紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第29話「駈入寺に道は果てた」(前編)

第29話「駈入寺に道は果てた」(前編)

第29話「駈入寺に道は果てた」(前編)
(原作 第23話 ) (放映 1973.1.27)
前回では、紋次郎の姉「お光」と同じ名前の女が出てきた。今回は紋次郎と同じ名前の男が出てくる。内容は全く違うのだが、この放映の順番でよかったのか?と素朴な疑問。

テレビ版の出だしは紋次郎が草鞋を履くアップ。履き方の手順がわかる貴重な映像だが、実際草鞋を履くのは難しいようだ。(私は実際に履いたことがないが)履き方の説明をサイトで見たことがあるのだが、現代人においては特に難しく見えた。
しかしその一連が、実にスムーズに手慣れた様子で映し出されている。紋次郎のしなやかな指は実に美しく、とても雨風に晒された指には見えない。

煮売屋の主に源兵衛の賭場を勧められるのだが、原作では道すがらの老百姓に声を掛けられている。この後同じ名前の住吉屋の紋次郎殺害に関してこの老百姓が「楊枝の渡世人が住吉屋の旦那を見殺しにした」と騒ぎ立てることで、紋次郎はこの一件に関わざるを得なくなる。
テレビ版では、紋次郎が頼みを断るとき誰もその場にいない。だのに源兵衛の子分、巳之吉は、紋次郎が頼みを断ったことを詳しく知っている。聡明な紋次郎と視聴者は、この時点で、この一家が住吉屋の紋次郎を殺害したことに気づく。

テレビ版ではお染の父親、山形屋がクローズアップされている。山形屋に「織本順吉」氏。お馴染みの名脇役さんで、人の好いおじさんといった感じ。この山形屋は、お染から手紙を受け取り先を急ぐところを、源兵衛の子分に斬られる。なぜ原作にはない展開にしたか。

原作では巳之吉に頼まれ、お染を連れ戻すことを引き受けているのだ。

「だが、紋次郎は巳之吉の胸中を察したから、あるいは源兵衛のためを思って、お染のあとを追うのではなかった。お前が動かしたものなのだからお前が元のように直せ、と言われてその通りにする。ただ、それだけのことであった。」
(原作より抜粋)
原作の理由はかっこいい。人情をからめない乾いた紋次郎の哲学が見える。

しかしテレビ版では、瀕死のお染の父親から源兵衛の悪事(関所破りの手引き)や、お染の悲恋を聞く。
そして「お染を守ってくれ」という頼みに耳を貸す。
「引き受けた」とは口にしないが死に際の頼みは断らない路線である。このあたりは原作と比較すると、テレビ版では人情肌の紋次郎像をつくろうとしている。
原作通りにすると
「お前が動かしたものなのだからお前が元のように直せ、と言われてその通りにする。ただ、それだけのことであった。」
という説明が難しいのは確かだ。
原作はお染を連れ戻すために、テレビ版ではお染を守るために……全く逆の目的である。

お染はお松という下女と駈入寺「満徳寺」を目指している。テレビ版では、捜そうとはしていないのだが、紋次郎の作ったたき火に二人は偶然にもあたりに来る。
下女のお松は冷えのため腹痛を起こしている。その二人を気遣って火に近づかせ、腹薬を与えたり自分の合羽を着せかけたり……テレビ版の紋次郎は限りなく優しい。
この腹薬は多分「熊膽丸」(熊胆)と思われる。熊胆は“胆汁を含んだままの熊の胆嚢を干した物。味苦く、腹痛・気付・強壮用として珍重。”と広辞苑では説明されている。細かなところまで時代考証され再現されているところはさすがである。

第29話「駈入寺に道は果てた」(前編)

*上記の写真は中山道「鳥居本宿」、万治元年(1658)創業の腹痛薬で有名な赤玉神教丸本舗の屋敷
お染は姉さんかぶり、お松は髷を結わずに洗い髪である。
紋次郎はこの時点でこの二人の女をどう見ていたのだろうか。父親から頼まれたように、「満徳寺」まで無事送り届けようと思っていたのだろうか。
お染に名前を聞かれてあっさり「上州無宿の紋次郎と申しやす」と名乗る。こんなことも珍しいが、名前を聞いて二人の女が動揺することで、この二人がお染とお松ということははっきりする、が視聴者は初めからわかっているのだが……。
原作では急ぐ二人に紋次郎は追いついて、「お貸元のおかみさんでござんすね」と確かめている。
名前を訊かれても「名を明かしたところで、致し方ござんせん。あっしはただ、おかみさんを連れ戻すように言われて、参りやしたもので……」と一言も「紋次郎」とは名乗っていない。
やはりこちらの方が自然で、紋次郎らしい。

