紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」
紋次郎は、東海道をあまり歩いていません。東海道は大きな宿場がたくさんあり大名の管理下も多く、厳しい関所もあります。取り締まりも厳しかったということですから、無宿人の紋次郎としても避けたかったのでしょう。

「砕けた波に影一つ」の出だしは東海道の鳴海宿。この鳴海宿は江戸から40番目の宿場で、その次は「七里の渡し」がある宮宿です。鳴海宿の前は池鯉鮒宿、その前は岡崎宿、藤川宿と続きます。
作品には出てきませんが、東海道を往く紋次郎ですので、これらの宿はきっと通り過ぎていたはずです。ということで東海道を、逆に辿ってみました。東海道の宿場の現存率は低くて、当時を偲ぶものは少ないように思われます。

いくつか一里塚が残されているようですが、一対が残っている所を訪ねました。

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

豊明市にある「阿野一里塚」は日本橋から86番目の一里塚です。鳴海宿と池鯉鮒宿の間にあり、昭和11(1936)年12月に国指定史跡となりました。
愛知県内の東海道には18の一里塚がありましたが、現存するのは4か所で、そのうち、道の左右とも残っているのはこの塚と、知立市の「来迎寺一里塚」だけだということです。

この「阿野一里塚」は当時、榎が植えられていたようですが、現存はしていません。一里塚の周りはフェンスや柵で囲まれていて、ベンチがあり小休憩ができるようになっています。句碑には「春風や坂をのぼりに馬の鈴」とあり、森市雪の作で嘉永元年(1848)刊の「名区小景」に載っている句だそうです。

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

南無地蔵菩薩と読み取れる石碑もありました。この石碑はいつからあったのかは不明ですが、かなり古そうでした。

一里塚は旅中の目安だけではなく、旅人の休憩の場でもありました。木陰に腰を下ろし、ほっと一息入れるには格好の場所だったことでしょう。

ということで、現代の一里塚ならぬ喫茶店で一息を……。

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

知立市にあるジャズ喫茶「グッドベイト」さん。ジャズ愛好者の中では結構有名なお店です。
近寄るとジャズのレコード音が外に漏れ聞こえてきます。中に入ると、大音響のジャズの音が響いていました。壁にはびっしりとレコードが並べられ、かなりディープな空間です。

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

こういうお店に行くといつも感じるのですが、ボリュームが大きいのに耳に優しいんですね。耳当たりが良いというか、昔の音源の懐の深さというか。深くローストされたコーヒーもおいしくて、おかわりをしてしまいました。

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

少し寄り道をしてしまいましたが、もう一つの一里塚「来迎寺一里塚」にも足を伸ばしました。池鯉鮒宿と岡崎宿との間に設置された84番目の一里塚です。
北側の塚は昭和36(1961)年に県指定文化財に指定され、南側の塚は遅れて平成8年に追加指定されました。

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

先に指定された北側の塚は、往時の形をよくとどめていて黒松が植えられています。盛り土の大きさは直径約11メートル、高さが約3メートルあり、下から見上げると枝を広げた松の姿が青空に映えて美しく見えました。ここは代々松が植えられていたということですが、この黒松は何代目なんでしょうか。

紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

南側の一里塚は塚が半分ぐらいくずれてしまっていますが、地元の方々が原型復帰のため様々なご努力をされたようです。

一里塚は、住宅の増加や道路の拡幅などでたくさん失われました。そんな中で、保存活動を進めた方々の見識の深さに敬服します。
4キロメートルごとに残すことは無理だったとしても、今あるものについては保存を続けてほしいですね。


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Re: 紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

道端の松は,今では車の排ガスを吸わされたりで知らない間に傷みが進んでいることがあるようですね.

私の故郷でも歴史のある松の大木が,樹医の手当でなんとか持ち直しました.松が無ければ街の風景が一変するところでした.

  • 20170212
  • 寅さんのおにいちゃん ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

寅さんのおにいちゃん、コメントをいただきありがとうございます。

大木は物を言わないですが、人間の寿命以上に歴史をずっと見てきたんですね。その存在をどう感じるかは人それぞれでしょうが、生きとし生けるものとして、できるだけ大事にしたいですね。

  • 20170213
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

紋次郎はいつも速足の印象ですが、一里塚でゆったり休憩をとることだってありましたよね、きっと。

  • 20170214
  • カノッチ ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「旧東海道 一里塚」

カノッチさま、コメントをいただきありがとうございます。

一里塚と言えば「一里塚に風を断つ」ですね。
この一里塚は、江戸から中山道を八十里進んだところ、とありますので上久保 (長野県木曽郡南木曽町)の一里塚でしょうか。

一里塚で休憩したという記述は作品中にはないようですが、旅をする紋次郎にとっては大切なランドマークだったでしょうね。

  • 20170215
  • お夕 ♦wikz35BA
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