紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)

第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)

第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)
(原作1972.8月 ) (放映 1973.1.20)
紋次郎の背中でお浅は身の上話をし、儲け話があるなら聞かせてくれと頼む。俄然怪しい。
「なんでその見も知らない女のことが気になるのさ」の問いに、亡くなった姉の名がお光であること、間引かれそうになったのを姉が救ってくれたこと、その上お浅が差し出す野菊を手にし、「あっしの姉も野菊が好きでござんした」とまで口にする。
身の上話をいつもは聞く側だった紋次郎が、今回はあちこちに喋っていることに違和感を覚える。
背に負われているお浅の心が紋次郎に傾きつつあることは、言葉遣いや態度でわかる。紋次郎の姉への思慕や、名前が同じというだけで女を助けに命を張るという愚直な姿に、「唐変木」と言いながらも心が動きかけている。

テレビ版のお浅も、見晴らし茶屋に行ってもがっかりするだけかもしれない、鬼面党に殺されるから行くな、と勧めている。
原作では、心臓発作で倒れた新三郎の胸に菜の花を置いてお浅は姿を消しているが、テレビ版では白い野菊。「峠に哭いた……」でも紋次郎は野菊を手渡されている。野菊を見つめ、お光のことを思い出す紋次郎の表情は、いつになく甘く優しい。

紋次郎は見晴らし茶屋に忍び込むため崖に近づくが、鬼面党の市助から銃で狙われる。危ういところなのに懐から野菊の花を取り出し、香りを確かめる。この余裕はどこからくるのだろう。今回の紋次郎は、まるで姉のお光に本当に会いに行くような雰囲気である。
市助と言葉を交わしているのは浪人の村上一角。演ずるは、「内田勝正」氏……今回で3度目である。「龍胆は……」では喜連川の八蔵、「流れ舟は……」では鬼の十兵衛、そして今回となる。
その一角の口から「飛んで火に入る夏の虫か……」と近づく紋次郎をせせら笑う。

空井戸から顔を出すお浅。やはり一味だったのだ……どんでん返しの意外性がここで一気になくなった。
最後まで伏せておいてほしかった。
夜桜の金蔵を殺した経緯も全部わかり、何のことはない、あの空井戸から一味は出たり入ったりしているのだ。(大関の友治郎は別だが)それじゃあ、あんな所に立てこもってないで空井戸から逃げて、金蔵をしめあげてお宝の隠し場所を吐かせたら良かったのに……。

お浅のセリフの中で気になったことは、お頭のことを「金蔵」と呼んだり「久兵衛」と呼んだりで統一性がなかったことだ。脚本のせい?監督のせい?緻密さにほころびが見える。
テレビ版では、訴人して一味を壊滅させて、お浅だけは助けるという金蔵の算段。そのために紋次郎に五十両もの大金を差し出そうするぐらいなら、金が欲しいと言っていたお浅に事の次第を全部話し、端から協力させれば良かったに……。といろいろ首をひねる点が出てくる。

原作では金蔵がお浅の他に新しい女をつくり、自分可愛さに仲間を裏切った。それに立腹したお浅が、女の所に帰ろうとする金蔵を殺し、三千両の隠し場所の図面を盗むという展開の違いがある。それにテレビ版とは違い、金蔵を殺すのはお浅ひとりである。

第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)

空井戸に繋がる洞窟で紋次郎は一人目の敵、影法師の宗吉と遭遇する。演じるのは「石橋蓮司」氏。独特の雰囲気のある俳優で、存在感があるのだが、道中合羽で手裏剣をかわされ呆気なくやられてしまう。もう少し見たかった。
井戸から出てきて中の様子を窺うと一角と絡む女の姿。顔が見えて、お浅とわかる。しかし紋次郎は、予想していたのかあまり驚かない。
この後、仲間割れが始まる展開は原作と違う。

なぜ仲間割れをさせたのか?せっかく鬼面党はいろんな特徴のある輩を集めたのに、できたら一人一人と紋次郎は戦って欲しかった。
手裏剣、大力、鉄砲、刀……趣向を凝らした殺法を見てみたかった。ということで、随分昔に観たブルース・リーの「死亡遊戯」の映画をふと思い出した。一人ずつ強敵を倒して、塔を登っていくというアクション映画だった。
結局今回は紋次郎に斬られたのは、たったの二人ということになる。
原作ではお染の亭主とされていた市助が出現し、最後にお染はお浅だったと明かされ、たたみかけるようなどんでん返しがある。
しかしテレビ版では、お浅がお光ということはうすうす分かってしまっている。
結構凝った展開の原作だったが、紋次郎のドラマに転換させる方に力がかかりすぎて、詳細なところでちぐはぐさが目立つ。

