紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)
(原作 1972年・第20話)(放映 1972.11.18)
第1シーズンが5月27日に18話で終了し、半年経った。この半年の間に笹沢氏は原作を書き進め、フジテレビは「浮世絵・女ねずみ小僧」を放映し、朝日放送は「必殺仕掛人」を9月2日より満を持して開始した。
「木枯し紋次郎」の視聴率の高さに、朝日放送はなんとか牙城を崩そうと奮起したことは有名な話である。第2シーズン開始より1ヶ月半早く放映を開始し、紋次郎より半時間前の10時を放送開始とした。「仕掛人」誕生秘話は他に譲るとして……さすがに紋次郎制作のスタッフ陣は気が気でなかったらしい。紋次郎再開から3日後、笹沢氏はプロデューサーと一緒にロケ現場に慰問に行く。寒いロケ現場で、黙々と真剣に撮影している人々に感動し、京都市内のスタジオで視聴率を知る。紋次郎25.2%、仕掛人14.9%。この結果を知らず、まだ寒い現場で40人ものスタッフはがんばっている。生みの親である笹沢氏は、帰りの新幹線の車中で目頭を熱くする。
(「紋次郎の独白」より)
自分の書いた作品が、たくさんの人々の努力によって映像作品として世に送り出されている。作家冥利につきることだったろう。

このとき、視聴率結果を聞いた作品がこの「馬子唄に命を託した」である。
第2シーズン開始の1作目であるので、あらゆる面で力を入れ満を持してということだろう。話の展開は、原作とほとんど同じである。
放映が晩秋ということもあり、山栗が印象的な作品でもあるので、初回の作品として選ばれたと思われる。また紋次郎の鉄則、「堅気の衆は傷つけない」を、身をもって示す重要な作品でもある。

アバンタイトルは山々の遠景から始まり、手前に見えるのは栗の木かと思われる。この始まり方は「天神祭りに……」で桜をオープニングで撮影したのと似ており、オープニングとエンディングが呼応するという心配りである。
お政の唄う馬子唄が流れる。お政役に「新藤恵美」。原作では「髪の毛を短く刈った頭に、手拭いで鉢巻きをしている」とあるが、髪の毛はパーマがかかったクルクル巻き、鉢巻きというより風呂上がりのヘアバンド?風、化粧もしっかり施している。女優として、短髪に刈ることにためらいがあったか?山奥の馬子という泥臭さは感じられないのが惜しい。
道ばたに倒れた渡世人を跨ごうとするお政を紋次郎が制する。「待ちなせえ」のセリフの後、マカロニウエスタン風のギターサウンド。ここで紋次郎の登場となる。第1シーズンと変わりない姿にホッとする。(変わりなくて当然なのだが……)
原作ではこの時、和久井の新六や10人程の子分達と出遭い、下手人捜しに力を貸して欲しいと頼まれるがあっさり断る。

絵馬堂で眠る紋次郎を、誰かが襲いに来る。原作では、真の闇で明かりはなく月も出ていないとしているが、さすがにテレビ版で真の闇は映像的に無理なので、月明かりをうっすら配している。でないと、真っ暗な画面で長脇差と刃物の金属音しかしない。おっちょこちょいの私であればきっと故障したと思い、テレビをバンバン叩いていることだろう。
冗談はさておき……月の光一つにしてもフワッと明るくなりスッと暗くなる。月が雲居に隠れた様を細かに表現しているところは、こだわりの照明でありすばらしい。

