紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第22話 「地獄を嗤う日光路」

第22話 「地獄を嗤う日光路」

第22話「地獄を嗤う日光路」
(原作 1973.8月)(放映 1972.12.9)
原作は「木枯し紋次郎シリーズ」ではなく「小仏の新三郎」が主人公である4話完結編のシリーズである。このシリーズは「オール読物」に発表された連作股旅小説であり、すでに第1シーズンの第15話「背を陽に向けた房州路」、第16話「月夜に吼えた遠州路」が放映されている。
この作品は新三郎シリーズの完結編となるもので、表題作品という重要な位置を占めている。しかし、紋次郎と新三郎とは旅を続けるスタンスが違うので、自ずと展開を変えざるを得ない。
大きく違うのはどの回でもそうなのだが、お染の存在である。新三郎は余命幾ばくもない病の身、恩あるお染に借りを返すためだけに旅を続けている一匹狼である。

原作の原型はほとんどとどめておらず、別物となっている。
アバンタイトルで二人の農民が殺され、被っていた陣笠が奪われる。下手人は「蠍の藤八」という三下。火野正平が演じている。この頃の名前は二瓶康一である。
第1話「川留めの……」のとき、無抵抗の紋次郎を痛めつけたヤクザ者として出演しているが、今回は役名もあり台詞もある。この後彼は「跳べ!必殺うら殺し」で中村氏と共演している。仕事以外でも中村氏と彼とはつきあいがあり、遊び友達だったとか……。

雨に降り込まれ、難儀をする紋次郎に納屋を提供する千代吉。しかしその夜、千代吉は何者か二人に襲われる。
斬られた千代吉を介抱し、話を聞く紋次郎。床から起き上がった千代吉に、そっとかい巻きを背中にかけたり、亡骸に丁寧に蒲団をかけてやるなど紋次郎の優しさが垣間見られる。
千代吉は金塊を許婚のお鶴に届け身請けをしてやって欲しいと頼む。千代吉は自分の境遇を話す中で芥川氏のナレーションが入る。佐渡の金山の過酷な話である。そのナレーションの中で、佐渡での労働の悲惨さを「この世の地獄」としている。ここで作品のタイトルの文言が、提示されている。
因みにドサ帰りをバックボーンとする渡世人としては、長次郎が主人公の「中山峠に地獄をみた」という作品がある。この作品も結末は今回と同じように女の変貌と裏切りがあり、テレビ版はこの作品もベースにしている感があり「地獄」というキーワードも同じである。

話を本編に戻す。
原作は心臓発作を起こした新三郎を介抱した女とその兄が殺され、その意趣返しをするため下手人を捜すという設定であるので随分違う。

紋次郎が関わるきっかけはいくつかある。
紋次郎が頼みをきく場合のポイント

①恩義があること
②今際の頼みであること
③島帰りの者の頼みであること
④間引きに関するとき
⑤自分の不始末で事が起こったとき
⑥姉のお光を彷彿とさせる何かがあるとき
ただし③は紋次郎が島帰りという設定である原作のみ効果あり 自分の境遇と重なるため

今回の場合は①雨をしのぐため納屋を借り受けた恩義
        ②依頼者はこの後亡くなった
        ③依頼者はドサ帰り、しかも無実の罪で流罪となる(原作の紋次郎と同じ境遇)
上記の理由があるため、紋次郎は千代吉の頼みをきくことになる。

しかし紋次郎は逡巡する。千代吉が事切れたあと珍しく迷ったように考え込むシーンがある。いつものように「引き受けた」とは一言も発していない。しかし意を決したように金塊を袱紗に包み、立ち上がる。

蠍の藤八と千代吉を襲った二人組はグルであり、藤八は農民から奪った陣笠を手渡す。この時点でこの二人は盗賊夫婦だと察しがつく。


第22話 「地獄を嗤う日光路」


紋次郎は「房の川戸」と呼ばれている関所を通らねば、矢板にたどり着けない。ここで関所の様子が、詳しく映像化されている。
原作では金塊を届けるという設定ではないので、あっさり書かれているのだが、テレビ版はこの場面は見所の一つである。金塊をいかに隠して、関所を無事通り抜けるかというところである。この関所は北へ向かう女だけは通行手形が必要だが、男は不要とされている。人相面体を確認され、荷物と身につけている物を検められる。視聴者はここでドキドキする。あの金塊を一体どこに隠したのだろうか、見つけられたらどうなるのか、などヤキモキするのだがどこにも見当たらない。
関所を越えて人目のないところで、紋次郎は頭の髷から金塊を取り出す。「こんなところに隠していたのか」と驚いてしまう。実際あの位の金塊だとかなり重いだろうが、髷に隠して平然と歩けるものなんだろうかと疑問を持つが、細かいことは目をつぶろう。
ストーリー上関所を外すことはできないので、(日光神領の民の陣笠があれば、特権としてお調べなく関所を通れることは重要点)このアイディアは苦肉の策だったろうと思う。実際、自分ならどこに隠すかと問われても思いつかない。

