紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「黒髪が風に流れて」(後編)

日々紋次郎「黒髪が風に流れて」(後編)

日々紋次郎「黒髪が風に流れて」(後編)
沖之助たちは紋次郎を見送るお秀を人質にとる。鳥居峠は濃霧の中、ほとんど視界が効かない。子分の一人が放つ矢が飛んでくる。飛び道具の危険を回避するために、紋次郎は落葉松の樹上に姿を隠す。この戦法は、なかなか考えつかなかった。しかし、三度笠に道中合羽、腰には長脇差姿で軽々と樹に登れるのだろうか。まあ、紋次郎は万能だからできることにしておこう。樹上から、敵とお秀を見下ろす紋次郎。

お秀が男たちに凌辱されそうになったとき、紋次郎は、敵めがけて舞いおりる。その様を「道中合羽が広がって、巨大なコウモリのように……」と書かれている。イメージはまさにバットマンである(笑)。そして弓矢を持った大男を下敷きにして、逆手に持った長脇差で背後の敵を貫く。この串刺しにされた男は、居合抜きの心得があるという触れ込みだったが、情けないセリフを呟いて死ぬ。
「畜生、しくじったぜ。初めから長脇差を抜き放っていたんじゃあ、居合術は何の役にも立ちはしねえ」
そりゃあ、そうだろう、と突っ込みを入れたくなる。まるでコントである。ゲリラ戦法に居合術……対極の戦法は、紋次郎に軍配が上がった。

紋次郎の下敷きになり、起き上がれなかった猟師上がりの大男は、喉を突かれて絶命する。
この男は「的は目じゃあなくて、耳で確かめるもんでござんす」とうそぶいていたのに、樹上にいた紋次郎の気配を、猟師の勘でわからなかったのか、とこちらも突っ込みたい。

残るは沖之助と弥助。沖之助の仁義は素晴らしかったが、腕は立たなかった。腰が引けて恐怖に顔が引きつれている様を見て、紋次郎は身代わりだと気づき、あっさりと諸手突きで斃す。

本作品のどんでん返しは、本当の沖之助は誰かということだった。堂に入った仁義を切り、貫禄十分にふるまっていた男は実は偽者。本物は子分として控えていた弥助……「三十に近いが、女のような美男子が、赤い唇を……、女のような顔に、表情の動きはなかった、まさに女が恥じらうみたいに、目を伏せて……」などと、およそ小文太が兄貴と慕う猛者には見えない。

日々紋次郎「黒髪が風に流れて」(後編)

さて沖之助が身代わりを立てた理由だが、「人嫌いの道中嫌い、旅先での仁義とかは真っ平だし、人と口もききたくねえのさ。」とのこと。えーっ!そんな個人的なことで?である。紋次郎を斃すために考えたことではないのである。肩すかしである。

霧が一段と濃くなり「一寸先は闇」の中、紋次郎は沖之助と対峙する。しかしお互い、姿が見えない。音を立てると位置が分かってしまうので、慎重に前進する紋次郎。すると突然、お秀の悲鳴と共に「黒いもの」が霧の中を流れる。それは、切断されたお秀の黒髪!と書かれているが、私にとっては謎である。なぜ沖之助は、お秀の洗い髪を切るのか。膠着状態を脱するために仕掛けたのか。そちらに気をとられた紋次郎の隙を、狙ってのことだったのか。

しかし、紋次郎は宙に飛んだ「黒いもの」を目印にして、沖之助の位置を測って長脇差を三度笠に振り下ろす。濃霧の中、黒髪の束が見えたのか?疑問である。沖之助は、美しい顔を真っ赤に染めて斃れる。何だかこれもあっけない。一度も刀を合わすこともなく、一刀両断であった。

ラストシーンでは
「お秀さん、命の恩人にはお礼を申し上げに、いつかお伺いいたしやす。ごめんなすって……」
と表情のない顔で口にする紋次郎。前述のお秀が言った「わたし待ってます」の答えなのか。

紋次郎の命の恩人はお秀ということか?いやいや、逆? 紋次郎のために人質になってしまったが、紋次郎に助けられたのはお秀の方じゃないのか?
細かく言うと、沖之助に切られたお秀の黒髪が命の恩人であろう。

やはり紋次郎は甘くなっている。初期の頃の紋次郎であれば、「二度と会うことはねえでしょう。随分とお達者で……」と告げて去るだろう。
作品全体の雰囲気も、初期に比べるとエッジが効いていないような気がする。ストーリー展開も凡庸なのは、紙面を仁義や博徒のしきたりなどに割いているからかもしれない。
何となくタイトル通り、霧の中のような心持ちである。

その後いつ、紋次郎がお秀に出会ったかは定かでない(笑)。


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Re: 日々紋次郎「黒髪が風に流れて」(後編)

「孤影は峠を越えた」の記事でも書き込まさせて頂きましたが、個人的感想として『女の向うは一本道』『さらば峠の紋次郎』の2冊はプロットも未成熟で文体にも違和感を感じます。この後に入院に至るほど体調を崩されていたせいもあるとは思いますが、この2冊は紋次郎シリーズ発刊以来の定宿だった『小説現代』(講談社)での最後の作品であり、「帰って来た」シリーズからは『小説新潮』(新潮社)に場を移していることに意味があるのかもしれません。
私は笹沢が没してから調査を始めたため移籍することになった詳しい経緯は判りませんが、編集者は時に女房と例えられるほど作家・作品と近い位置に在ることもあり、「この2冊から編集者が変わった・編集者と重要な点で意見が食い違った」とも邪推できます。

笹沢はこの2冊のご執筆中に佐賀県へ転居なされています。「帰って来た」シリーズからはまた本来の紋次郎として筆が冴えわたっております。

  • 20220302
  • あもえな ♦mQop/nM.
  • URL
  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「黒髪が風に流れて」(後編)

あもえなさま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎シリーズを、笹沢氏の体調や執筆環境から考察したことがありませんでしたので、ご慧眼に感服いたします。

個人的には、小説現代時代の作品が好みです。「帰って来た」以降の作品には、より仏教的な悟り「諦観」を見て取るように思います。このあたりも笹沢氏の心境を映しているのでしょうか。
また、おいでください。

  • 20220305
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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