紋次郎が長脇差を抱いて寝るシーンは、ファンにとってはたまらなく魅力的である。必ず左を下にして寝る……右に長脇差を抱いて、危険が迫ればすぐに刀が抜けるように。もう一つ言えば、板壁からも離れて眠る方がよい。板の隙間からでも、敵は狙って刀で刺してくることがあるからだ。
翌日、川で顔を洗い刀を洗っているところに新六たちがやって来て、紋次郎が下手人ではないかと疑う。紋次郎は自分も昨夜襲われた事を明かし、仁義をきる。しかし「上州新田郡三日月村の紋次郎」と名乗っているのに、誰一人驚かない。野州までは紋次郎の噂は届いていないのか、少し拍子抜けである。原作では名乗る前から、子分たちが「紋次郎だ」と浮き足立つのだが……。
「折角ではござんすが、他人さまのことには関わりを持たねえことにしておりやす」
と断り、ズンズン去っていく。

第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)


お熊と次郎吉が住む百姓家……あれは多分本物の民家であろう。美術の西岡氏はあちこちロケをしながら、使えそうな民家や景色などを総てチェックしていたそうである。この民家もその一つであろう。セットではこのリアリティーは作り出せない。
原作とテレビ版の話の展開はほとんど同じと前述したが、敢えて言うなら、お熊の人物像が原作と若干違う。
お熊役に「三益愛子」。名女優であり存在感がある。テレビ版のお熊はお政には辛く当たる。自分の可愛い長男がお政と一緒にいるところを、渡世人に絡まれて殺されたのである。お政と一緒にいなければそんな目には遭わなかったのかもしれないから、少なからずお政に対しても冷たい態度をとる。
お政が家に寄ったとき、「おら、おめえの顔なんか見たかねえ、さっさと帰ってくれ!」だの「おめえに、おっかあと言われることはねえだ!」と冷たく言い放ち、追い返したりする。原作よりずっと気の強い老婆として描かれている。

お政が新六たちに襲われそうになったとき、紋次郎が現れる。男言葉で喚いていたお政が絶体絶命になり、女言葉で助けを叫んだとき紋次郎が立ちはだかる。
「お天道さんは、まだ高えようですぜ」
ここでまた、マカロニウエスタン調のギターサウンド。こんなセリフが似合う俳優は、そう多くはいないだろう。中村氏が演じると嘘っぽく聞こえないのは、ファンのひいき目なのかもしれないが、この境地までたどり着くことは誰でもできることではない。ひとえに、白羽の矢を立てた市川監督の眼力のおかげであろう。

新六たちを追い払った後の、ススキ野原でのシーンは絶品である。とにかくススキの映像が美しいのだ。まだ季節的に穂が出たところと思われるが、銀色に光って実に趣深い。この美しい映像の中、お政は自分の境遇を話す。紋次郎はその間中、お政の切れた腰の荒縄の代わりとなる縄をなう。このシーンは原作にはないが、やはり映像の力は大きい。この作品の心象風景シーンの一つである。
縄をなうことは結構難しい。私も以前何回か挑戦したことがあるが、上手くいった試しがない。できていると思ってもバラバラとほどけてしまうのだ。中村氏は映像で見る限り、なかなか上手い手つきである。
紋次郎は元来、他人の身の上話を聞くことに興味はない。
原作第9話「大江戸の夜を走れ」から抜粋する。お小夜と紋次郎の会話である。

「わたしゃ、自分の身の上話をするのが嫌いでね。それが紋次郎さんと一緒にいると、話したくなるから不思議だよ」
それが口惜しいというような、お小夜の口ぶりだった。
「聞きたがらねえ相手には、是非とも聞かせたくなる。それが、人情というものでござんしょう」

本来ならお政を助けた時点で、その場を去っても良かったが、縄をなうという行為を入れることで自然とお政の身の上話を聞くことになる。
しかしそれ以上に、紋次郎の深い優しさに根ざした、お政に対する心遣いに女性ファンはクラッとする。何も言わずに縄をお政に投げ、クルリと背を向ける紋次郎に「男の美学」を感じる。世の男性はこの姿に、是非とも学んでいただきたいものである。
さすがに渡世人嫌いのお政も、紋次郎の優しさに気恥ずかしそうに「ありがとう」と礼を言う。原作にはないこのシーンは、脚本家の勝利と言えよう。原作ファンにとっては甘すぎるという声もあるかも知れない。しかし笹沢氏は著書「紋次郎の独白」で以下のように述べている。

