紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)
原作 1972年 第22話) (放映 1972.12.16)
湯原の勘八役に「平田昭彦」。基本的には二枚目俳優さんだが今回は顔に大きな傷、アイパッチという出で立ち。お民と勘八のやりとりで化けの皮が剥がされ紋次郎は勘八のことを「弁蔵さん」と呼ぶ。大前田英五郎の後ろ盾がある一家の貸し元、というプライドを持ちながら、名を上げ貫禄も十分な紋次郎にコンプレックスを持つという、度量の小さい人物……にしては、平田氏は貫禄がある。

原作とテレビ版では台詞が若干違う。
「どうしても、許せねえことが二つある。一つは、手めえの伜を間引き仕事の手先に使ったこと。もう一つは、おめえさんが平気な面をして、蒟蒻を扱えるってことだ」(原作より抜粋)

「弁蔵、許せねえことが二つある。一つは自分の伜を使って間引き仕事の手先に使っていること。もう一つは、百姓衆から血のにじみ出るような小銭まで巻きあげて、間引きの弱みを押さえ、手めえの縄張りを固めてることだ」(ドラマの台詞)

二つめの理由が少し違う。
原作は蒟蒻が食べられない勘八という設定はしていないので、平気な顔をして蒟蒻料理を作らせたことを指している。テレビ版では、縄張り固めの手段に間引きを使っていることに怒りを持ち、貧しく弱い百姓の側に立っている紋次郎の姿が鮮明であり、より人間的である。
また、テレビ版での勘八は自分の持論を喋る。
「手めえにそんなことを言われる筋合いはねえ。俺の弟だって金さえあれば、間引かれねえで済んだんだ。世の中こっちが間引くか相手に間引かれるかだ。俺は渡世の道にへえってからも、そいつを嫌ってほど教えられたぜ。おい、紋次郎。手めえだって間引かれ損なった男のくせに、何を甘っちょろいことをぬかしてやがる」 (ドラマの台詞)

間引くか間引かれるか、しのぎを削ってこの渡世をのし上がり、大前田の大親分に上手く取り入ったのだろう。流れ者の一匹狼とはワケが違うと言いたいのだろうが、一家を構えても日々食うか食われるかの修羅場であり、なんら違いはないのである。所詮ヤクザは心が安まる日はないのである。
しかしテレビ版の勘八の方が、原作よりは間引かれた弟のことを心に留めていることは確かだ。紋次郎と同じく蒟蒻が食べられないし、弟の間引かれた理由である貧しさを憎んではいる。勘八は自分の弟を亡くし、紋次郎は己が、それぞれ間引きというやりきれなく哀しい体験をした。
原点は同じと言っても良く、同じような宿命を背負っているのに、この二人は明らかに立つ位置が違う。
何がこの二人を両極に分けたのだろうか、と思う。

第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

今回のカメラワークには、いろいろとこだわりが見られる。(今回だけではないのだが)
カメラアングルは、いつもより低い位置からが多いように感じる。これはあくまでも私の感じ方なのだが、それが清坊の目線のように感じるのだ。まるで清坊が、物陰から一部始終を見ているような気がするのだ。
それとフレームの撮り方。総てを見せるのではなくいろんな物を使ってフレーム感を出している。それが障子であったり、軒先であったり、縁の下であったりと様々なパターンが出てくる。
雨のシーンは、セットとロケを併用しているか。今回は殺陣の間はBGMがなく、雨音が中心でよかった。スローモーションを使い、雨と泥にまみれた臨場感ある映像であり、映像からも雨と泥の匂いが漂ってきそうだ。今回の紋次郎は飢餓感と怒りとで、いつになく表情に野性味が見える。
逃げる勘八を追う紋次郎、二人の姿をローアングルでスピード感を出してカメラが移動する。白い霧が流れ、モズの甲高い鳴き声が響き渡り、もの哀しい晩秋の雰囲気である。
「幼馴染みが、やがては果たし合いかい」
「世の中ってモンはそんなモンでえ……」 (ドラマの台詞)
こんな至近距離で、己が斬った者と言葉を交わす紋次郎も珍しい。幼馴染みへのせめてもの餞なのか……。

