紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎の影を追う「近江 中山道」
紋次郎作品で琵琶湖のことが書かれているのは「鴉が三羽の身代金」です。

「後ろを振り返れば、確かに目を細めたくなるような美観が広がっている。
 旅人たちは振り返って一息入れ、言い合わせたように、これは絶景だと呟くのである。眼下に湖水を、一望にできるのだった。日本一大きな湖だし、浮いている島を見るとまるで海のようであった。
 ただ、海のように、濃紺の水面ではない。淡い水色で、それがまた水清く、澄みきっているの感を強めるのである。その水彩画のような色調が、深まる秋を物語るように涼しげであり、寂しそうでもあった。」(原作より抜粋)

琵琶湖の美しさを、笹沢節で表現されていると嬉しくなります。この作品は、近江と美濃の国境付近の中山道が舞台になっています。高宮宿、彦根、鳥居本、大すりはり峠、小すりはり峠、番場、醒ヶ井、柏原……と近江の国の地名が続きます。

「鳥居本をすぎて、番場にさしかかるあたりから、坂道は急に上りになる。単なる坂道ではなく、急カーブが連続し、路面には岩や石が多い。」  (原作より抜粋)

天保14年(1843年)の鳥居本宿は約1.4km、293軒のうち本陣は1軒、脇本陣は2軒、問屋場は1軒、旅籠の数は35軒あったそうです。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

鳥居本宿で有名なのは「赤玉神教丸」です。1658年(万治元年)有川市郎兵衛が薬草を調合して旅人に売り出したのが始まりとされ、350年来の和漢健胃薬として今も作られています。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

明治11年には、有川家邸宅が明治天皇の東海・北陸巡幸の際の御小休止所となり、2012年には国の重要文化財に指定されました。重厚な構えの立派な旧家です。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

「神教丸の置看板」です。実物は、高さ2m近くある大きなものです。
紋次郎サンはたびたび腹痛を起こしますから、もしかしたらこの神教丸を買い求めたかもしれません(笑)。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

鳥居本宿では道中合羽も特産品で、今も木製の看板が残されています。作品中の紋次郎サンの道中合羽はいつもと変わりなかったので、ここでは新調しなかったようです(笑)。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

すりはり峠は「磨(摺)針峠」と書きます。変わった名前の峠ですが、その昔修行中の弘法大師が1本きりの針が折れたので、石で斧を磨いて針にしようとしている老婆に出会い、自分の未熟さに気づいたという言い伝えがあります。この峠からの見晴らしがこの作品の冒頭部でしょう。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

峠には望湖堂という茶屋が往時にはあり、琵琶湖が一望できたようです。その眺めの良さから名勝と言われ、名物の栃餅は旅人たちに親しまれたとのことです。この望湖堂は残念ながら平成3年に消失し、今はその跡に家屋が建っています。往時は琵琶湖がもっと入江状になっていましたので、峠からは近くに見えたと思いますが、今は遙か彼方にぼやけて見えます。現在は切り通しになっていてそれほど急な坂ではありませんが、往時はカーブが多く急な坂だったようです。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

すりはり峠を越えると。番場宿です。番場は人家が178軒、宿民が808人、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠は10軒しかなかった小さな宿場です。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

作品ではこの番場宿の茶屋に3人の渡世人が床几に腰を下ろしています。溜池の勘吉、野上の重蔵、舞木の佐七で、「鴉が三羽」というタイトルの3人です。ここの紋次郎サンが腰を下ろしているともっとテンションが上がるのですが、作品の冒頭部分には登場しません。残念です。

番場というと「番場の忠太郎」でしょう。「瞼の母」は長谷川伸の戯曲で架空の渡世人の話です。出身地が番場という設定ですので、この地が有名になりました。演劇だけでなく映画化もされていますので、年輩の方なら誰もがご存知なのではと思います。

この番場には、聖徳太子が開かれたという「蓮華寺」があります。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

この蓮華寺は、足利尊氏に攻められた北条仲時が、天皇や上皇を伴い東国へ落ち伸びる途中、本堂前で一族郎党432名と共に自刃したとされている寺です。累々と並ぶ墓には圧倒されます。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

この寺にはお地蔵様がありその名も「番場の忠太郎地蔵」。1958年に作られています。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

実在していないのですが忠太郎の墓でしょうか、五輪の塔があり、長谷川伸、中村勘三郎、島田正吾、市川寿海、片岡j仁左右衛門、片岡千恵蔵、長谷川一夫、などの忠太郎関係者の名前が刻まれています。笹沢氏は群馬県の三日月村に、紋次郎の墓だけは建てないで欲しいということで、モニュメントだけが残されていますが、忠太郎恐るべしです(笑)。

