紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」
今年は「申年」。庶民が暦を覚えやすくするために身近な動物が割り当てられ、それが猿だったということで、「申」をサルと読むようになったそうです。こんな読み方は干支のときしかありませんよね。

猿が出てくる紋次郎の作品と言えば、「賽を二度振る急ぎ旅」。
猿まわしの男が、賞金首のかかる音右衛門の命を夜陰に紛れて狙うのですが、それに気づいた紋次郎が斬り捨てます。

猿まわしの起源は古く、インドが発祥とされ中国に伝わり、のちに日本にも伝来しました。
鎌倉時代初期は、武家の牛馬舎、特にに厩(うまや)の祈祷にありました。古来より、猿は馬や牛の病気を祓い、健康を守る力を持つとされ、猿まわしは猿を連れ歩いて牛馬舎の前で舞わせたそうです。その後宗教性は薄まり、猿の芸だけが独立し、大道や広場や各家の軒先で見物料を取るという芸能になりました。

この「賽を二度振る……」に出てくる猿まわしの男は「猿(ましら)の弥助」と言いますが、この「ましら」というのは、猿の異名だということです。江戸時代の街道には、猿まわしの他、旅を続ける芸人が数多くいました。
意外なところではこの旅芸人、手形がなくても芸を見せれば関所が通れたそうです。関所の役人たちが旅芸人の演じる芸を、仕事とはいえ見ていたというのは面白いですね。

もう一つ、「申」に関係するといえば「女人講の闇を裂く」です。女人講とは、庚申待ちをするために、女たちが一堂に会して一晩を明かすというものです。

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

「庚申信仰は十干十二支の一つ庚申の日の禁忌を中心とする信仰。中国では道教の説で,庚申の夜睡眠中に体内の三尸虫(さんしちゅう)が逃げ出してその人の罪を天帝に告げるといい,虫が逃げぬよう徹夜する風習があった。」(百科事典マイペディアの解説より)

20年前の庚申待ちの夜に起こった惨劇と復讐劇に巻き込まれる紋次郎。
最後に幼女から「おとう……」と呼ばれ、それを背中で聞きながら草鞋を履く紋次郎の姿に何とも切ないものがあります。

民間でも信仰された庚申様ですが、信仰対象が特定されていたわけではなく、その時々の仏教や神道の影響を受けたようです。
その多くは青面金剛や猿田彦大神を本尊とし、三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)もよく見られます。
猿を神格化し、「山の神」と見る民間信仰とも結びついています。

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

旅先で「庚申塔」や「庚申塚」を見ると、心がざわつくのは「女人講……」の影響ですね。

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

飛騨地方でよく見かける「さるぼぼ」。「猿の赤ちゃん」という意味で疫病除けの赤色が使われています。万歳のポーズが愛らしいですね。

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

奈良町「庚申堂」の「身代わり申」。

ぬいぐるみ状のもので、家の中に災難が入ってこないように軒先などに吊るされています。庚申さんのお使いである猿を模ってあり、災いを代わりに受けてくださることから「身代り申」とよばれているそうです。くるんと丸まってたくさん連なっているさまも可愛いです。

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

あと一つ思い出しました。「猿ヶ京」(群馬県)で紋次郎はお政の引いた馬の背に揺られ、間道を抜けるという「馬子唄に命を託した」。
詳しくはこちら→http://kogarashi1940.blog10.fc2.com/blog-entry-150.html#more

この「猿ヶ京」という地名は、申の年の申の月の申の日に、この地を訪れた申年生まれの上杉謙信が名づけたともいわれています。「さるが今日」から「猿ヶ京」に変わっていったようですね。

神様のお使いとされた猿ですが、最近訪れた地にはこんな恐ろしい妖魔も……。

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

「鵺(ぬえ)」に似ていますが、頭は猿、胴体は虎、尾は蛇であるとされ、その名も「さるとらへび」(まんまですね…笑)。
岐阜県関市の洞戸地区に伝わる伝説上の魔物です。
高賀の山に住み村人たちに悪さをしていた「さるとらへび」でしたが、御門の命を受けた藤原高光に成敗されたということです。

“紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

高賀神社の絵馬です。結構可愛い「さるとらへびさん」になっています。

さて、「申年」のこの1年は、どんな年になるでしょう。

申の動物「猿」をエンと読み「今年もみなさまと縁(エン)が結べますように……」
とお願い申し上げます。


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Re: “紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

お夕さん

年初より、素敵な写真の数々有難うございます。

旅先で出会う庚申塔、その楽しみは、確かに、「紋次郎」を知る故と思えます。

「女人講の闇を裂く」をまた見たくなりました。

  • 20160106
  • いなさ ♦-
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  • 編集 ]
Re: “紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

いなささま、コメントをいただきありがとうございます。

旅の目的のほとんどは、紋次郎ワールド探しです。そしてシャッターを切るときは、いつも紋次郎サンのことを想います。

本年もよろしくお願いいたします。


Re: “紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

お夕さん、こんにちは。
猿ヶ京ってそんな由来があったのですね。
お政の唄う馬子唄が流れる中、馬の背に乗り峠を超えてゆく紋次郎・・あのエンディングは詩情があふれていて大好きです。

  • 20160106
  • J ♦-
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  • 編集 ]
Re: “紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

Jさま、コメントをいただきありがとうございます。

「馬子唄に……」では、紋次郎の優しさや堅気に対するストイックな姿が印象的でした。

エンディングの紋次郎の姿には、いつも切ないものがあるのですが、馬に乗って去っていく後姿は、孤独だけではなく、お政の情も負っているように思えます。
名作です。

また、お好きな作品のご感想をお寄せくださいね。

Re: “紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

こちら東京でも,かつては農村地帯だった住宅地に今も花やお水が絶えず供えられた庚申塚や青面金剛の石像を見ることがあります.

地域の人たちの信仰が根付いているのでしょう.もしかしたら,未だ庚申講が営まれている所もあるのかもしれません.そう考えながら石碑や石像の脇を通り過ぎると,古い日本へのノスタルジーが湧き上がります.

昨年はお夕さんにはお世話になりました.
遅れ馳せながら,今年もどうぞよろしくお願いいたします.

  • 20160107
  • 寅さんのおにいちゃん ♦-
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  • 編集 ]
Re: “紋Cafe”でいっぷく「申年結縁」

寅さんのおにいちゃん、コメントをいただきありがとうございます。

こちらこそ、本年もよろしくお願いいたします。

旅先で、石碑や石塔に刻まれている年号が天保であったりすると、それだけでテンションが上がる我が身です(笑)。

庚申塚や庚申塔は、庶民のささやかな願いや祈りの中で、ずっと護られてきたのでしょうね。そこには信心と共に、生きてきた証が記されています。
想像力を働かせると、見えてくるものがあるように思います。

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