紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」
以前、「木枯し紋次郎」の台本の件を記事にしたことがあるが、最近珍しい企画書に遭遇した。

一つは、笹沢佐保劇場「新・股旅シリーズ」と銘打ったものである。このシリーズには、「中山峠に地獄をみた」「狂女が唄う信州路」「暮坂峠への疾走」「木っ端が燃えた上州路」「鬼首峠に棄てた鈴」が含まれている。表紙には「株式会社電通」制作「CAL」と書かれているので、木枯し紋次郎と同じである。

この5作品を分類すると、「中山峠に……」と「暮坂峠への……」と「鬼首峠に……」は「見かえり峠の落日」に収められている。「狂女が唄う……」と「木っ端が燃えた……」は、「雪に花散る奥州路」に収録されている。

これらは「新・股旅シリーズ」というシリーズ名としては放映されなかった。

日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

しかし「捨てる神あれば拾う神あり」で、「木っ端が燃えた……」以外は「笹沢左保 股旅シリーズ」として日の目を見る。しかもこのシリーズ放映は、中村敦夫氏の負傷による紋次郎存続の危機を救うことになる。
そして「木っ端が燃えた……」は木枯し紋次郎の第33話に翻案され、放映されている。

この企画書には、登場人物の設定とプロットが書かれている。小説とほとんど同じ展開で、全10ページ。すべてガリ版の印字で埋められている。
さて、このタイトル「新・股旅シリーズ」の「新」とは一体どういうことだろう。「新」ということは「新」ではないものもあったのだろうか。何に対しての「新」なのだろうか。
そしていつ、この企画書が出されたのだろうか。もしかしたら「笹沢左保 股旅シリーズ」は、当初第5話まで予定されていて、これがその企画書だったのかもしれない。

日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

もう一つは「渡世人 新三郎」なる企画書。「連続(読切)テレビ映画 新股旅時代劇」  企画・制作 「株式会社電通・CAL」  制作・協力 「俳優座・映像京都」と表記されているので、こちらも「木枯し紋次郎」と同じスタッフ陣である。こちらの企画書は前出の「新・股旅シリーズ」よりも詳細に書かれており装丁も本格的な企画書になっている。

時間帯は60分枠、夜9時以降 26本以上となっているので、2クールを想定していたようである。

しかしこれは驚きである。新三郎作品は全て紋次郎に翻案されて放映されたというのに、小仏の新三郎のドラマ化が企画されていたとは……。

「企画にあたって」という項で、「木枯し紋次郎」を引き合いに出している。

「とりわけ、『木枯し紋次郎』の爆発的人気を、私たちは忘れる事が出来ません。本企画の原作は、その『木枯し紋次郎』によって時代劇に一大エポックを画した笹沢左保氏の筆になるものであります。」(企画書より抜粋)

当時、時代劇の人気小説家である笹沢氏の原作であるということを強調し、視聴者の支持を得られると確信していたようだ。

「しかし、だからといって、私達は『木枯し紋次郎』の二番煎じを企画する気は毛頭ありません。視聴者も亦、それを望んでいない事でしょう。その点、本企画の原作は『木枯し紋次郎』より更に一歩前進した、ユニークな着想とフレッシュな魅力に満ち溢れており、その心配は全くありません。
その新しい魅力とは、即ち
1.ミステリアスなストーリー展開。
1.メロディアスな構成。
1.借りを返すためにのみ、短い生命を燃焼させている主人公の凄絶な生き方。
1.生死を賭けた斬り合いの最中に、突如襲って来る心臓病発作のサスペンス。
等々がそれであります。」(企画書より抜粋)

二番煎じではないと強調しているが、この企画書自体が二番煎じではないだろうか。紋次郎より一歩前進した着想とあるが、これを前進と表現していいものかも疑問。メロディアスな構成?抒情的という意味合いだろうか。

「原作の持つ魅力を100パーセントひき出しながらも、更にテレビ的な映像手法を駆使して描くこの新しい股旅シリーズは、私達が日常の生活の中でいつも求めてやまぬ何かを、そして心の中にうっせきするところの不満やいかりを満たし、解消してくれるにちがいありません。
時代をのりこえての、こうした主人公への同情と共感は、このドラマへの興味を更にまた倍加してくれることでしょう。」
(企画書より抜粋)

うーん、何かが違うなあ、といった感想である。少なくとも、不満やいかりのストレス解消に使われる作品ではない。主人公への同情と共感とあるが、そんな単純なものではない作品の深みを、もう少しうまくアピールしてほしかった。

日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

「制作にあたって」の項では、ロケ地について触れている。ロケ地が重要なポイントであることから、最適地を京都とし、映像京都のスタッフの協力を得る旨が書かれてある。
また、「必殺必中仕事屋稼業」「編笠十兵衛」の作品は映像京都の監督陣と製作スタッフが主軸であり、かの「木枯し紋次郎」も……云々とも記されている。「必殺必中……」「編笠……」の2作品はともに、1975年に放映されているので、その頃に企画が持ち上がったのだろうか。
しかしなぜ、紋次郎シリーズの中で新三郎の話が全て翻案されているにもかかわらず、数年後にシリーズ化しようとしていたのか、やはり謎である。

