紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」
中山道は江戸時代には、中仙道とも表記されていたこともあり、混在していたようです。それを統一して「中山道」としたのが新井白石だと言われています。その中でも信州を通る街道のことを木曽路と呼ばれ、贄川宿から馬籠宿を「木曽路十一宿場」としています。
私が一番好きな街道は中山道、その中でも木曽路の風情に魅力を感じます。木曽路は東海道筋と違い、まだまだ当時の風情を残しているところが多く、江戸時代が生きているような気がします。

須原宿は「暁の追分に立つ」に出てきます。

紋次郎は木曽川に下り立ち、顔を洗っています。

「背後の崖を攀じ登れば、木曽川に沿った街道に出る。木曽路と呼ばれている中山道であった。塩尻から西へ十七里、洗馬、贄川、奈良井、藪原、木曽福島、上松と約六十八キロほど来た須原のあたりである。街道へ戻れば、西に猿沢橋があった。木曽義仲の菩提所、定勝寺もすぐ近くあるはずだった。」(原作より抜粋)

木曽川でお梶の頼みを断り、紋次郎は街道に戻ります。そして須原宿の手前で五郎蔵一家の身内衆に声をかけられます。
五郎蔵の家にいる与三郎という年老いた男の、今際の願いをきいてほしいというのです。

与三郎は、昔盗んだ金無垢の阿弥陀如来像の隠し場所を教えるので運んできてほしいと頼みます。夢枕で、須原宿に朝一番に来る渡世人が阿弥陀如来を背負ってくるのを見た、それが紋次郎だというのです。今世話になっている須原の五郎蔵は信用できない、だから紋次郎に頼みたいと言います。

紋次郎はこの後、須原宿を出て妻籠峠を目指します。

須原宿は原作によりますと人口七百五十、百五軒の人家が東西四丁にわたって続いている、とあります。他に調べますと問屋二軒、本陣一軒、脇本陣一軒、旅籠三十五軒ほどの中規模な宿場だったようです。

私はこの須原を4年ほど前に訪れています。

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

道幅は木曽路としてはかなり広くて、いくつも「水舟」と呼ばれる丸太をくり抜いた共同水場があります。昔から清水が湧いているようで、水音が宿場内に響きます。

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

脇本陣の西尾家。西尾家は、須原屈指の旧家でもとは木曽氏の家臣を務めていました。江戸時代には尾張藩の山林取締役等に就き、宿場ができると脇本陣・問屋・庄屋を兼ねた宿役人となりました。江戸時代初期からの酒造業は現在も続けられ、地酒「木曽のかけはし」は有名です。

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

正岡子規の歌碑、前には水舟。正岡子規は明治24年に須原を訪れました。

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

定勝寺は木曽氏の菩提寺で、本堂、庫裏、山門は国指定重要文化財に指定されています。ちなみに「白刃を縛る五日の掟」では、紋次郎とお捨、吉五郎たちは豆餅を昼飯としてこのお寺付近で食べています。

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

枝垂桜が美しく咲いていました。

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

旧旅籠の「かしわや」(柏屋)さん。二階の軒先には三都講と御嶽講の看板がありました。講の定宿だったようです。今も営業されていたら、宿泊したいものです

須原は静かな宿場町で、歩く人の姿もほとんどありませんでした。俗観光地化されず往時の風情も残っているのはいいのですが、宿場町として存続していけるのか、少し心配に思っていました。
しかし最近、水舟を新調したというニュースをテレビで見ました。昔は水舟を地元の桶屋さんが作っておられたのですが、その方が亡くなり担い手がいなくなったそうです。そこで須原の住民の方々が集まって、樹齢百年のサワラの木を使い製作されたそうです。慣れない作業に苦労されたようですが、住民のみなさんの郷土愛を感じました。
水舟作りを通して、住民の方々の絆がより深まったと思います。

紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

コロナが収まったら、令和の水舟を見に行きたいものです。


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Re: 紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

私も仕事を引退したら中山道を歩いて旅したいとか、徒お遍路をしたいとか「あれもしたい・これもしたい」こともありましたが大病で叶わぬこととなりました。幸い…かどうか判りませんが今時はYoutubeにて気分を味わうこともできます。以下の動画群(全16)「自転車で行く中山道」など歩きたかったコースをそのまま行ってくれていました。
https://www.youtube.com/watch?v=vWvbdANY5k8&ab_channel=%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%84%E6%97%85%E8%A1%8C%2FSuitTravel
「お金と時間が余っている若者の冒険」のような作りになってしまうのは残念ではあります。

やはり中山道(木曽路)のような暗い路を歩むのは「そうでなければならない理由がある人たち」であって欲しいという願望があります。まさに紋次郎がそれで、読み手にはその道程が『自分探しの旅』となったなら良いのにという願いがあります。お夕様で言えば記事の旅は「さっき立ち去ったという尋ね人の後を追いかける」ものであるのだろうと、私は自分勝手に想像し自分勝手な共感で感動しているのです。

  • 20220212
  • あもえな ♦JalddpaA
  • URL
  • 編集 ]
Re: 紋次郎の影を追う「中山道須原宿」

あもえなさま、コメントをいただきありがとうございます。また、興味深い動画を紹介いただきありがとうございます。楽しませていただきました。

やはり中山道(木曽路)のような暗い路を歩むのは「そうでなければならない理由がある人たち」であって欲しいという願望があります。

仰る通りだと私も思います。
往くあてもない流浪の人間にとっては、どの道も変わりはないものでしょうが、やはり本能的に選び取る何かはあったと思います。

流行り病が収まって、早く紋次郎サンの後を追って旅をしたいものです。

  • 20220213
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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