しかし紋次郎にとって、幼馴染みなどは何の意味も持たないのだ。勘八は幼馴染みの紋次郎が、名前を売り出し噂が高いことに嫉妬した。その結果、お清に「自分は紋次郎だ」と騙ってしまったのだ。
幼馴染みや友人、同僚に嫉妬する……きわめて人間らしい感情で、誰にでも起こりうることであろう。しかし、戒めたい感情でもある。
「人は人、あっしはあっしということにしておくんなさい」である。

今回の楊枝は、十文銭を夜泣き石に引っ掛ける。間引かれた赤子の供養か、過去のしがらみからの決別か。
山葡萄以外、何も口にせず独り旅立つ紋次郎の背中に、口をきかなかった清坊の声、「おいちゃん、あばよー」。「女人講の……」でのお加代といい、清坊といい、幸薄い幼子が紋次郎には心を開く。やはり、それぞれが背負う同じ宿命を持っているからか。

夜泣石に芽ぶいた双葉のように、貧しくとも精一杯、清坊には生きて欲しい。

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Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

お夕さん、こんばんわ。台風被害はありませんでしたか?ひこにゃんの住む国宝・彦根城は石垣や漆喰壁が崩落したとか・・・。

お夕さんも見られたCS放送の敦夫さんの特別番組で、一部紋次郎のハイビジョン映像を見ましたが、フイルムのくすみが取れ、色鮮やかで人物が立体的に見えますね。

紋次郎の肌艶も良すぎで、「原作のイメージとは少々かけ離れたではないか!」と突っ込みを入れたくなりましたが、映像が美しくなったのは素晴しい事です。

「地蔵峠・・・」のラストの土砂降りの雨中の殺陣シーン。目を凝らさないとどれが紋次郎か分からなかったのが、すぐに分かるようになってましたね。

  • 20091009
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

おみつさん、おはようございます。
コメントをいただき、ありがとうございます。
お陰様で、台風被害はありませんでした。ご心配いただき、ありがとうございます。

ハイビジョンの映像、恐るべしといったところです。「地蔵峠」も暗かったですが、「川留め」の殺陣シーンも暗くてよくわからなかったのですが、今回ハッキリ見えるんでしょうか?
いつも見慣れている画質ですので、違和感があるかもしれませんが、どのように見えるかは楽しみです。

すべてがハイビジョンでハッキリ、クッキリ見えるのが標準になってしまうと、今度は逆にレトロ風の画質で撮る作品が出てくるようになるかもしれませんね。
いつまでもレコード演奏の愛好者がいるように……。

こんな事を言ってますが、我が家は未だアナログです。

  • 20091010
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

お夕様。こんばんは。紋次郎はよく子供に慕われます。犬と人間とを同列に語ると顰蹙を買うかもしれませんが、(私は同じですが・・)犬を嫌いな人は犬にも嫌われます。犬好きからは何かしらの匂いと言うかオーラのような物が出ており、敏感に犬は感じ取るのだそうです。紋次郎もいくら素っ気なく、冷たく子供に接しても、その心底の温かさが伝わるのではないでしょうか。この作品でもう一つ好きなセリフは「清坊、親分が死んでもいいかい?」っ聞くところです。母を知らず、実は本当の父だった親分まで失ってしまう事を心配した紋次郎の優しさだと思いました。
でも、本当に同じ境遇で育った人間がどうしてこう違う方向を歩んでしまつたのか・・。
人が成功したりするとどうしても妬み心が起ります。「人は人あっしはあっしで生きております」の名セリフ。座右の銘にしたいです。
でも、紋次郎を読んでいると混沌とした時代ですが、豆餅と干しイモをかじっても人間生きていけるですから、(笑)そんな絶望する事もないよな・・なんて逆説的に楽天的になります。(意味わかるかな?)(;一_一)知足。紋次郎なんて振り分け荷物だけだもんね。多くの物を欲しがり、物に縛られて生きる必要もないんだよね。多くを教えてくれる作品です。

