紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)
紋次郎は大井宿で、おとせの亡骸を問屋に預けます。足の傷の手当てをして、おとせの家族への連絡を頼み、峠で出会った大津屋の話をします。
そこへ髪を振り乱して走り込んできたのは、その大津屋五兵衛でした。聞けばやはり三人組の盗賊に襲われ、嫁のおかよは斬殺され、自分は有り金を投げつけて逃げてきたというのです。おかよにとっても十三峠は、死出の山越えとなってしまいました。
大津屋は、嫁のおかよが殺されたのも、すべて紋次郎のせいだと叫びます。

「お天道さまをまともに見られないような連中となると、所詮は根性曲がりの人でなし。あっしにはかかわりがないのひと言で、おかよを見殺しにしたんですからね」
と、ひどい言いぐさです。根性曲がりは、忠告を聞かなかった大津屋の方だと言い返したくもなりますが、紋次郎は反論ひとつ口にしません。さすがです。
しまいには大津屋は、大井宿の者たちも人でなしの薄情者だと言い始めます。滅多なことを口にしないほうがいいと、宿役がたしなめますが五兵衛はやめません。

「わたしが宿内へ逃げ帰ってくるのを見て、みなさんあわてて家の中に身を隠しなすったんですからね。やはり、わたしとはかかわり合いを持ちたくない一心からなんでしょう。…(後略)」

大津屋にかかわりたくないというより、盗賊三人組が恐ろしいのです。「君子危うきに近寄らず」という諺にもあるように、今は静かにしているのが得策なのは当然のことです。
誰も力を貸してくれないのなら、伜とふたりでおかよの亡骸を運ぶと言い出します。宿役は無茶な話だと止めますが、聞き入れません。

「覚悟のうえです。助けは、無用でございます。人を頼ってはならない、おのれの命を捨てる気でかからなければ駄目だということを、わたしは思い知らされたましたからね。わたしと伜だけで、十分でございますよ」
頑固で意地っ張りな五兵衛に、宿役たちは辟易します。ここで、五兵衛が言い放った言葉……
「みなさん、お手数をかけました。わたしは伜とこれより、死出の山越えに出向きますんで……」
本作品のタイトルである「死出の山越え」が初めて出てきます。
戸板を担ぎ、五兵衛と伜の忠助はふたりきりで十三峠を目指します。

その後紋次郎は、問屋の迎番に道中合羽と振分け荷物を預けます。

「どうやら三人組の盗賊とあっしには、たいそうな因縁があるようで……」と、年寄役に言い残し歩き出します。直接的なかかわりはないが、因縁はある……因縁は宿命と言い替えてもいいでしょう。自分たちの意志とは関係なく、紋次郎と盗賊は、最終的にはかかわり合うことになっているのです。(そうでなければ、小説にはなりませんが……笑)

西行坂の途中で、戸板を担いだ父子を紋次郎は追い抜きます。
「いまさら恩を売ろうたって、そうはいきませんよ」と五兵衛は憎まれ口……本当に腹の立つ爺さんです(笑)。
「おめえさんに、用はござんせん」
紋次郎は見向きもせず、ずんずん進みます。実に格好いい……胸がすく思いがします。

紋次郎は七本松坂を登り、立場に近づきます。

現在は、立場の茶屋跡を示す杭がいくつかあり、榎本屋と水戸屋、松本屋と記されています。巻金の立場の茶屋は1箇所にかたまっていたのではなく、点在していたようです。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

木立に囲まれた場所には古井戸が残されていて、当時の溝や竈の跡などが土に埋もれていました。古井戸は草と苔に覆われていましたが、覗くと底に水が冷たい光を放っていました。江戸時代、ここを通り過ぎた旅人たちの喉を潤したり、茶屋での料理に使われたりしたのでしょう。感慨深いものがありました。
この「巻金の立場」には、当時9軒の茶屋がありました。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

作中では、伊勢街道との分岐点がある巻金……とあります。
巻金の追分です。右は中山道、左の下り坂は「下街道」と呼ばれていますが、これが「伊勢街道」なのでしょうか。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

道標があり、『右西京大坂 左伊勢名古屋 道』と記されています。

紋次郎が進む先では、無人の立場の茶屋の戸が破られていて、盗賊三人組が焚き火をして餅を焼いています。三人は紋次郎の姿を認め、抜刀します。半蔵、文蔵兄弟を一瞬にして斃す紋次郎。半蔵は松の木に抱きついて転がり、文蔵は追分の道標の石灯籠に激突……と書かれていますが、現場には石灯籠が見当たりません。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

史料によりますと、二つの石灯籠があったはずです。ここへ来るまでに調べたのですが、当時あった石灯籠は、峠下の国道沿いに移動されたようです。段ボール製造工場にあるらしいのですが、はっきりとした場所はわかりません。

中山道の先を進みます。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

静かな佇まいの馬頭観音に出会います。街道を往来する旅人や馬たちを、お護りくださったのでしょう。見晴らしのいい祝峠には「姫御殿跡」があります。ここを通る皇女のために、仮御殿が建てられたというのですから驚きです。
この先に、「首なし地蔵跡」があります。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

地蔵様が二体並んでいて、左の地蔵様には首から上がありません。ちょっと怖いです。

「乱れ坂」を下りて「乱れ橋」を渡ります。下調べの写真から、この乱れ橋とカーブする道の雰囲気がとてもよかったので、この地点までは行きたいと思っていました。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

