紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「信州 小諸」

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

紋次郎の影を追う「信州 小諸」
信州にある小諸は北国街道にあります。ここは「小諸馬子唄」で有名であり、また城下町としても栄えました。江戸中期では、東信濃の経済的中心地だったようです。「五街道細見」によりますと「牧野遠江守 一万五千石」とあり、千二百軒あまりの戸数と記されています。
地名では結構有名な宿場町・城下町なのですが、紋次郎はあまり「小諸」には立ち寄っていないようです。城下町というのは、警備がしっかりしていますので、無宿渡世人は敬遠しがちなのでしょう。
小諸が舞台ではないのですが、小諸での切ない別れが待っていたのは、前回記事の「まぼろしの慕情」です。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

おすずの「初恋」は実らなかったわけですが、「初恋」といえば「島崎藤村」でしょうね。
この小諸には、藤村が愛した温泉宿「中棚荘」があります。大分前に、宿泊したことがあるのですがここの名物は「初恋りんご風呂」。浴槽一面に、この地域特産のりんごが浮かび、甘酸っぱい香りが楽しめます。眼下には千曲川、温泉は源泉かけ流し……言うことなしの、名湯です。

この「中棚荘」の近くに小諸城がありましたが、今は城跡が「懐古園」として市営公園になっています。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

入り口は三の門で、立派な額が掲げられています。この城は、市街地より低い場所に構えられているという、珍しい城です。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」


小諸のもう一つの顔は、北国街道の宿場です。
上記の写真は、本陣と問屋を任されていた上田家の住宅です。道側に妻を向けた総二階のどっしりした構えです。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

また、本陣から少し離れた場所に、主屋が移築されています。かなり立派で格式の高さを感じました。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

脇本陣は本陣に比べると、少しコンパクトでしたが、細部を見るとしっかりした設えが見て取れました。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

市街地を離れた場所に「布引山」があり、ここに「牛に引かれて善光寺参り」伝説の発祥地、「釈尊寺」があると聞きましたので、訪れました。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

このときは、師走……山には雪も見え底冷えする中、石段や山道を登ること15分。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

ごつごつした崖に、鮮やかな朱色の観音堂が見えます。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

なぜ?と思えるぐらい険阻な場所に、突如出現した懸崖造りの建造物には圧倒されます。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

そして、厳寒の引き締まった空気の中、崖を背にして建つ観音堂に斜光が輝き、一層厳かな感じを受けました。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

その昔、心貧しい老婆が白布を干していますと、牛が突然現れ、角に布を引っかけて走り去って行きました。老婆は取り返そうと追いかけましたが引きずられ、そのまま牛と一緒に善光寺まで来てしまい、牛はそこで消えます。その牛は仏様の化身だったと気づいた老婆は心を入れ替え、信心深くなりました、というのが善光寺の伝説です。
老婆が家に帰ってから近くの観音堂にお参りに行くと、観音様の足元に白い布があり、あの牛は観音様だったということで、釈尊寺の観音様は布引観音と呼ばれているそうです。
この地から善光寺まで……かなり距離があります。なかなかの健脚のお婆さんです(笑)。

紋次郎の影を追う「信州 小諸」

江戸時代の庶民が、一度は詣りたいところと言えば、伊勢神宮と善光寺です。「牛に引かれて……」は、今で言えば、キャッチコピーに近いものがあったのかもしれません。善光寺参詣も、伊勢参りと同じく講がつくられ、代表者が詣りに行っていたようです。

さて、「牛の角に白布」と聞いて私が連想したことは……「獣道に涙を棄てた」の「赤牛」と、クライマックスに赤い布を身に纏い走る紋次郎の姿です。
それと「牛角」という焼き肉やさんも、チョッピリ脳裡をかすめましたが(笑)。


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釈尊寺

お友さんこんばんは 釈尊寺に観音堂あの険しい場所に建てられているとは、驚きますね。釈尊寺なんかは崖の中に埋め込んである様にみえます。赤鬼の話、お鈴さんが哀れでした。まさかの火事も自分の妹と旦那の不義によるものなのに、酷い火傷をした旦那の顔を見るのが可哀想で自ら目まで潰すいぢらしさ。紋次郎が赤い布をまとって火の中から飛び出してきたのはすこし滑稽でしたが…お鈴さんを思う気持ちからだったんですね。なんだかんだいってこういった紋次郎にみんな惹かれたんですよね。とちぎテレビで木枯らし紋次郎第一シリーズ再放送してるみたいですね。かなり見逃してるだけに羨ましいです。

  • 20141110
  • ボバチャン ♦-
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  • 編集 ]
Re: 紋次郎の影を追う「信州 小諸」

ボバチャンさま、コメントをいただきありがとうございます。

あんな険阻なところで、どのようにして建立したのかしら、と困難さを想像しました。一瞬、京都の清水寺を想像しましたね。

寒い日だったので人影が全く見当たらず、寂しい限りでしたが、私にとってはその方が好都合でした。

赤牛にしろ善光寺の伝説にしろ、昔からのいわれには、何かしらの教訓があるように思われます。
非科学的だと一蹴せずに、その背景を探ると見えてくるものがあるはずです。そう言う学問を民俗学というのでしょうか。
結構、興味を持っています。

  • 20141111
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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