紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

紋次郎を妹の仇として追いかける「峠花の小文太」が、この回から登場する。
今まではほとんどが一話完結であったシリーズだが、恐ろしく腕の立つ渡世人「峠花の小文太」の出現により、少し展開に変化が出てくる。
小文太の異名「峠花」は、野に咲く峠花を愛でて花を口にくわえているというところから呼ばれるようになった。紋次郎は楊枝だが、小文太は野の花である。もう一つの特徴は帯に結び付けた竹筒。中には酒が入っていて、始終酒を口にする。紋次郎は酒を飲まない……対照的である。

前作である「生国は地獄にござんす」から5年ほど経過しての本作とみられる。
紋次郎は、連れを作らない独り旅が基本である。他の時代劇では、ほとんど相棒や仲間が一緒に旅をするという設定であり、それに絡めて展開に幅や変化を持たせられる。しかし紋次郎にはそれがない。
マンネリ化を打破するためにも、この小文太という強力なライバルが必要だったのだろう。

日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

6年前までは山中(峠花)小文太は、上田城下に住む松平家の家臣であった。兄が家督を継ぎ、次男である小文太は直心影流の剣の道に励み、剣術師範並みの実力を有するまでとなる。7歳年下の妹である奈緒は、嫁入り修行中の身。何の問題もない順風満帆な山中家であった。

しかし、その山中家に不幸が訪れる。
兄である助之進が、あらぬ疑いをかけられ切腹して果てる。家名断絶、士籍も削られ、山中家は一家離散となる。
小文太は、なかばやけくそ気味に無職渡世に身を落とす。一方奈緒は、遠縁の家に行く途中に行方不明となる。

奈緒の消息を探す小文太は約5年後、「お花」という死の間際の女郎、奈緒を見つけ出す。小文太は奈緒の不幸のもとになる話を耳にしていた。
それは奈緒を玉村の女郎に売り、その後、年季明けの奈緒を連れ去り軽井沢の飯盛女にしたのが紋次郎だというのだ。

軽井沢の旅籠で労咳に病む奈緒は、「紋次郎……」といううわ言を残し、意識を戻すことなく息を引き取る。
奈緒をずっと看病していた飯盛女のお甲は、「奈緒は紋次郎を恨んでいなかったし、それどころか惚れていたようだ。」と話すが、小文太は聞く耳を持たない。

日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

その後、紋次郎の宿敵となった「峠花の小文太」と紋次郎は、つかず離れずの関係でそれぞれが独り旅を続けることになる。

読者は、紋次郎がそんなことをするはずがないと分かっているので、「思い違い、聞き違い、偽物説」といろいろ考えを巡らす。

この作品は、紋次郎シリーズだが紋次郎そのものは出てこず、登場人物が雄弁に紋次郎を語る。紋次郎を知らない読者のためであろうが、その会話があまりにも説明的で違和感があるのは否めない。

小文太は街道沿いの茶屋で、老婆に紋次郎の行方を尋ねる。詳細に紋次郎の外見を口にする小文太だが、小文太自身一度も紋次郎には会っていないはずだ。それが事細かに把握しているのであるから、小文太の情報収集の力は大したものであり執念を感じる。

日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

タイトルである「孤影は……」は、作品最後に出てくる茶屋の亭主が紋次郎を評した中にあった。

「いいえ、素通りでございました。たったひとりで霧の峠越え、足は速くても後ろ姿が寂しそうでございましたね」(原作より抜粋)

紋次郎を執念で追う小文太と、昨日も明日もない虚無的な紋次郎……。対比をさせながらの今後の展開に、当時の読者は少なからず違和感を持ちながらも、紋次郎復活に喜びの声をあげたのではないだろうか。


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Re: 日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

件の「ミステリ書誌の吹きだまり」様資料によると『人斬りに紋日は暮れた』が1977年(昭和52)、峠花の小文太が登場する『女の向うは一本道』が1984年、『さらば峠の紋次郎』が翌85年開始となっておりますので6年以上のちのご執筆となります(この次はもう平成7年『帰って来た』シリーズまで飛びます)。紋次郎シリーズとしてこの2冊にだけ違和感がある点は激しく同意で、発刊当初はプロットの必然性にすら疑問をもったことを覚えています。今読み返しても当時の疑問は溶けませんが、1987年に闘病され佐賀県兵庫町宅で静養されるようになることが作品に関係しているのではと感じます(正木進之丞を倒す『死神に勝つは女か雷か』から最終話『さらば峠の紋次郎』まで3年あるのはそのせいです)。「外伝的な位置づけ」と自分の書庫には整理しています

  • 20220130
  • あもえな ♦3/VKSDZ2
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Re: 日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

あもえなさま、コメントをいただきありがとうございます。

興味深い見識をお寄せいただき、なるほど……と思いました。
この紋次郎は違うなあとか、この展開はちょっとなあ、とか感じるところは私もあります。
しかし、何度も間隔を空けながら書き続けてくださった笹沢氏には感謝です。やはり紋次郎には、並々ならぬ思い入れがおありだったのでしょうね。

  • 20220130
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

拙い記事をお読み頂いたのみならず、お言葉まで頂戴し恐縮です。いわゆるマザコンではなく息子の男性性の現れとして「裏切らない女性を慕う」という帰着点になりました。これはフロイトやユング時代のエディプスコンプレクスと言えるものです。
尚、該当記事はお夕様限定のものなので2月の終わりとともに掲載を下げることになりますがコメントは削除せず有難く保存させて頂きたいと存じます。よろしくお願い致します。(当コメントは削除されて構いません)

  • 20220205
  • あもえな ♦3/VKSDZ2
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  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「孤影は峠を越えた」

あもえなさま、コメントをいただきありがとうございます。

削除されるなんて、もったいないですよ。思いとどまっていただきたいです。それより、私のコメントの保存はご勘弁いただきたいです。
また、貴重なお話をいただければ幸甚です。

  • 20220205
  • お夕 ♦wikz35BA
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