陣笠を被った盗賊に呼び止められたあと、木の陰から藤八が飛び出し、紋次郎に斬りかかるがあっさり殺される。千代吉の情報をかぎ回ったり陣笠を奪い取ったり、盗賊の手先として動き回ったが、この藤八は原作には出てこない。
テレビ版で藤八は必要だったのだろうか、と思う。約1年前は役名もないチョイ役だったことから考えると、存在感はあったし彼にとっては良かったことだろうが……。

渡し船ではこの二人組の一人が女であることがばれる。その女を「緑魔子」が演じている。魔子と言う芸名の通り魔性の女の雰囲気はあるが、それも現代劇でのこと。時代劇となるとそのオーラはあまり感じられず、何となくちぐはぐな印象を受けてしまう。

矢板の宿にたどり着き、お鶴が酌女として働いているという「若紫」という店を紋次郎は訪れる。ここでのやりとりは結構面白い。
店にいる酌女たちも崩れた感じで現実味がある。紋次郎は丁寧に挨拶をしてお鶴との面会を乞う。奧から出てくる偽お鶴はポーッとしていて面白いが、女将のしどろもどろの慌てぶりも面白い。
紋次郎はここでも落ち着いていて聡明である。
「袱紗の柄は?」の問いに二人の女は答えられない。本物のお鶴は袱紗のことをどうして教えておかなかったのか、重要なポイントだったのにと思う。女将はあわてふためいた後に、「お鶴は死んだ」というウソをついて紋次郎を寺に行かせる。
原作でも新三郎が探し当てた「お染」は既に死んでいると言われて、墓のある寺に向かう。

寺で待っていたのは本物のお鶴。千代吉はお鶴がずっと待っていてくれると信じ、島抜けまでしたが、当のお鶴はさっさと身請けされて民蔵と夫婦になり、盗人働きをするほどの悪女に成り下がっていた。このパターンは第14話「水神祭りに……」の惣助とお敬の関係に似ている。女は一途に男を待てない、月日が経つと心変わりをする、昔の男なんか歯牙にもかけない……笹沢氏が抱く女性像なのだろうか、このパターンが多いように感じる。
「水神祭りに……」のお敬には金を渡したが、紋次郎はお鶴には金塊を渡さない。どう考えてもお敬よりお鶴は質が悪い。
何もかも真相を、紋次郎は推理してみせる。そこで民蔵と矢板の治兵衛一家が現れる。矢板の治兵衛?誰だっけ……と言った感じだがチラッと民蔵のいとこ、とか言っていたような。民蔵とお鶴だけを敵に回しての殺陣では迫力不足なので、やはり頭数は必要である。

墓地での立ち廻りである。罰当たりといえば罰当たりなことであるが、多勢を敵に回すにはうってつけの場所とも言える。墓石の陰に隠れたり、石を投げて注意力をそらしたり、場数を踏んだ紋次郎の戦法である。
その後、竹林での立ち廻りに移る。竹林は実に清廉としていて美しい。右や左に体をかわしながらの殺陣の動きは素早くて、観ていても気持ちがいい。その動きの中でストップモーションが3回かかる。タイトルロールではお馴染みの手法である。
民蔵が紋次郎に「宝をお鶴に渡さず横取りするつもりだろうが、そうはさせねえぜ!」と叫ぶが、愚問である。横取りするつもりなら、手にした時点で持ち逃げしているだろうが……とつっこみを入れる。

民蔵とお鶴は結局、刺し違えて二人とも命を落とす。悪女はやはり死ぬ筋書きである。紋次郎の長ドスは使わせずに悪女を殺すとなると、男と一緒に死ぬこのパターンである。
原作は全く違うので比べようがないのだが、悪女お染は死なずに新三郎の方が刺されて息を引き取る。刺されてというより、自分から刺されることを望んだような形になっている。
「放っておいても長くはねえ身体、お蔭で楽になれやすぜ」
「おめえさんとは会わずじまいで終わったほうが、よかったような気が致しやす。人の世とは、そんなものかもしれやせん」 (原作より抜粋)

