紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)
旧街道を愛して、自分の足で歩く趣味を持たれる方って多いですね。中でも中山道は、人気の街道だと聞いています。理由はやっぱり山中を抜ける街道だからでしょう。東海道に比べると、当時の風情が残っている箇所が多いと実感します。
とにかく中山道は峠が多い。中央山岳を縫っての往来ですので当然ですが、それが中山道の魅力でもあります。

峠越え、山越えが舞台となった作品に「死出の山越え」があります。
この作品は「帰ってきたシリーズ」の第4巻に収録されています。このときの紋次郎は、本当に「厄日」でした。
紋次郎の、ついていない道中を追ってみました。

紋次郎は「美江寺」の煮売家と天王坂の茶屋で、極悪盗賊一味の噂を耳にします。盗賊は三人組で、名古屋の御城下で三軒の商家を襲い、十一人を殺傷、二百両を強奪して逃走中。中山道に逃げ込んだという噂で持ち切りで、太田川の渡し舟の中でも、そんな噂話がされています。

太田川の渡し舟……太田川は木曽川下流の別称です。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

「太田宿」については、拙ブログhttp://kogarashi1940.blog10.fc2.com/blog-entry-121.htmlをご参照ください。
紋次郎はこの太田川を舟で渡っています。 
太田橋のふもとを下りていきますと、「太田の渡し」跡があります。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

ここは、昭和の初期まで渡船場として利用されていたとのことです。嬉しいことに、今も渡船場へ続く石畳が残されています。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

紋次郎が草鞋で踏みしめた石畳を歩ける喜び……(笑)たまりません。

紋次郎は細久手の手前の薬師堂の床下で野宿をします。そして、琵琶峠を越えて大湫宿へ向かいます。細久手、大湫、琵琶峠について
http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/blog-entry-99.html
http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/blog-entry-103.html
をご覧ください。

その琵琶峠で紋次郎は女の悲鳴を耳にします。それは、噂の盗賊三人組に襲われた「おとせ」の声だったのです。おとせは右肩を刀で割られ瀕死の重傷。紋次郎はおとせを見捨てるわけにはいかず、背負って大井宿を目指します。この間に、十三峠が立ちはだかるのです。

中山道の十三峠は、大湫宿から大井宿を結んでいます。その行程は約14㎞あり、ほとんどが山道です。「十三峠におまけが七つ」と言われるほど、上り下りが二十……も続く難所。普通に歩くだけでも大変なのに、人ひとりを背負い歩く紋次郎の強靱な身体に頼もしさを感じます。しかしおとせは、紋次郎の背で事切れてしまいます。
おとせにとって、この十三峠は文字通り、「死出の山越え」となりました。

死骸を背負う身になった紋次郎に、不運は続きます。おとせが落とした簪を左足で踏み抜いてしまい、足の裏を負傷してしまうのです。足を引きずりながら仏を背負っての峠道……気が滅入りそうな状況の中、またしても助けを求める者が現れます。それは、大井で薬種屋を営む老人「大津屋五兵衛」。嫁のおかよと御嵩へ行く途中、おかよが転倒して動けなくなった、近くには盗賊三人がウロウロしている、何とか助けてもらえないかと言うのです。

「それにしても運が悪すぎると、紋次郎には冷めた思いがあった。紋次郎は避けて通りたいことが、向こうからすり寄ってくる。かかわりのない人々の身に起きた異変が、どうしてこうも紋次郎の前に立ち塞がるのか。」(原作より抜粋)

かかわりたくないと思えば思うほど、皮肉にもかかわってしまう紋次郎。作品の数だけかかわってしまったのですから、これは相当なものです(笑)。しかし一日のうちで、同じような場所で立て続けに……というのは、珍しいかもしれません。

とにかく紋次郎は断ります。というか、断らざるを得ない状況です。しかし五兵衛は「人でなし」と罵り、恨みに思います。
元はと言えば、大津屋が無理に御嵩宿の「願興寺」に行こうとしたのが間違いだったのです。物騒なこんなときに行くのはやめた方がいいと、宿場の者たちが反対したのを押し切った結果なのです。

五兵衛の罵声を背中で聞いて、紋次郎はいくつもの坂を越えて山道を進みます。その途中、女の悲鳴がこだまのように遠方で聞こえます。多分、おかよが賊に襲われたのでしょうが、紋次郎にはどうすることもできませんでした。

今回私が辿ったのは大井からの十三峠路です。時間的に制約があったので、今回は「巻金の立場」の先までと決めて歩きました。紋次郎はこの十三峠を、今回の出来事で何度も往来します。大湫からおとせを背負い大井へ、そのあとすぐにとって返し「巻金の立場」で盗賊たちに遭遇し、また大井へ戻ってきます。盗賊との斬り合いの場所が「巻金の立場」となっていますので、どうしてもその場所に行きたかったんですね。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

十三峠の始まりは、整備された石畳です。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

馬頭観音のお出迎えを受け、作中にも出てくる「西行坂」が始まります。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

右手には「西行塚」の五輪塔があります。西行は、晩年の3年を恵那で過ごしたということで、この塚にも言い伝えがあります。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

しばらく行くと、槙ヶ根の一里塚が見えます。作中では「巻金」とありますが、一里塚については触れられていません。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

一里塚が両方残っているのは貴重で、昭和34年に岐阜県史跡に指定されています。当時は両塚に榎が植えられていたそうですが、現存していません。ここは今、桜が植樹され「西行の森」として親しまれています。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)

ここからの眺めは広々としています。「五街道細見」には「七本松坂」という地名で「此の辺り四方晴れて景色絶妙なり」と記されていますので、当時も美しい景色だったのでしょう。桜のシーズンであれば華やかな眺めでしょうが、訪れたのは冬……寂しさの中、春を待つ桜の枝が静かに重なり続きます。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(前編)


日陰には雪が残り、マウンテンバイクの轍の跡が見て取れます。この先に立場があるようですので、急ぎます。
(後編に続く)


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