紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「大前田栄五郎」

日々紋次郎「大前田栄五郎」

日々紋次郎「大前田栄五郎」
紋次郎とかかわった実在の侠客と言えば、「国定忠治」と「大前田栄五郎」。忠治についてはこちら→http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/blog-entry-267.html#moreで紹介したことがありますが、今回は大前田栄五郎です。

栄五郎は当時の侠客としては、珍しく82歳の長寿を全うし、しかも畳の上で亡くなっています。41歳で磔にされた忠治とは対照的です。
生まれは忠治と同郷の上州です。忠治の生まれた国定村とは目と鼻の先で、大前田村の名主格田島家に次男として生まれました。父の久五郎はすでに、大前田を拠点にした縄張りを持つ博徒でした。栄五郎は忠治より17歳年上で、忠治は小父御と呼んでいたそうです。

紋次郎との初めての出会いは「桜が隠す嘘二つ」です。あろうことか紋次郎は人殺しの嫌疑をかけられ、栄五郎から詮議されます。
そして「奥州路・七日の疾走」では、大前田一家の三十人と敵対する関係に……。
紋次郎作品ではありませんが「木っ端が燃えた上州路」(原作)でも、栄五郎は登場します。

今回、「四万温泉」を訪れる機会に恵まれましたので、これを機に栄五郎のお墓探しをすることにしました。

日々紋次郎「大前田栄五郎」

(大前田にあった『夜泣き石』)

大体の場所は調べ、入力された場所に行ったものの、そこは田んぼの真ん中。周囲は民家が点在していますが、のどかな田園風景。農家のおばあさんに尋ね、その方面に行くもやはりわかりません。次は古い民家の敷地内で、何やら作業をされているおじいさんに聞くと……。

なんということでしょう!
この方は今、大前田栄五郎の小説を執筆中だとおっしゃるではありませんか!
あまりの奇遇にお互いがビックリ!
「女の人で侠客に興味があるなんて珍しいね。」と言われ、資料のコピーまでいただき案内してくださいました。
この方は東京で、某テレビ局の脚本を書いておられたということです。なんと笹沢左保氏が大前田栄五郎の取材にこの地へ来られたとき、いろいろ案内され親交を深められたとか……。話が進むにつれて、私もテンションが上がってきました。

長年の研究から、いろいろなエピソードも教えていただきました。
以前から疑問だったのですが、「栄五郎」と「英五郎」……どちらが正しいのか?という質問には「栄」の方だということです。当時「英」という字は、使われていなかったとのこと……。

栄五郎の兄「要吉」は、幼い頃病気を患い盲目となるのですが、父からの縄張りを守り「大前田の盲親分」と呼ばれたそうです。この要吉は目が見えないので、柄を短くした槍を振り回し、敵と戦ったという逸話を教えてもらいました。そしてその様が、「座頭市」のモデルになったのだとか……。面白いこぼれ話です。

日々紋次郎「大前田栄五郎」

案内された墓地は田島家代々のものですが、寂しい場所にひっそりと存在していました。古い墓石や石仏の周辺は草が生い茂っています。
教えていただいた栄五郎の墓は、思ったより質素で、囲いもなく普通に(笑)ありました。忠治の墓とは大分違います。

しかし、忠治の墓と同じように、墓石の角は削られた跡がありました。博打の勝負運が上がることを願って持っていく人がいるようです。
栄五郎の墓は大胡にもありますが、そちらは栄五郎の子分たちが作ったもので、こちらの方が本家(笑)だとも教えてもらいました。

日々紋次郎「大前田栄五郎」

天下の大親分と言われた有名な人物でも、裏社会に生きたということで、あまり派手な扱いはされていないように感じました。
墓石は、小春日和の斜光を浴びて、穏やかに佇んでいるかのように見えました。

さてこのおじいさん、さすが東京でお仕事をされた文化人とあり、とてもダンディな方でした。一見、黒澤監督を連想する風貌で、齢の頃なら77~78歳?プジョーの黄色い自転車を、ジーンズ姿で軽快に乗りこなしておられます。

執筆している作品は、栄五郎をテーマにしたフィクションだということです。出版されたらぜひ読ませていただきたいと思います。

それにしても、偶然お声をかけたのが、栄五郎研究家の方だったなんて、これも何かのご縁かとありがたく思いました。

日々紋次郎「大前田栄五郎」

もっとたくさんお話を聞かせていただきたかったのですが、旅は急ぐものと決めておりやすんで(笑)、お暇いたしやした。

ずいぶんとお達者で……。


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Re: 日々紋次郎「大前田栄五郎」

連投、失礼します。今気が付きました(失礼を)

四万へ出かけられたのですか?母親の実家から二里半

先です(^^;ついいでに?生家の名字が私と同じ?

笹沢様は、昔のバイト先のお得意様でもありました。

紋次郎とは全然関係ないネタで申し訳ありません、wでは。

  • 20151229
  • ビチ ♦-
  • URL
  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「大前田栄五郎」

ビチさま、コメントをいただきありがとうございます。

「四万温泉」では「積善館」に宿をとりました。この旅館は、「千と千尋の……」の油屋のイメージになったとも言われています。
川にかかる赤い橋が印象的でした。
また後日、記事にするかもしれません。

笹沢氏がお得意様だったなんて!
いろいろ、関わりがあるもんですねえ。

またよければ、拙ブログに草鞋を脱いでおくんなせぇ。

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