紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「JIN-仁-~新門辰五郎~」

日々紋次郎「JIN-仁-~新門辰五郎~」

日々紋次郎「JIN-仁-~新門辰五郎~」
*卯建(うだつ)は、類焼を防ぐために日本家屋の屋根に付けられた防火壁。

「藤田まことの代役に中村敦夫!」
ネット上に流れたニュースにまず驚きました。番組「JIN-仁-」での新門辰五郎役で出演とのこと。藤田さんがご病気で降板されるのは、非常に残念ですが、敦夫さんが辰五郎役に……胸がドキドキしました。
テレビドラマでの時代劇出演といえば、5月に放映された江口さんの「木枯し紋次郎」以来です。映画「BALLAD 名もなき恋のうた」での殿様役も良かったのですが、新門辰五郎といえば、名だたる侠客。となると、いやが上にも期待は膨らみます。

実のところ、当番組を見逃していることが多かったのですが、この回だけは見逃せません。先日の講演の時も、少し番組について話されていました。
主人公の仁先生は大沢たかおさん。「BALLAD 名もなき恋のうた」では敵役、敦夫さんは大沢さんが横恋慕する姫の父親役で共演されていました。
敦夫さんの月代姿は久しぶりでした。「紋次郎」のときは老ヤクザ役で、月代を伸ばした姿でしたので、きれいに剃った月代姿には、少し違和感も持ちました。しかしながらさすがに貫禄と存在感があり、火消しの度胸と心意気を体現した演技だったと思います。
特にかっこよかったのは、子分をしたがえて懐手にし、肩で風を切って歩く姿。上背があり広い肩幅……着流しに羽織姿がピッタリです。やはりこの役は、敦夫さんのためにあったように思います。
自分の片腕とする子分が火事場で倒れ、「火事場で死ぬのは火消しの本望だ」と言うセリフに、火消しとしての覚悟が見えました。
煤で顔を真っ黒にしながら、屋根の上から指揮をとる辰五郎……。そのバックに炎が迫ります。ふと、思い出しました。
「流れ舟は帰らず」や「獣道に涙を棄てた」での火事シーン。当時と比べると、火事場シーンの撮影もずいぶん変わったんだろうなあ、と思いました。
火事を消し、子分の命も助かり、二人はお互いの心意気を確かめ合います。辰五郎は仁先生に病院を建てる約束をします。そして自分の惚れた女を救ってやれなかった過去を話し、火消しを全うしようとする胸の内を語ります。そのときの哀しく寂しい表情には、忘れがたい心の痛みと火消しとしての使命感が表されていたように思います。あの表情は絶対、「木枯し紋次郎」ではお目にかかれない映像です。

日々紋次郎「JIN-仁-~新門辰五郎~」

*江戸時代中期になると装飾色が濃くなり、財力を示す手段の一つとなる。慣用句「卯建が上がらない」の語源とされている。

さて「新門辰五郎」は実在の人物です。仁先生がタイムスリップしてやって来た年代は、1862年。
辰五郎は1792年生まれですから70歳。敦夫さんは来年の2月で70歳……ピッタリです。
藤田さんは76歳、少しお歳を過ぎておられるようです。
少し辰五郎について紐解いてみました。 (「日本侠客100選」参考)

大前田英五郎、江戸屋虎五郎、新門辰五郎の3人を称して関東三五郎と呼ばれていたそうです。名を知られた大親分だったんですね。
飾り職人、中村金八郎の長男として生まれ、寺侍町田家の養子となりますが、生活が苦しく仕事師の小僧にやられたとのこと。本名が「中村」というのも何か縁を感じます。一説では、父親は火事が原因で亡くなっているとのこと。
その後、鳶の人足から人足頭、町火消しの頭になります。

浅草上野一帯が縄張りで、つけ届けや目こぼし料など莫大な金が入ったといいいますから、ドラマの「茶屋で1両」というのも頷けます。
大名火消しと町火消しとの喧嘩で死者が出て、責任者として自訴。江戸追放となり、その後佃島送りとなります。
しかし本郷円山火事で、佃島に火が入ったのを囚人を指揮して防火。その功労で赦免されます。
辰五郎は三宅島に流されたという説もあります。

辰五郎の娘は十五代将軍慶喜の妾になり、上洛の際は警護として子分300人を連れて行ったといいます。
次郎長や勝海舟は知己であり、海舟は「氷川清話」によりますと、辰五郎のことを物の分かった男だったと語っています。
また、金や威光にびくともせず、ただ意地づくで交際するのだから、同じ交際をするにも力があったとも……。
江戸っ子の心意気を感じます。
1875年76歳で病死。

日々紋次郎「JIN-仁-~新門辰五郎~」

調べるとなかなかの人物で、魅力的なキャラクターの持ち主だったようです。1792年生まれということは、紋次郎より一回りほど、年上ということになりますから、出会っていても不思議ではありません。もっとも紋次郎は、江戸にはほとんど足を向けませんでしたが……。
三宅島に島流しという説は面白そうです。紋次郎も三宅島に流されていましたから、接点があるかと思いましたが、これはどうも講釈師の作り話のようです。

辰五郎の気骨ある心意気とリーダー性は、政治活動をされていた敦夫さんにも通じるところがあると思います。そういう響き合うところを見ると、演じるべき人が演じた辰五郎だったなあ、と思いました。

今度映画化されると聞きましたが、辰五郎のキャラクターは影響力が大きいと思いますので、ぜひとも敦夫さんの辰五郎が観たいものです。

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Re: 日々紋次郎「JIN-仁-~新門辰五郎~」

お夕さま、こんばんは。

中村敦夫さんの新門辰五郎、ホントに貫禄がありましたね。
やはり私も子分を引き連れて--のシーンに見惚れました。
ドラマがぴりっと引き締まるような。
いまのところ1話だけしか出ていらっしゃいませんが
(映画出演、希望!)
ファンタジーあり、医療要素ありで見応えのあるドラマに
違う重みを与えてくれたように思います。

  • 20091216
  • ナラリーノ ♦SJMMuUIM
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Re: 日々紋次郎「JIN-仁-~新門辰五郎~」

ナラリーノさま、コメントをいただきありがとうございます。
本当に敦夫さんは、凄みのある役を演じられると格段に魅力が増しますね。
でもご本人は、気さくで飾らない方だと思います。それだけに、さすが役者さんだなあ、と思いますね。
今度、同志社大学での講義内容で出版もされるようで、オールマイティーなご活躍、うれしい限りです。
できることなら学生に混じって、講義を受けたかったなあ、と思っています。
次はどんな作品で、どんな役を演じられるのか、大変楽しみにしています。

  • 20091217
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
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