紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第21話「水車は夕映えに軋んだ」(前編)

第21話「水車は夕映えに軋んだ」(前編)

第21話「水車は夕映えに軋んだ」(前編)
(原作1972年 第18話) (放映 1972.12.2)
*上記の写真は、直径13メートルの巨大水車。

「木枯し紋次郎」に出演する女優の中で、この「大原麗子」は一番の適役ではないだろうか。とにかく着物姿と日本髪が本当によく似合う。
お縫について「決して、艶っぽくはない。内向的な性格の女に見られる愁い顔で、人形のように美しい。顔立ちが整いすぎているせいか、冷たい感じさえした。誰かにいじめられていたら、同情し助けてやりたくなるような弱々しさと繊細さを具えていた。」と原作にはある。
年の頃も二十四、五としている。まさにピッタリである。切れ長の目と形の良い唇、また少しハスキーで艶のある声質も魅力の一つである。
もう一人、お縫の姉お鶴役の「稲野和子」。この女優さんは第15話「背を陽に向けた房州路」でお銀役をしていた方である。目に特徴があり、いわゆる「三白眼」。人相学的にはあまりよくないらしいが、私は艶っぽくて魅力的だと思う。原作では「二十七、八の年増であった。決して醜くはないが、男みたいに気の強そうな容貌をしている。女の円味に欠けていて、痩せぎすの上に色が浅黒い。」とあるが、こちらは少し配役が違うようで、テレビ版ではお縫よりお鶴の方が色っぽいかと思われ、原作より存在感があり、演技もよかったと感じる。
酒に酔って、紋次郎に絡む上目遣いの据わった目などは良い表情だ。
紋次郎は蕎麦をかき込みどんぶりと箸を置くのだが、この箸が小道具でありながら印象に残る。木の枝から削り出したような箸なのである。
映り込むモノにはどんなに小さなモノでも、本物が要求されるのであろう。
アバンタイトルでの重要な提示は、紋次郎は「女子どもを斬る長脇差を持ち合わせていない」ということである。「女、子どもを斬ることはない」ではなく、「そんな長脇差は持っていない」という言い回しである。これがラストに効いてくるのである。

原作にはない旅籠の女中役に「樹木希林」。とぼけた感じがなかなかいい。紋次郎も珍しく、くだけたしゃべり方をしている。短い絡みの中で利助一家の悪業ぶりや村の内情が語られる。原作には旅籠に泊まる設定はなされていない。旅籠に泊まるということは滅多にないので、何となく紋次郎の私生活を見たような気分になる。

村の娘がむごたらしく殺されている姿と、それを囲む村人を後にしたところで、テレビ版ではお縫とお鶴に再び出合う。駕籠を使い、夜旅まで続けて急ぐ女旅に紋次郎は、「よほど急ぎ旅のようですね」とチクリと一言。原作にはないシーンである。

利助一家の子分に「阿藤 快(海)」。彼は俳優座の後輩で、中村氏がかなり面倒を見ていたようである。アキレス腱断裂の際に吹き替えもやったようであるが、中村氏曰く「ちょっと身体つきが違うんだよね」。そう言われれば身長はあるが、立ち姿には随分違いがある。阿藤氏は骨張っているというか、中村氏のような、しなやかで強靱な筋肉は見られないので、衣装を身につけても外見上やはり違うだろう。

第21話「水車は夕映えに軋んだ」(前編)

夜旅に蝋燭をきらしたので分けてもらえないかと、百姓家で頼む低く響く声は、何度聞いても心地よい。この民家もセットではなく実際に最近まで使われていた家屋と思われる。貧しい百姓家という雰囲気なのだが、瓦がひさし部分に載っている。この時代、百姓家でも瓦が使えたのだろうか……。
さて、中村紋次郎の魅力の一つに低く響く声がある。当時の中村氏の普段の声はどうだったのだろう。笹沢氏は「低い声でボソボソと……」と彼のしゃべり方に触れているが、紋次郎の声は原作通りであろう。低くかすれた声でないといけないのだ。紋次郎を演じるには姿、形だけでなく、声質も大きな比重を占める。20年後に撮られた「帰って来た木枯し紋次郎」で一番大きな違いは、声のトーンだったのではないかと私は感じている。
原作では蝋燭ではなく、納屋の片隅を一晩借りられないかという頼みであるが、同じく断られている。いつも感じるのだが紋次郎の言葉遣いは本当に丁寧でキチンとしている。渡世人言葉なので丁寧とは気づきにくいのだが、特に堅気の者に対してはへりくだった言い方をする。