お鶴に会わずに息を引き取った千代吉だったが、その方がよかったのかもしれない。お鶴の変貌ぶりを知らずあの世に行った千代吉。その千代吉の供養のためにと紋次郎は金塊を住職に手渡し、鶴の柄が入った袱紗を宙に投げ上げ、楊枝を飛ばしてお鶴の亡骸近くに留める。
よく耳を澄ますとシンとした中、虫の声が聞こえ、それが一層寂寥感を表し無常観を漂わす。

欲にかられ、命を落とした者とは対極にある紋次郎の孤高な姿は夕景の中に消える。



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Re: 第22話 「地獄を嗤う日光路」

お夕様。こんばんは。
紋次郎作品で別原作の分も読んでみましたが、どれも悲惨な末路です・・。((+_+))特に、男は純情を尽くすのに女は平然と裏切る。というパターンが多く、どうしても笹沢氏の女性観なのかしら?などと思ってしまいます。この作品でも紋次郎が一夜の雨宿りを乞う口上は美しいですね。それと、関所での所作も見事です。中村紋次郎は本当に素敵です。あの重さの金塊を髷に??は私も思いましたけどね。(笑)余談ですが、中村氏が怪我で一ケ月別の笹沢作品で急場を凌いだ作品も是非に見てみたかったです。原作は読みましたが、どの作品も質的に素晴らしかったそうなので見たかったです。(:_;)

  • 20090921
  • sinnosuke ♦U3ZltWCQ
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Re: 第22話 「地獄を嗤う日光路」

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。
「笹沢左保股旅シリーズ」の4話は、先日、時代劇専門チャンネルで放映されました。昨年も放映されましたから、またあるかもしれませんね。
急遽の作品作りでしたが俳優の方、スタッフの方、それぞれの奮闘のおかげで、紋次郎は再開にこぎつけられました。
4話ともそれぞれ趣が違い良かったですが、あの1ヶ月は長く感じたものでした。子どもながら、「やっぱり、違うんだなあ」と思いながら観ていた記憶があります。
やはり紋次郎が、私にとっては最高です。

  • 20090921
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第22話 「地獄を嗤う日光路」

お夕様。こんばんは。
笹沢佐保股旅シリーズの件、教えて頂いてありがとうございます。でも、ショックです。((+_+))今月、上旬に時代劇専門チャンネルで放映されたんですね。最近は、時代劇専門チャンネルの番組表も新聞でチェックしていたのに・・残念!今月放映があったのだから、当分先ですね。あーあ。
紋次郎がヒットしたので、他の役者サンたちも頑張って良い作品になったと書いてありましたね。
勿論、紋次郎とは比べようもありませんが。
(;一_一)

  • 20090922
  • sinnosuke ♦U3ZltWCQ
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Re: 第22話 「地獄を嗤う日光路」

お夕さん、こんばんは。
この回の千代吉さんには、泣かされました。ほかの人は冷たいのに、雑炊まで勧めてくれるのですから。苦労した人は違います。ただ、紋次郎が「不死身の千代吉と呼ばれた若え男の供養に」って言ったときは笑ってしまいました。え?若え?若えのかって。千代吉さんどうみても紋次郎より年取って見えるんですが、川辺久造さんですし、実際年取ってます。これは佐渡のお勤めがきつくて老けこんだってことなんでしょうか。いずれにしてもこんな暗い話だからこそ、笑いは貴重です。

Re: 第22話 「地獄を嗤う日光路」

sinnosukeさま、コメントをいただきありがとうございます。お返事が遅くなりまして、申し訳ありません。
10月からの時代劇専門チャンネルでの木枯し紋次郎放映は嬉しいですね。ファン層が広がることを期待しています。
また、10月2日の13:00から、敦夫さんのインタビューを交えた「木枯し紋次郎『特別番組』」もあるようですから見逃せません。
やはり秋は紋次郎ですね。

  • 20090924
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第22話 「地獄を嗤う日光路」

八朔さま、コメントをいただきありがとうございます。
細かいところを突いてこられますねえ、脱帽です。千代吉さんは仰るとおり若くはないですよね。
佐渡での生活は、人を老け込ませるといいますから、それも考慮の上でのキャスティングなんでしょうか?見かけ年齢に惑わされず、実年齢をお見通しなすった紋次郎兄貴はさすがと申しやすか。(ちょっと無理があるかも)
ただ供養を頼まれたご住職より、千代吉さんは若いということは確かです。(笑)

  • 20090924
  • お夕 ♦wikz35BA
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