紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」(前編)

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」(前編)
紋次郎が歩いた街道で、一番多かったのは中山道だと思います。しっかり統計を取っていませんので、何となく……といったあいまいな推察でしかないのですが……。紋次郎には中山道が一番似合っていますし、私も一番好きな街道です。

しかし、今回は北国街道。いろいろな街道が北国街道と呼ばれているのでややこしいのですが、長野県にある中山道追分宿から、新潟県の直江津に通じる脇往還で、別名、善光寺街道とも呼ばれています。
この北国街道を舞台とする作品は、「女人講の闇を裂く」「三途の川は独りで渡れ」「さらば峠の紋次郎」「反魂丹の受難」「まぼろしの慕情」「さらば手鞠唄」等……。その中で今回紋次郎の影を追ったのは、「女人講……」と「三途の川……」です。

「女人講……」で、紋次郎は初めて善光寺より北の北国街道を往きます。それも独り旅ではなく、後家で子連れの「お筆」と共に越後の二本木までの旅となります。

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

お筆との出会いは、信州の篠ノ井追分を過ぎた犀川の渡し場。二本木まで庚申待ちに間に合うよう先を急ぐお筆。最終の渡し舟に乗ろうとするお筆の邪魔をする二人のヤクザ者を、一瞬にして峰打ちで倒す紋次郎。胸がすく思いです。その上礼を述べるお筆に「恩に着ることはござんせんよ。手めえのために、やったことなんですからね」……くーっ!このセリフ痺れますねぇ。

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

犀川の渡し場跡を探したのですが、なかなか見つからず……。仕方なく、見当をつけたあたりに「丹波島橋」という大きな橋が架かっているので歩くことにしました。すると橋にレリーフが何枚かあり、渡し舟のことが書かれていたのです。
当時の犀川は大水のたびに川瀬が変わり、それに伴って渡し場も変わったようです。従って、渡し場が特定できないようです……納得。

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

レリーフには当時の様子も描かれていたのですが、川岸に張られた綱を手繰る人と、棹を操る船頭とで川を渡っていたようです。テレビ版でも小説でも、そのことには触れられていませんので、普通の渡し舟だと思っていました。現地に行って、初めてわかることがありますね。

紋次郎は、善光寺の旅籠屋を明け六ツ過ぎに出立します。いつもよりかなり遅いのは、「心の疲労」。

「同じような日々の繰り返し、いつ果てるとも知れない流れ旅、何の張り合いもない今日と明日、そうしたことが心を疲れさせたのかもしれなかった。」(原作より抜粋)

紋次郎もそんな思いを抱くのかと意外な気持ちになり、人間臭さを感じます。

善光寺を過ぎ、牟礼の手前で再び紋次郎はお筆に出会います。そして、お筆の帰り先二本木で、二十年前の庚申待ちの夜に起こった惨劇を聞かされます。その惨劇の意趣返しとして庚申待ちの今夜、騒ぎが起こるかもしれないというのです。そんな物騒な夜になるかもしれないのに、紋次郎はお筆に誘われるまま二本木に向かうことになります。

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

一行は野尻で名物の蕎麦を食べますので、私も蕎麦を食べます(笑)。紋次郎が食べた蕎麦よりは格段に高級な蕎麦(笑)。大変おいしかったです。

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

信濃と越後の国境には関川の関所があります。男は手形いらず、女だけの改めですが、お筆は手形がありますので一行は難なく通った……と原作にはあります。

この関所跡に「道の歴史館」と称する施設があるということで、訪れました。

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

パンフレットによりますと、ここは高田藩が管理し江戸幕府が設置した関所の中でも「重き関所」として厳しい取り調べが行われたとあります。また、男性は往来手形で済むところ、女性はそれに加えて幕府が身元を確認して発行した関所手形(女手形)が必要とされた……とあります。うーん、紋次郎、本当に難なく通れたのか?

紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」前編

常勤の藩士や人見女の人形などで、当時の様子が再現されていました。かなりリアルでちょっと怖い。
(後編に続く)


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Re: 紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」(前編)

庚申の日に夜通し集って飲食を共にする庚申待ちは,今でもどこかで行われているのでしょうか.かつては数少ない娯楽だったのでしょうね.


蕎麦の画像を見て,私も信州の蕎麦が食べたくなりました...

  • 20170827
  • 寅さんのおにいちゃん ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「北国街道を往く~女人講の闇を裂く~」(前編)

寅さんのおにいちゃん、コメントをいただきありがとうございます。

「庚申待ち」……調べてみますと、明治時代でもまだ行われていたようですが、それ以降はほとんどなくなったようですが、南房総市千倉町瀬戸では今も行われているとか……。
民間信仰の中には、興味深いものがいろいろありますね。

信州のお蕎麦は本当においしかったですよ。

  • 20170828
  • お夕 ♦wikz35BA
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