思っていたより小さい橋です。「坂のふもとの川を昔は乱れ川といい、石も流れるほどの急流であったという。」と説明がなされていましたが、今は小さな流れの川です。
このアングルから見ると、今にも紋次郎が峠道を下りて来るような錯覚に陥ります。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

しばし紋次郎の姿を想像し、Uターン。当然、急な下り坂が上り坂になります。息が乱れ、着物の裾も乱れるところから「乱れ坂」と名付けられた意味を、身をもって体験します。よくこんな坂道を亡骸を背に、しかも負傷した足で、紋次郎サンは上れたものだと感心します。

さて、這々の体で(笑)、巻金の追分まで戻りどうするか思案……。やはり文蔵が激突した石灯籠を目にしたい……ということで、国道に下りられる下街道(伊勢街道)を選びました。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

この山道も、なかなか味わいのある雰囲気です。約1㎞の行程で、国道19号に行き着きます。江戸時代から、平成の時代に戻ってきた感じがします。

どちらに行くかもわからないまま、とにかく大井の方へ歩きます。車がビュンビュン通る端の歩道……舗装はしていますし平坦な道ですが、山道よりも精神的に苦痛です。面白くない道だなあ、と飽きてきた頃、近代的な建物……。これはもしや?!段ボール工場では?小走りで近づくとありました!

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

「妙見宮」と記された石塔と一対の石灯籠。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

石灯籠には、「左いせ道」「右京海道」とあります。これが当時、作中にも出てくる巻金の追分にあった石灯籠です。「飛脚中」とありますので飛脚仲間が寄進したものと思われます。記された名前を確認していますと、ビックリ!

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

「近江屋五兵衛」とあります。原作に出てくる厄介な爺さん(笑)は、「大津屋五兵衛」。これも何かの因縁でしょうか。(ご存知かと思いますが、滋賀県〔近江〕の県庁所在地は大津です)寛延二年とありますから、今から約270年前……よくぞ保存していただけました、と石灯籠をナデナデしてきました〔笑)。

今回は、十三峠の一部しか歩けませんでしたが、お目当てのポイントを目にすることができ満足でした。
心優しい紋次郎は、おとせの遺品となった簪を手に大井宿に帰り、長い一日を終えます。お疲れ様でした……と、紋次郎の背中に呟き、私の旅も終わります。

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

下街道で出会ったニャン。道沿いの民家の敷地から、こちらをジッと見ています。まるで関所の役人のよう(笑)。
すると同じお宅の玄関前に「ネコだんご」発見!
みんなファミリーなんでしょうね。寒くてもこれなら大丈夫!?


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Re: 紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

「死出の山越え」
これ、異色の回ですね。
まず、「木枯し紋次郎」が人口に膾炙した存在という前提で書かれています。
これまでなら、紋次郎登場シーンは「…長身の渡世人が歩いていた」で始まり、その人相風体の説明が続き、その後に初めて「紋次郎」という名前が明らかになります。
それがいきなり「木枯し紋次郎は」で登場するんですからねえ。
また、「紋次郎は『あっしには、かかわりのねえことで』と応じたはずである。」と解説で書かれていたり。

それに、紋次郎が再び腰を上げて、三人組を征伐に行く心理の変化も描かれてないし、最後の三人組。
さあ、これまで出てきた誰かと関係があるどんでん返しが待ってるんだよな…と思って読んでたのに、全くそれもない。
なんか、タコの入ってないタコ焼きを食べたような感じで、あまり好きではなかったのです。

紋次郎度の薄いものはスルーする偏狭な私と違い、紋次郎の話なんだからと足を向けられるお夕さんの、広く紋次郎を愛される心には脱帽です。

なお、銀簪の描写が、小仏の新三郎の持つものと一致するので、そこは目を輝かせて読んでたら、「簪の二本足は武器にもなるくらいなので」とあり、「それ、新三郎と仕事人の秀さん?」と突っ込んでしまいました。(笑)

  • 20150302
  • TOKI ♦nhNJg39g
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  • 編集 ]
Re: 紋次郎の影を追う「死出の山越え・十三峠」(後編)

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

「死出の山越え」の評価が低いようでいらっしゃる……わかります。前段の、おとせの身の上話が長すぎて、テンポが悪いですし、そこまで語ったのに、その後の展開に何の関係もなかったということにもガッカリ感があります。

またTOKIさんが仰るとおり、紋次郎についての記述には違和感を覚えます。紋次郎の人物設定が大雑把で、エッジが効いていない、腰のないうどんを食べたあとのような気分です(笑)。(ちなみに、私は讃岐うどんが好きです)

紋次郎が、五兵衛の後を追うように、三人組のいる峠に向かうとき……大井宿の迎番に道中合羽と振分け荷物を渡します。ということは、また大井宿に帰ってくるという意思表示。
普通なら、いつもの旅姿でそのまま峠に向かうところでしょう。明らかに、目的意識を持って盗賊を殺しに行くんですね。
「なんだかなあ……。」と思いますね。

「鴉は光るものが好き」ということを聞いたことがありますが、簪をくわえて云々も、ちょっと出来すぎているように思います。

まあしかし、十三峠を少しでも味わえたことは良しとします。

  • 20150303
  • お夕 ♦wikz35BA
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