「茶の間で見るテレビ・ドラマには甘さが必要である。老若男女が揃っていて、和やかな気分でドラマを見ている。その辺に甘さの必要性があるのだった。中村敦夫君には、その甘さにピッタリの雰囲気がある。女好みの紋次郎が誕生したのも、そのせいなのだ。男っぽくて、甘いという不思議なムードを、彼は持っている」

「中村紋次郎」だからこそ成立する脚色だったのである。(後編に続く)

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Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

お夕様。こんばんは。プログの更新いつも楽しみにしています。毎回、とても素敵な風景写真ですね。
ご自分でお撮りになるのですか?紋次郎のイメージにピッタリです。この「馬子唄に・・」の紋次郎がお政に腰紐になる縄をなってやるシーンはとても好きな場面です。何も語らない所が却って優しさがにじみでているようです。だからお政も最後には紋次郎をかばう言葉を口にするのでしょうね。
セリフが少ない分、どの作品にも痺れる一言があり、ハートを鷲掴みにされますね。(笑)
文章で読めばかなりキザと思われるセリフでも、中村紋次郎では全くそれを感じさせませんし、あの低音がたまりません。これは中村氏本人のキャラクターのせいでもあるのかも。
それにしてもこの「馬子唄・・」も「女郎蜘蛛・・」の二人のオババは心底憎らしくてたまりませんでしたよ。それもきっと名優だからなんでしょうけど。(@_@。

  • 20090808
  • sinnosuke ♦RMtpEtvc
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Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。
写真はド素人写真ですので、ピントは合ってないわ、構図は無視、画質も悪くてお恥ずかしい限りです。上記の写真は、信州や中山道で撮影したモノです。
笹沢氏の作品はある意味、そのまますぐに脚本化できると思います。読めばその場面が映像として、頭にすぐ描くことができる位の完成度だと思っています。しかしそれをそのまま、雰囲気を変えずに演じるのはやはり難しいことでしょうね。
中村紋次郎はその点、全く違和感なく、今そこに実在しているかのような錯覚を与えますね。ですから今なお、彼を求めてフラフラ出歩く私のような者が存在するのでしょう。
「紋次郎性徘徊癖」とでも言いますか……。
笹沢氏はどんでん返しでよく女性を使いますが、とうとうオババまで使いましたね。「明鴉に……」の婆さまは、良い婆さまで気の毒でしたね。
オジジで存在感があったのは、「上州新田郡三日月村」の泥亀爺さんでしょうか。

  • 20090809
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

お邪魔いたしやす。
いよいよ仕掛人との熾烈な競争が始まるわけですね。
私の地方では仕掛人とはカチあっておらず、時代劇好きは
大概両方みていたようです。
ですから視聴率競争といってもピンとこないのですよ。
そんなこと関係なくスタッフさんは頑張っておられたんですね。
頭が下がりやす。

Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

桐風庵さま、コメントをいただきありがとうございます。
当時はビデオなんかありませんから、時代劇ファンとしては、悩ましい選択だったんでしょうね。作る方も見る方も一発勝負でしたから、本当に真剣でした。
「仕掛人」は途中で、「紋次郎」にチャンネルを変えられないように、見せ場を10時半に用意していたそうです。
毎回毎回が勝負だったので結果、お互いに質の高い作品になったんですね。
スタッフはライバルでありながら、戦友だったのかもしれません。

  • 20090809
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

やっとのことで小康状態になり、お邪魔に来ました。
相変わらず美人のブログですねえ。
お夕さん節があちこちにあって楽しいです。
読んでいると、私も大好きなシーンが思い浮かびます。この回の中村さんも、かっこよかったですよね。ドラマも人気絶頂期、大怪我した足も完治して、この時の中村さんには、すごく大きな華を感じました。素敵でした。