村人達に取り囲まれ、鎌で左肩を負傷する紋次郎。堅気の者には刃向かわないという鉄則を守る。
「どうせ、いつかはどこかで失くす命でござんす。別に、惜しいとは思いやせん」(原作の台詞)
堅気の衆に襲われても長脇差を使わない……といえば、「暮坂峠への疾走」で銀次の兄弟分の小三郎は、農夫たちに無抵抗のまま殺された。
紋次郎はとんだとばっちりで傷を負うことになるのだが、堅気の者への怒りはないし言い訳もしない。
その後、事の経緯を農夫から聞き「大谷の利助が、子分の意趣返しをするのはおかしい」と紋次郎は答える。その会話の中で「半七は親分のお気に入りで婿養子にしようとしていた」という台詞が入るが、原作にはない。婿養子ということは、娘が許婚である……女の影がチラリとテレビ版では見える趣向である。

話は変わるが、半七といえば以前から気になっていたこと。
殺された半七は死に顔しか映像にないので不確かなのだが、彼は「流れ舟は……」の「白痴」と呼ばれていた男と同一人物ではないか。彼は「木っ端が燃えた……」でも出演している。とにかく死に顔なのでなんとも言えないのだが、決め手は「胸毛の濃さ」(笑)。
どなたかご意見を伺いたい。

利助の身内の三下が再び紋次郎を襲って来るが難なくかわし、子分に真相を聞き出そうと刃を向ける紋次郎。細かいことで申し訳ないのだが、話を聞き出している途中で三度笠が変わっている。連続の撮影ではなかったのか、背景の色合いや顔に当たるライティングも若干違う。
三度笠によっては、破れ目や痛み具合が違うということはファンの中では知られていることであり、いくつかストックがあると思われる。

原作とテレビ版との違いは、お鶴とお鶴の夫との夫婦愛が描かれているところだ。水車に閉じこめられ痛めつけられた夫を助けに危険を顧みず行動に移すお鶴。酒に酔って紋次郎にからんでいた姿から一変して、夫に対して健気に尽くす。紋次郎は祠に逃げ込んで来た二人を訳も聞かずかくまい、振分け荷物から塗り薬を差し出す。あんなに罵詈雑言を浴びせ、おまけに足の甲に怪我まで負わせた女なのに、手を差し伸べる姿にテレビ版の紋次郎の懐の深さと優しさを感じる。(後編へ続く)

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Re: 第21話「水車は夕映えに軋んだ」(前編)

お夕様。こんばんは。
この作品で紋次郎が百姓家に寄り、蝋燭を分けて貰うために言う口上。何度聞いても惚れぼれしますね。特に堅気の衆に対しては、特に丁寧ですね。
今回の女優陣も多彩です。大原麗子は惚れた男のために冷酷非道なことも平気でやる勝気さと一途さ、両方合わせ持った女性を演じきっていたし、姉役の女優さんもとても上手い役者ですね。それと樹木希林。(笑)寝ぽけ眼で紋次郎と会話する場面。何とも微笑ましく、ちょこっとの登場ながら存在感があります。何度見ても笑いを誘います。それにしてもお夕さんの眼力はすごいです。三下との斬り合いで三度傘が変わっているなんて・・気づきませんでした。美術の西岡さんが殺陣で衣装がいつも泥だらけで困った・・と書かれていたので、三度笠もある程度ストックがあったのでしょうかね。何度か見ていると切られ役などの顔触れに、あれ?この人○○に出てた・・とか発見があって面白いですね。

  • 20090907
  • sinnosuke ♦GZgNVSBU
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Re: 第21話「水車は夕映えに軋んだ」(前編)

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。
斬られ役と言えば、「山本一郎さん」。
「川留め……」「童唄……」「龍胆……」
「水車……」「夜泣石……」「雪燈籠……」「上州新田郡……」と数多く斬られては復活されています(笑)。
ヒョロッとした身体や顔に目はまんまる、と憎めないタイプの方ですね。
私の地方のテレビ局に、コマーシャルで出ておられ、今も活躍されています。
昔は味のある個性豊かな役者さんが、たくさんおられたんですね。

  • 20090908
  • お夕 ♦wikz35BA
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