最後は紋次郎と一角との戦いになるが、なかなか一角は強敵。殺陣の途中で、一角の刀がしなるところはつっこみどころかもしれないが、撮り直しはなかったのか。
今回は大勢を相手にした殺陣はなく、この一騎打ちが唯一の見せ場である。緊迫感を持って見ていたいのだが、BGMはギターのみのまったり演奏。BGM必要か?パーカッション系の方が良かったのでは……と思ったりする。

今回の作品は、規模が大きかった。大勢の藩兵のエキストラ、屋外のセット、ロケ地を捜すのもむずかしかったはずだ。だからというわけではないが、細部の緻密さが欠けていたように感じる。
原作のお浅は新三郎を庇うことはせず、よろけた仲間の長ドスに刺されて命を落とす。あんなにズタズタに裏切られたのに、新三郎はお浅に菜の花を手向ける。
テレビ版でのお浅は紋次郎を庇い、一角の長ドスで殺される。やはり女は命を落とす。しかし原作よりはお浅に感情移入させている。
虫の息となったお浅を紋次郎は背負う。背負ってどこに連れて行こうとしたのだろう。

「あっしに昨日という日があるんなら、それは姉のお光のことだけでござんすよ」
お光という名前に動かされ、逢えっこない人に逢えるかもしれないと思った紋次郎。しばしの間姉を思い、感慨に身を委ねたかったのか。
「私だって、野菊の花が好きなんだよ」
「きれいだね、蛍の灯みたいだよ」
紋次郎の背中で、お光と名乗ったお浅が静かに息を引き取る。紋次郎の表情に哀しみが宿る。
紋次郎の背中で息を引き取る女としては、お妙以来二人目となる。
姉が好きだった唄が流れ、紋次郎はお浅の死顔に「お光さん」と呼びかける。
「お浅さん」ではなく「お光さん」である。紋次郎にとっては、お光でいて欲しかったのだ。
脚本家さんは「ねえさん」と呼ばせずに良かったと思う。
結局、お光を救うことができなかった虚しさに、紋次郎は白い野菊を髪に楊枝で留めてやる。
救えたのは人質に取られていた重鎮だけ……そして三千両。体制側だけが喜ぶ結果となり、武士や藩兵の無能ぶりは紋次郎と対照的で不甲斐ない。

何事もなかったかのように、また振り返る昨日もなく、紋次郎の孤独な旅は続く。

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Re: 第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)

お邪魔いたしやす。
強敵揃いの鬼面党、それに役人を大勢集めての壮大な状況だったんですが戦闘シーンはあっけなかったように思います。
死亡遊戯はいいですね。時間内におさめるのは難しそうですが。

Re: 第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)

桐風庵さま、コメントをいただきありがとうございやす。
やはりこの作品、大味だったと思いやす。
原作を紋次郎バージョンに変更する分、尺が足りなくなっちまったという感が致しやす。
脚本家の方のご苦労を思いやすねえ。

「死亡遊戯」ご存知なんで?
実は「ブルース=リー」にも若い頃、はまっておりやした。
懐かしゅうござんす。

  • 20100121
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)

お邪魔いたしやす。
ブルース=リーの名がでるとは。意外でした。
私が武道をやるきっかけとなったといっていいお方です。
孤独な翳ある役柄に魅了されました。懐かしゅうござんす。
そういえば敦夫さんにちょいと似てますね。今まで気がつきませんでしたが。
あと香港映画ではブルース=リーとは関係ないですが「楽園の瑕」が好きです。

Re: 第28話「飛んで火に入る相州路」(後編)

桐風庵の兄ぃ、コメントをいただきありがとうございやす。
ブルース=リーと敦夫さんが似ている!
あっしもあの頃から、そう感じておりやした。
やはり、惹かれるものがあるんでござんすねえ。
お二人とも、目に力があると申しやすか、通じるものを感じやす。
「燃えよドラゴン」を観たときは、既にこの世にはおられなかったんで、
その後の勇姿も複雑な気持ちで見ておりやした。
武道に通じておられるんですかい?
桐風庵の兄ぃの勇姿も、見とうござんす。
何かありやしたら(笑)、助っ人をお願いいたしやす。

  • 20100204
  • お夕 ♦wikz35BA
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