • 20141106
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: 日々紋次郎「おすずの純愛・まぼろしの慕情」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

そうですか、さすがTOKIさま。
この作品に、「峠に……」と「見かえり峠……」の、デジャブを見られましたか。気づきませんでした。
シリーズが違うから、「ま、いいか。」(笑)という訳ではないでしょうが……。

それにしても、久六一味は何とも情けないほど弱っちい奴等でしたね。お漏らしするわ、岩ごとドボンと落ちるわ……(笑)。映像化すると、まるでドリフ並です。(例えが古いですが)

紋次郎があそこまでするということは、頼まれた徳兵衛に、よほどの恩義があってのことでしょう。

今回の紋次郎は、フェミニストぶり全開ですよね。紋次郎らしからぬ、ということで、TOKIさんはあまりお好みではないようですが、シリーズとは別物の「紋次郎外伝」ということで、お許しのほどを……。
私としては「ハーレクイン版 紋次郎」と言ったところでしょうか。(しかし、ハーレクインは読んだことがない)

  • 20141106
  • お夕 ♦wikz35BA
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