テレビ版では、紋次郎が薬を飲むための水を汲みに行っている間に、二人は姿を消す。
振分け荷物の上には山茶花の花。
これとよく似たシチュエーションは、前回の「飛んで火に入る相州路」の原作。
気を失った新三郎の胸の上に、お浅は菜の花を置いて感謝の意を表し姿を消している。やはり脚本家さんは他の原作もかなり読み込んで、使えるところはしっかりチェックされている。
前回と今回、花続きである。

源兵衛一家がお染たちを捜すシーンは、霧が立ちこめた田園風景。この霧はスモークではなく自然な感じがするので、多分京都の郊外、亀岡であろう。
そのことを裏付ける資料があるので紹介したい。

1973年にサンケイ新聞社出版局から「紋次郎の独白」~旅と女と三度笠~という笹沢氏のエッセイ集が発刊された。
この書籍は1972年9月26日から1973年2月25日まで、夕刊フジに掲載されたものである。
その中での「寒いロケ現場」から抜粋する。

~前略~
プロデューサーと一緒にロケ現場へと出発した。テレビの紋次郎が再開されて、3日後のことである。そうした時期でもあり、関係者が何よりも気にしていたのは再開第1回の紋次郎の視聴率についてであった。
6ヶ月のブランクもあったし、同時にあるテレビ番組から挑戦も受けていた。そのために、口にこそ出さないが誰もが再開紋次郎の吉凶を、心の中で気にしていたのだ。
挑戦状を突きつけたあるテレビ番組は、30分前から放映を始めたりでかなり具体的な打倒紋次郎の策を、固めていたのであった。紋次郎はその番組より、1ヶ月半も出遅れて再開された。そんなこともあって、不安と心配が関係者の胸のうちに置かれていたのである。だが、現場ではただ黙々と、制作を続けるほかはないのであった。しかも、苦労は重なるばかりだった。
何しろ、ロケの多いドラマである。一度使ってしまったロケ地は、もう二度と使えない。それで、ロケ地を捜してその範囲は、京都近郊からどんどん拡大される。つまり、山奥へはいり込むわけである。
京都市右京区にあるスタジオを出発して、やがて亀岡市を抜けた。車は山奥へ、曲がりくねった道を走り続ける。1時間半後に、それらしきところに到着した。
山の中である。人家もなければ、人影も見当たらない。たまにトラックが、走るだけであった。車を降りたとたんに、肌を刺すような寒気にぼくは震え上がった。道から谷底へ下って行く間、歯がカチカチと鳴りっ放しだった。
谷底では森一生監督、中村紋次郎と二人の女優さん、ほかに40人からのスタッフが撮影を続けていた。寒気で鼻を赤くしながら、どの顔も真剣そのものだった。震えているのはぼくだけで、恥ずかしいくらいだった。
「寒さが辛くなるのは、これからですよ。川の中のシーンもあるし…」
中村紋次郎が、ボソボソと言う。こんな寒いところへ、果物を持って慰問に来る馬鹿野郎がと、ぼくは自分を怒鳴った。熱い味噌汁と湯気が立つ饅頭でも持って来なければ、慰問にはならないような寒さなのである。
ロケ現場には、15分ぐらいしかいられなかった。寒さの余り、ぼくは車へ戻ってそのまま引き揚げることにしたのだった。夕方になって帰りついた京都市内のスタジオでは、ビデオ・リサーチによる視聴率の結果が待っていた。紋次郎25.2%、挑戦番組14.9%
「ロケは、まだやっているんだろうな」
ストーブの前にいた人が、ポツリと言った。やがてロケ現場から、スタッフが帰ってくる。そして知る25.2%という数字が、スタッフにとって何よりの慰問になるのに違いないと思いながら、ぼくは京都駅へ向かった。新幹線の車内で、なぜか目頭が熱くなるのを覚えた。

  紋次郎は、目を伏せて言う。
   「何かと、ありがとうさんにござんす」

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Re: 第29話「駈入寺に道は果てた」(前編)

お夕さん、こんばんは。鳥居本宿の写真、ムードありますね。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚がします。原作と比べると面白いですね。文字を具体的な映像にするというのは難しいんでしょうね。またテレビはある程度万人向きみたいにしないといけないでしょうし。あの映像からそんな寒さは感じませんでしたが、やっぱり寒かったんですね、山茶花の季節ですし。何でもお手軽にする昨今と違って昔のものは手が込んでいたとつくづく思います。

Re: 第29話「駈入寺に道は果てた」(前編)

八朔さま、コメントをいただきありがとうございます。
「赤玉神教丸」さんは創業350年……気が遠くなるほどの年月ですね。のれんを守り続けられたことに、畏敬の念を持ちます。
風情のある佇まいです。
後編で、また写真を掲載しますね。

本当に脚本家さんは、大変ですよね。
脚本の善し悪しで、作品が決まってしまいますからね。
寒いロケ現場で、皆さんが良い作品を作ろうと一致団結して臨んでいる姿を想像すると、こちらもそれなりの見方をしないと、申し訳ないですね。
やはり最終的には、こだわりと体力勝負でしょうかね。

  • 20100129
  • お夕 ♦wikz35BA
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