新三郎シリーズは全4話で、それを26本で放映するということは、1話につき6~7本という設定になる。紋次郎に翻案されたものは1話完結だった。毎回、殺陣を入れながら展開していくとすれば、脚色上少し無理があるように思うのだが……。お染を追い求めながら旅をする新三郎に、毎回山場を与えるということは、脚本家にとってはなかなか難関であろう。

結局この企画はお蔵入りとなり、放映されなかった。もし放映されていたら、誰が新三郎やお染を演じるのだろうかと想像してみるがなかなか思い浮かばない。
紋次郎ブームが去ってからというもの、それを超える股旅時代劇は作られていない。
寂しいような、それでいいような……複雑な想いである。


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Re: 日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

驚きですね。この企画、紋次郎より前、あるいは中村氏療養中の時期なのでしょうか・・・。紋次郎ではいろいろな要素がうまく出会い相乗して名作となったと思いますが、これらの企画では何かが満たされていなかったのでしょうかね。いや、貴重な情報有難うございました。

  • 20151004
  • いなさ ♦-
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  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。

世の中には、放映された何倍の数の企画書が、ボツになったんでしょう。
もしかしたら、ボツの中にも傑作になり得るものがあったのかもしれません。

企画、脚本、監督、スタッフ、キャストなど、すべてがそろって素晴らしい作品ができるんですね。
まさに紋次郎がそうだったんだと思います。

Re: 日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

お~~~!
私の愛してやまない、新三郎シリーズ。

紋次郎ブームの時に原作本を購入し、もう100回以上読み返し、好きな描写は丸暗記してしまい、死んだら棺桶に入れてもらおうと遺言しているという。

紋次郎と新三郎の違いは、「虚無」が元々なのか、仕方なしなのか、の差である、と私は考えます。
紋次郎は、出生の秘密と姉の死で、心が死にました。
新三郎は、心臓病で長く生きられないから、虚無に生きてはおりますが、心はまだ死んでおらず、美しい月に心をとめたり、柄にもなく女性に親切にしてしまう自分を苦笑いしたり、自分の責任で死なせてしまった女性に対して、「おめえさんをこんな目に遭わせた野郎を、生かしちゃあおきやせん。あっしも含めて、必ず地獄へ送り込んでやりやす。どうか成仏しておくんなさい。」と、心からの詫びのしるしにに自分の命を差し出す覚悟をしたり、ちょっとないくらい純粋な人間です。

この作品の映像化、ということですが、私はもう思い入れが強すぎて、仮に監督が市川監督で、ほかも紋次郎と同じスタッフであっても、見ないと思います。
事実、紋次郎に翻案された4作は、私は映像は持っているものの、この40数年でどれも1~2回、それも録画確認のためにしか見ていないほどなのです。

ファーストコンタクト、ということで、ひとつ私の中で疑問があります。
紋次郎「峠に哭いた甲州路」は、極めて好きな作品ですが、これも本来は他作品からの翻案ですね。
もし最初に原作のほうを愛読してから、市川監督のこの作品を見たら、果たして私はどう感じたのか。
「なんでラストで、お妙さんが峠に着く前に死んでるんだ!」「新十郎が、次郎衛門の父が追放した男の息子で、自分がここへ来た気まぐれを語るシーンをカットするな!」と、不満タラタラかもしれないですね。(笑)

  • 20151005
  • toki ♦nhNJg39g
  • URL
  • 編集 ]
御無沙汰しております♪

お変わりありませんか。 今回は新企画の企画書というものを見せて頂きまして、ありがとうございます。
なかなか面白そうですね。
新三郎は映像化になっていないんですか?

見てみたい気もします。
寒くなりました、御自愛ください。

では、又♪

Re: 日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

TOKIさま、コメントをいただきありがとうございます。

先日は失礼いたしました。

新三郎を愛してやまないTOKIさんにとっては、こんな企画はけしからん!とお腹立ちのことと思います。

原作の楽しみ方と映像化の楽しみ方……それぞれ相乗効果がある場合とガッカリ感満載の場合があると思います。

原作だと読者の想像如何で、世界観がつくれますが、映像化されると否が応でも限定されてしまいます。
映像化されたものを目にするのは、ある程度の覚悟が要ります。(見たいような、見たくないようなって感じでしょうか)

姫四郎については、見ない方がよかったでしょうね(笑)。

翻案された映像作品は、やはり無理があります。辻褄を無理に合わそうとすると、ほかの部分が反故され、一番大事な部分が揺らいでしまう恐れがあります。

難しいですね。

Re: 日々紋次郎「企画書は木枯しに散った」

ぶんぶんさま、コメントをいただきありがとうございます。

私も、企画書を手にするのは初めてです。

この2本の企画書を比較すると、力の入れ具合がだいぶん違うことがわかります。
時間のかけ方なのか制作費用のせいなのかわかりませんが、興味深いものがありました。

ぶんぶんさんも、お元気で。

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