紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」
お正月の遊びと言えば、昔は独楽回し、羽根つき、そして凧揚げ。しかし今はもう皆無なのではないだろうか。とにかく、外に子どもの姿が見当たらない。「子どもは風の子」は死語になりつつある。

さて、凧が出てくる作品……「遺恨の糸引く奴凧」。「糸を引く」は凧の糸と、裏で指図して人を操るという意味とを掛けてあり、タイトルの妙を感じる。

‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

凧が正月の遊びとなったのは江戸時代の後期とされているが、別に正月だけと限られていた訳ではなかったらしい。この「遺恨の糸引く……」でも陰暦の三月半ば、現行暦の四月下旬が舞台である。

ヤクザ一家の喧嘩の仲裁に入った大前田英五郎は、血の雨を降らさず、代わりに凧揚げで競うという提案をする。それ以来、三月二十日に凧揚げ合戦が行われ、いつしか恒例の人気行事となる。

今から二年前、凧揚げ合戦が行われる場所に前日、凧揚げに来た父と子が、一家の者に殺される。
夫と我が子を同時に失った女の意趣返しに、峠花の小文太と紋次郎は巻き込まれ……と話は続く。
紋次郎が飛ばした楊枝は、女が手にしていた奴凧を射抜き、エンディングとなる。
この凧揚げ合戦に揚げられていた凧は縦が2メートル79センチ、横が1メートル72センチという大凧で、大勢の子分達がその糸を操るというもの。

‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

一方、女が手にしていた奴凧は、武家のもとで働く奉公人である奴の姿を模してあり、大人も子どもも興じた庶民の凧である。

もう一つの作品は「割れた鬼の面」。
権三は、名人と呼ばれた凧職人だったが火事に見舞われ女房は焼死。残された娘すみと伜大吉と三人で、露天商として旅をしている。
賭場のいざこざで三百両の行方がわからなくなり、一家の者が血眼になって探す中、旅中の権三に白羽の矢が立ち、捜索に駆り出されるのだが……。
この作品では凧揚げを通して、幼い大吉と、見た目があまりに恐ろしげなため「鬼」と疎外されてきた万七との心の交流が描かれている。紋次郎の博学ぶりと推理力には驚きなのだが、結末は、何とも悲惨で居たたまれない。
何もかもが終わった後、「大吉」と描かれた凧を、万七は空高く揚げる。
「大吉を空高く、遊ばせておいてやろうじゃあねえですか」
紋次郎は楊枝を飛ばし、凧糸を切る。凧は真っ青な空に吸い込まれ、万七には大吉との思い出だけが残る、という切ないエンディングである。

この大吉と書かれた字凧の形は、奴凧とされている。

‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

ほかに権三が扱っていた凧に、とんび凧もあった。凧には様々な種類があったようだが、私はとんび凧は知らなかった。

子どもの頃、家の前が小学校のグランドだったので、よく冬は凧揚げをした。もっぱら奴凧で、新聞紙を切って糊で長くつなげて尻尾にしていた。単純な遊びだったが、グングン揚がる凧を見ると気持ちが高揚したし、目に見えない風の力を手応えで感じることも楽しかった。今思えば、寒さは感じなかったし、凧を高く揚げるための試行錯誤は良い体験だったのだ。
ほどなくアメリカ生まれの「ゲイラカイト」が席捲し、奴さんは肩身の狭い思いをする。ゲイラカイトはお手軽で、あまり工夫しなくてもだれでもすぐに揚げられた。なんだか面白くなくなった。

隣町の東近江市に「大凧会館」という博物館があり、先日訪れた。

‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

ここの名物は、度肝を抜くほどの大きさの凧。常時百畳敷大凧が展示されている。毎年5月に大凧祭りが実施され、百畳敷大凧が揚げられている。また1月には成人の祝いとして二十畳敷大凧が揚げられている。

‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

近くにいながら、まだ一度も大凧が舞い上がる勇姿を見たことがない。今年あたりは運気が上がることを願い(笑)、見物に行こうかと思う。


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良い正月お過ごしでしょうか?

お友さんこんにちは 遺恨の糸を引くはまだ読んでいません。静岡県浜松市だったかな?の遠州灘の砂浜で毎年大凧の合戦が今も伝統行事で残っています。以前、営業で浜名湖の西側沿い三ケ日から新居まで廻っていた時に得意先に聞かされました。新居の関所前もしょっちゅう走っていたのですが、1度も入った事ありませんでした。今となっては残念でたまりません。大吉凧の話、帰ってきたシリーズで特に好きな話の1つです。非常に切ないストーリーでしたが、大吉も天国で自由に飛びまわっている事でしょう。

  • 20150104
  • ボバチャン ♦-
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Re: ‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

「遺恨の糸引く奴凧」
このタイトル、「六地蔵」「水車」とかと違って、雅びた江戸文化を感じさせ、紋次郎というより銭形平次っぽいかなと、違和感を感じました。

昔の子供は、凧すら自作し、反らす糸の長さや張り具合、尾の付け方で、かなり上手下手が出たと聞きます。
また、行燈型の凧にロウソクを入れて夜空に揚げたり、揚げた糸の手元から、紙製の蝶を空に向かって登らせたり、とかの文化もあったようです。
ゲイラカイトに駆逐されていかないよう、守り伝えたいですね。