  • 20091010
  • sinnosuke ♦GZgNVSBU
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Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

sinnosukeさま、こんばんは。
私は生き物全般が好きで、爬虫類・両生類・魚類など、毛の生えていないモノたちも大好きです。その中でもカエルとメダカが好きで、彼らも私が好きなことは、何となくわかります(笑)。

紋次郎は犬からも好かれましたよね。それも「紋次郎」と名付けられていた赤犬に……。(「四つの峠に日が沈む」より)
欲得のない純粋な者は、やはりけがれのない純粋な者から好かれるのでしょう。
紋次郎の全てを削ぎ落としたようなシンプルな出で立ちは、彼の精神性と同じですよね。
Simple is the best.

  • 20091011
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

お夕様。こんばんは。
いよいよ本日から紋次郎のハイビジョン放送が始まりましたね。ここで、大ショック!((+_+))この放送が始まる情報を察知し、急遽テレビを買い替えたのですが、我が家ではハイビジョンは見られない事が判明。あれって、スカパーとかじゃないと無理なのね・・(:_;)我が家はcatvで見ているので、BSハイビジョンは見られても、ケープルチャンネルのハイビジョンは見られないんだって・・。残念だわぁ~
綺麗な画像が見たかったな。本当にこういう事に疎いので困ったものです。ややこしくってさっぱり分からないわぁ~(@_@。

  • 20091012
  • sinnosuke ♦SYpZ2H2I
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Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

sinnosukeさま、こんばんは。

私もそちらの関係は全くわからずで、何一つアドバイスはできません。申し訳ないです。一番良いのはやはりプロに尋ねることでしょうね。(できるだけ低予算で、効率よく観る方法を)
アナログで観た限りでは、最後の葦原の殺陣シーンは明るくなってましたね。でも、あれは確か夜のシーンだったので、リアル感からいうと昔の画像の方が良かったのかと思ったりして……。
アナログでも、せっせと録画していきたいと思っています。(全巻旧DVDで購入はしているのですが)

  • 20091012
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

お夕さん、こんばんは。時代劇専門チャンネルの視聴方法はスカパー以外に地元のケーブルテレビでも可能です。家は西宮なので、ベイコミュニケーションズというケーブルテレビで視聴をつい昨日から始めました。月々の視聴料金がかかってしまいますが、かなりの数のチャンネルをみられるようです。今は過渡期でHD画質のものと標準画質のものが混在しています。画質はやはりきれいですが、全体的に明るくなって、アナログのほうがムードがあるようにも思えます。ただ確かにすごくきれいなところもあり、じっくり見比べてみなければと思います。AVCREC方式でディスクにダビングすることもでき、ベイコミュニケーションズならハイビジョン対応のビデオデッキもレンタルすれば、ハイビジョンでのダビングも可能です。しかし取り付けにきた人に質問しましたが、この10月からはじまったばかりで実は自分らもよくわからない、使って慣れてくださいということでした。しかし、古い画像が美しくよみがえるのはいいことですよね。今の作品は画質はよくても内容が・・・ですから。

Re: 第23話 「夜泣石は霧に濡れた」(後編)

八朔さま、コメントをいただきありがとうございます。
そうですか、いろんな方法があるんですねぇ。検討してみたいと思います。情報をありがとうございました。
こんな時代になりますと、白黒テレビが遠い昔、というか神代時代のような感じです。
私のデジカメは、モノクロ切り替えができるんですが、被写体によってはモノクロの方が雰囲気がいいものもありますね。
選べる時代になりましたが、それだけに本当に質の高いものしか生き残れないのかもしれません。
紋次郎は、いつの時代でも不滅だと思います。

  • 20091014
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
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