紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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“紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」

“紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」

“紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」
前回の続きです。旅行用心集の中には、「道中用心六十一ヶ条」として、細々とした注意点が記されています。旅をするときに用意するべき持ち物や、体調管理について、宿や馬、船を利用するときの注意点等々、現代でも通じることが数多く散見されます。その中で興味深いのは、他人との関わりについて書かれているところです。

一  山中や野道などで若い女性や草刈り女、女連れでお参りに出かける一行などとすれちがったとき、ひと通り挨拶をするのはよいが、それ以上のいらぬ話をしたり、または相手の田舎言葉をむやみに笑ったりしてはいけない。もめごとは、ささいなことから起こるものと覚えておくこと。

女性を安易にからかったりすると、碌なことがないということですね。今でも通じます。

同じような内容ですが、もう一つ

“紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」


一  だれでも知らないところへ行けば、言葉や風俗はいろいろに変わり、自分の住んでいるところの言葉とは違うので聞き慣れず、また見慣れないうちは変だと思うのだが、向こうもこっちをのことを変だと思っているに違いない。それを知らずに、よその土地の風俗や言葉を笑ったりするのは間違いである。他人の言葉を笑ったりさげすんだりすると、口論のもとになる。、 

田舎言葉や方言を面白がったりバカにすると、心証が悪くなります。遠方まで旅をすると、色々な話し言葉に触れます。現代では標準語が行き渡っていますが、当時はお国訛りが飛び交っていたことでしょう。明治維新前後、様々な藩の武士たちが話す言葉がお互い通じなくて混乱した……というこぼれ話を読んだことがあります。
この戒めは今の時代ですと、海外旅行に行く観光客にも当てはまりそうです。自分が慣れ親しんだものが、一番正しくて常識だと思ってしまうものです。その土地や国ごとに独自の歴史と文化があるのですから、尊重しないといけません。

一 人が道で謡や小唄、浄瑠璃などを口ずさみながら歩いていくのに、いっしょに口ずさんだりしてはいけない。これも口論のもとである。

このシチュエーションは今であれば、カラオケの途中でマイクを取られた……と言った具合でしょうか。「せっかく気持ちよく歌っているのに、なんやねん、あんたは!」(なぜか、上方訛り)その上、当の本人より上手だったりすると、「気ィ悪いワー」となるでしょう。

“紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」

一  間の宿や、本道からそれた場所などで、よくないところに泊まることになったときは、気分もよくないものである。しかし、そういうときには不平を言わないで、ふだんよりも静かに話し、自分の荷物や戸締りなどに用心しておくのが、旅の秘訣である。

常に快適な旅ができる訳ではありません。客だからといって、文句を並べることは慎む方がいいですね。そういうときこそ、人の値打ちがあらわれるものでしょう。「旅の恥はかき捨て」ではダメなんですね。


人との関わりでのトラブルは、自分が気を付ければある程度避けられます。お互い気持ちよく過ごしたいものですね。


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Re: “紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」

旅は,受け入れいる側と足を踏み込む者の両方の度量が試される場だったのですね.

国際化が唱えられ,それがれいささか陳腐化した今の日本でも,そのことは何も変わっていない気がします.

  • 20220529
  • 寅さんのお兄ちゃん ♦-
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Re: “紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」

寅さんのお兄ちゃん、コメントをいただきありがとうございます。

旅先で出会う人とは、もう二度と会わないかもしれません。
まさに一期一会。
お互い、気持ちよい出会いでありたいですね。

  • 20220530
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: “紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」

明治まで夜這い婚が常識であった農村地帯において、女性は「村の男たちの所有物」であり旅人が気軽に声をかけたりすれば争いごとになるのは当然だったでしょう。都会や宿場、または鎌倉時代の御家人の末裔では女性の地位が同等であるのは当たり前でしたが、紋次郎の出生地群馬は「かかあ天下とからっ風」で知られるほど女性の地位が高く、それは特別なことでした。もっとも「かかあ天下」の言葉は養蚕が盛んになる明治頃が発祥のようですね。

  • 20220603
  • あもえな ♦3/VKSDZ2
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Re: “紋cafe”でいっぷく「旅の心得 続『旅行用心集』」

あもえなさま、コメントをいただきありがとうございます。

手に職を持つ女性は強かったんですね。

上州の養蚕業の担い手は女性……その結果、亭主や息子たちは金と暇を手に入れ、博打に手を出し……上州に博徒が多いという理由の一つだそうです。

博徒の出身は、裕福な家が結構多かったというのも頷けます。


  • 20220605
  • お夕 ♦wikz35BA
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