  • 20090810
  • 花風鈴 ♦-
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Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

花風鈴さま、コメントをいただきありがとうございます。
紋次郎に再会できる日を、首を長くして待っていましたねえ。本当に嬉しかったです。
今はドラマで、胸をときめかすことがありません。
華を感じる俳優さんを、何とか探そうと思っていますが難しそうです。
理想が高すぎるんでしょうかねえ。中村紋次郎を超える方は、当分現れそうにありません。

  • 20090810
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

お夕様。こんばんは。
紋次郎の作品に触れていると、現代人がいかに動物としての五感を失っているか痛感します。今や、天気予報で降水確率、洗濯・花粉情報、および桜の開花予想・・いやはや至れり尽くせりです。昔の人のように自分の五感で季節を感じ、天気を知り、空の色で時間を読む・・何て皆無ですね。
笹沢氏の作品は自然の描写も実に美しいです。私も少しこれから自然に目を向けてみたいと思います。現代人は心に余裕が無さ過ぎかも。

  • 20090811
  • sinnosuke ♦FTYR4X2o
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Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。
紋次郎は夜気を鼻で吸っただけで、その湿り気からおよその時刻を知ります。すごいですよね。
先日木曽路を旅したとき、「あの山の靄が晴れると天気が良くなるって、この辺の者は言ってるんですよ」と宿の方が言っておられました。何だか嬉しかったですね、そういう言い方って。
人は野性を捨てましたが、生き抜くための大事な能力まで捨ててしまった感がしますね。
その上現代人は、体温も低くなってきているようです。いよいよ生命力まで、脆弱になってきたのでしょうか。
最近人混みが苦手になり、自然があふれる場所ばかりに足を運んでいます。精神的に落ち着きます。

  • 20090811
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

こんばんは。
『昔から、技術革新というものは常に、職人同士の拮抗によるものから生まれてきた』・・・このドラマの制作現場でも、さまざまな職人同士のぶつかり合いが、質の高い作品を産み出してきたんですね。

話は変わりますが、”マカロニ・ウエスタン調のギターサウンド”・・たしか初出は『峠に哭いた・』の、原田芳雄演じる”源太”登場のシーンだったと思いますが、サントラには収録されていませんでしたので、初めて見た時には『なんてセンスのいい使い方なんだろう・・』と感心しました。(時代劇とラテンギターの取り合わせ、『鬼平犯科帳』のエンディングに使われたジプシー・キングスの『Inspiration』起用は、実はここだったんじゃないか?と勘ぐってみたりして・・。)

ところで”木枯し紋次郎オリジナル・サウンドトラック”・・最初聴いた時は、『なんておどろおどろしい・・まるでホラー映画だ・・(笑)』と思ったものですが、いまでは原作を読む時のBGMにしています♪

Re: 第19話 「馬子唄に命を託した」(前編)

ケンシロウさま、コメントをいただきありがとうございます。

好敵手がいないと、質は上がらない。どの世界でも、そうかもしれません。
それにしても時代劇同士がぶつかり合うのですから、まさに「鎬を削る」状態だったんですね。

ギターの音色、「ジャカジャカジャーン!」は、サントラ盤にはありませんね。
マカロニ・ウエスタン調も、適度な量がいいですね。
あんまりやりすぎると、食傷気味になりますから、ほどほどがよかろうかと思います。

「鬼平……」の音楽の使い方も粋でしたね。

「鬼平……」の撮影に、よく地元の堀端や水郷が使われました。そういえば「必殺……」も。
紋次郎サンも、実は身近な場所にロケ地として足を伸ばしていたかもしれません。

原作のBGMにサウンドをお使いとか……。私はもっぱら、通勤のドライビングのBGMですね。
朝から渋い音楽に影響されて、ニヒルな表情で(笑)車に乗っております。

  • 20110702
  • お夕 ♦wikz35BA
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