写真の百畳敷大凧ですが、かなり昔、探偵ナイトスクープで「凧に乗って空を飛びたい」という依頼があり、それに登場した地域のものじゃないでしょうか。
残念ながら、依頼者を乗せても、数十センチをほんの数秒浮遊した程度でした。

  • 20150104
  • TOKI ♦nhNJg39g
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Re: ‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

ボバチャンさま、コメントをいただきありがとうございます。

凧揚げ行事は各地方であるようですが、天候に左右されるので、運営する人は気を揉むことでしょう。
自然の恵みを生かした人間の知恵ですね。

遺恨の糸引く……は、峠花の小文太の心情が読める作品です。あまり語りますとネタバレになりますので、この辺で……。

大吉の話は、本当に可哀相でした。金に執着する大人のエゴと、顔かたちは鬼のようでも、心が純粋な万七の献身ぶりが対比されています。人情話として、心に残る作品だと思いますね。
凧を見るたびに、この作品のことを思い出します。

  • 20150104
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: ‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「遺恨の……」のタイトルは、仰るとおり粋な印象を受けますね。作品のタイトルを考えるのは、なかなか難しいものです。

凧に乗って……というと、私はやはり白影さんを思い出します(笑)。
江戸時代の盗賊が、大凧に乗って名古屋城の金鯱の鱗を盗んだという伝説があるようですが、これはフィクション。
「そんなアホな。」と思いますが、ハンググライダーなんか、それに近いものがありますね。

さてこの東近江の大凧ですが、「判じもん」という約束があります。図柄と文字を組み合わせてのメッセージなんですね。
今年は干支「未」なので、「夢と服を着た子羊」→「夢ふくらむ(服を着た子羊=ラム」と判じるそうです。なかなか粋なものです。

そう言えば、「割れた鬼の面」でも判じもんが出てきて、見事に紋次郎は言い当てますね。
「紋次郎は江戸が嫌いだと言ってたのに、結構詳しいじゃないの!」と突っ込みを入れたくなりますが……(笑)。

笹沢さんは、江戸時代の風物や風俗を調べ上げ、ストーリーの糧にしていたことがうかがえます。特にシリーズ後半は、その色が強いように思います。

  • 20150104
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: ‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

お夕さん、新年おめでとうございます。

近江・京都周辺は年末からの大雪で大変な様でしたが神社仏閣の風情は格別で、金閣寺は人出が多くて混雑したらしいですね。近くなら美しい雪景色を拝みたかったです。

大雪と言えば最近仕入れた戦国知識(笑) 信長が足利義昭を奉じて上洛し義昭が将軍就任したすぐの正月、三好党が仮御所を襲撃。信長さんが岐阜城から一騎駆け同然で入京した時も大変な大雪で、御供の中には凍死者も数人出て最後は10人ぐらいだったとか。無茶し過ぎですわ。何故かアルプスを越える白馬に乗ったナポレオンの有名な絵を思い出しました。

去年は「信シェフ2」の7話と最終話を撮影された兼崎監督をある関係からご存知だというミッチーファンが拙ブログに感激したという事でブログ(人間50年)を監督に見て頂いたと。その関係から出演者や京都撮影所の方にも見て頂いた・・・と言うのに軽くパニックでしたよ。

個人のブログとやりたい放題、失礼な事を書いていなかったかとか、無断で画像を使用して申し訳なかったとか・・・反省しきり。滅多な事は出来ないものです・・・懲りてないけど(笑)

いろんなことがあった昨年、今年はどうなるでしょうかね。



  • 20150104
  • 紋次郎の姉 ♦suWcSb.M
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Re: ‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

紋次郎の姉さま

新年あけましておめでとうございます。

近江は大雪に見舞われての正月でございましたが、お館さまの住まいする安土は難儀するほどではござりませんでした(笑)。
安土のお山は雪化粧で、うつくしゅうございましたぞ。

姉さまのミッチー熱は、ますますのご様子……。喜ばしゅうございます。

番組関係者とのご交流を足がかりに、姉さまの天下取りもあと一歩でござりまするな。

ご自愛いただき、良き一年をお過ごしくだされ。

  • 20150104
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: ‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

「凧」・・・もうわすれていました。
すっかりと・・・。
ここに来させていただいて、はっとしました。
毎年子供の頃わたしも、父やいとことあげていたのに。
その存在もわすれていました。

ゲイラカイトでさえ、最近、見ません。
よかったです、この記事をよんで。
大切なものを忘れてしまうところでした。

この大凧は本当にとばせるんでしょうか?
迫力あるでしょうね~。
凧に特化特化した展示会館ってめずらしいですね。

  • 20150111
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
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Re: ‟紋cafe”でいっぷく「凧揚げ」

ぱんださま、コメントをいただきありがとうございます。

この百畳敷大凧は3年ごとに新しい凧が作られます。今飾られているのは2011~2013年に揚げられていたもので、2014年に新しく作られた大凧は、燕が2羽向き合い「繋」という字が描かれています。この「判じもん」は、燕(ツバメは音読みでエン=縁)が向き合って(あって)繋という文字をあわせて「縁あって繋がる」となります。素敵な判じもんです。
昨年は微風ながら、130人の引き手のもと1分間50メートルほど揚がったそうです。毎年行われる一大イベントですね。
江戸時代から伝わる百畳敷大凧……後世に伝えていきたい風物だと思います。

  • 20150111
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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