番場の宿を過ぎると醒ヶ井宿です。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

人家は138軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠11軒で宿民は539人という小さな宿場ですが、古代からの交通の要衝でした。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

今も問屋場が残されていて、見学することができます。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

歴史は古く『日本書紀』の日本武尊伝説に登場する「居醒泉」(いさめがい)が醒井の地名の由来であるといわれるほどです。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

今も変わらず、清らかな湧き水が流れていて、きっと往時は旅人の喉を潤し憩いの場となっただろうと想像できます。

醒ヶ井を後にして川を渡り、急な坂を上りつめると柏原宿です。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

人家は344軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠22軒で宿民は1468人とありますので、このあたりでは比較的りっぱな宿場だったようです。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

この宿場で有名なのは「伊吹もぐさ」で最盛時は10軒以上の店があったようですが、現在は1軒が残るのみです。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

近江と美濃の国境を過ぎると今須嶺に入り、近江の中山道は美濃へと続きます。

紋次郎の影を追う「近江 中山道」

紋次郎サンの姿が作中に出てくるのは、この今須嶺の中腹。今須から関ヶ原の方へ向かおうとしていますので、近江の中山道も通過していると信じたいです。
紋次郎サンの行動範囲は、どのあたりまでだったのでしょう。記述はこの高宮(現彦根市)から始まっていますので、彦根が最も西の端になるのでしょうか。
紋次郎サンも、琵琶湖のさざ波を目にしてくれていたら嬉しいです。


さて、今回で今年最後の記事になります。
みなさま、草鞋を脱いでいただきありがとうござんした。
良いお年をお迎えくだせぇ。
御免なすって。


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Re: 紋次郎の影を追う「近江 中山道」

良いお年を!

Re: 紋次郎の影を追う「近江 中山道」

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

ぶんぶんさんには、何かとお世話になり御礼申し上げます。

ご自愛いただき、良いお年をお迎えください。

  • 20141230
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「近江 中山道」

今年一年大変楽しませていただき年末にあたり感謝の気持ちを表したく思います。!☆!
来年もまた遊びに来ますので期待しております。!
佳き新年を迎えされますことをお祈りいたします。

  • 20141230
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「近江 中山道」

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

雪の様子はいかがですか。

今年の虎は、タナボタのぬか喜びでしたが、来年は補強もせずどこまで行けるやら……。自力本願でがんばっていただきましょう。

また鷹虎節を楽しみにしています。

ご自愛いただき、良いお年をお迎えくださいね。

  • 20141230
  • お夕 ♦wikz35BA
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お友さんこんばんは
木枯らし紋次郎が放送されていた1972年は、まだ私は小学生だったので家庭では親と一緒に見ていた覚えはありますが、内容等は全く覚えておらず今年BSで再放送されたのを見たのが初見と同様でした。今までの時代劇と全く展開が違いミステリー的な展開と物悲しい終わり方、哀愁漂う紋次郎の後ろ姿に取り憑かれました。紋次郎は西は鴉が三羽の近江と、ドラマにはなかったかも知れませんが伊勢にも足を伸ばしていますよね。大学時代福井県の小浜に海水浴に行った帰りに愛知まで下道で琵琶湖の東側沿いを車で帰った事があります。もしかしたらお友さんがブログで紹介してくれてた場所の近くも走っていたのかな?紋次郎に出会いそれをきっかけにお友さんのブログに出会いとても楽しいひと時を過ごす事が出来ました。今年一年ありがとうございました。まだ原作全部読みきれてないので、また感動した話等読んだ時はお邪魔させていただきます。
来年も宜しくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。

  • 20141230
  • ボバチャン ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「近江 中山道」

ボバチャンさま、コメントをいただきありがとうございます。

BSでの再放送は、新たなファンが増えるきっかけになったようで、本当に喜ばしいことでした。
そして、ボバチャンさんともご縁ができました。
いつもコメントをお寄せくださって、ありがとうございます。
コメントをいただく度に、紋次郎について再考することができ、刺激になります。

こちらこそ、来年も宜しくお願いいたします。
良いお年をお迎えくださいますよう……。

  • 20141230
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「近江 中山道」

いつも高尚な記事にふれさせていただき、
とても、勉強させていただきました。
きれいな写真も、心安らぎました。
ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。

  • 20141231
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
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Re: 紋次郎の影を追う「近江 中山道」

ぱんださま、コメントをいただきありがとうございます。

いつも温かいお言葉をいただき、励みになりました。ぱんださんは、褒めて育てる達人です(笑)。

また、ほっこりさせてくださいね。
良いお年をお迎えください。

  • 20141231
  • お夕 ♦wikz35BA
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