紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第29話「駈入寺に道は果てた」(後編)

第29話「駈入寺に道は果てた」(後編)

第29話「駈入寺に道は果てた」(後編)

(原作 第23話 ) (放映 1973.1.27)
放映が再開して3日後なので11月21日、晩秋の頃のロケである。
森監督、2人の女優さん、川のシーンということでこの「駈入寺に道は果てた」かと思われる。ロケ現場の厳しさと苦労がよく分かる。
しかしあらためて再開された紋次郎の視聴率の高さには驚く。
みんなが真剣にいい作品をつくろうとしている姿、そして紋次郎を本当に愛している人が集まる現場を見て目頭を熱くする笹沢氏。
作家冥利に尽きることであり、彼も心に温かいものを持った人だったと思う。

さて本題に戻る。
下女のお松が、なぜか紋次郎の三度笠と合羽を身にまとっている。この時点で、お松とお染は入れ替わっているということがわかる。それ以前に、紋次郎が名前を明かしたときのリアクションで、どちらがお染かということはうすうすわかるのだが……。
お染役には「江夏夕子」。芯がしっかりした感じを受ける女優さんで、この後映画で共演した目黒祐樹氏と結婚される。健気に思い詰めた表情が印象的な演技だった。
身長158センチのお染が紋次郎の合羽を身に付けると、足首近くまで隠れる。私が身にまとうと確実に裾を踏んづけてひっくり返り、「カ~ットー!」と撮影が中断されるだろう。(実際あり得ない話です)
もちろん、お染が三度笠と合羽を身につけて逃げる設定は、原作にはない。

そしてお松役は「青柳三枝子」。「土煙に絵馬が舞う」でのお花役は有名である。
原作ではお松は茶屋でお染を先に行かせている。その後床几に座って紋次郎と言葉を交わしている最中に、茶屋の奧から飛び出した追っ手に殺される。
テレビ版では追っ手が迫ってくるので自分が身代わりになり、子分に斬られて倒れる。お松はお染の願いを叶えるために、自分の意志で命をなげうったのである。下女といえど忠義心に厚く、というよりお染を自分の妹のように想うお松の行動は、実にあっぱれである。

紋次郎は走る。今回は三度笠も合羽もないので、実に軽やかに走り殺陣もよりスピーディーだ。振分け荷物が見当たらないが、どこに置いてきたのか。しかし、振分け荷物を肩から提げて合羽無しで走るシーンは、映像的にあまりいただけないのでこの方が良い。

お松をお染と間違って斬りつけた子分は、山形屋を斬ってしまった子分と同一人物。この人、かなりおっちょこちょいである。
斬られたお松を紋次郎は抱き起こし、事の顛末を聞く。
お松の死に際の頼みである「お嬢さんを頼みます」の言葉を紋次郎は噛みしめる。
このとき、お松の横顔には涙の流れた痕が見てとれる。青柳女史の迫真の演技である。

登場する女は、珍しく二人とも純粋で健気。お染もお松も、筋の通った心意気の持ち主で、立派な生き様である。
それだけに紋次郎の怒りは、強いものだった。
原作では「具体的に理由が判然としない怒り」としているが、これが本来の紋次郎が持っている心根なのだろう。

渡し舟の上で紋次郎はじりじりとしている。視聴者も焦燥感に駆られる思いである。
舟から飛び降り浅瀬を紋次郎は走る。前述の、「寒いロケ現場」で言及されている川の中のシーンというのは、このことであろう。
水面が逆光にキラキラ光り、美しくしぶきが舞うのだが、相当の冷え込みの中での辛い撮影だったのである。

か弱い女を斬る貸元、源兵衛役に「浜田寅彦」氏。「背を陽に向けた房州路」では狡猾な農民の役であったが、今回も小心で卑怯な役。
原作では、源兵衛は評判のいい貸元で、堅気からも褒められ「仏の源兵衛」と言われている。お旦那博奕打ちで、温情な人柄、筋道を通す事を重んじ、堅気に対しては礼儀正しい。子分たちの喧嘩、乱暴を絶対許さないという義理人情に厚い人物とされている。
だから、裏でそんな悪行に手を染めていたり、嫉妬で人殺しをしたりするなんて、という意外性があるのだが、テレビ版ではそのインパクトは弱い。それは、初めから源兵衛が好人物には見えていないからだ。

第29話「駈入寺に道は果てた」(後編)

住吉屋の紋次郎が殺されるシーンでも、だれが犯人かバレバレである。原作では鍬で脳天を割られているから、犯人は特定しにくい。
運悪く追いはぎにやられたのではなく、源兵衛が嫉妬から子分に殺させた……という意外性も中途半端。
唯一お染と下女が入れ替わっていたというどんでん返しも、途中から分かってしまう……。
今回は謎解きやどんでん返しより、紋次郎と二人の女との心の交流に重きを置いたようである。

子分の巳之吉が「駈込み女の助っ人で、渡世の義理を踏み外す気か?」との問いも、「同じ名前のよしみで、紋次郎さんの意趣晴らしということにしておきやしょう」と返すセリフも、原作にはない。
「渡世の義理」とはいうが、紋次郎はお染を連れ戻すことは断っているので、義理はないはずである。

ところでなぜ笹沢氏は、紋次郎と同じ名前に住吉屋をしたのだろう。登場する女二人は最期まで紋次郎の名前を知らずに死んでいくのに……。
敢えて言うなら、お染が最期に口にする言葉が「紋次郎さん……」である。もちろん住吉屋の紋次郎の方だが、余韻としての効果はある。
テレビ版はその点、同じ名前ということを最大限利用しているようだ。

三度笠と合羽のない殺陣はこのシリーズではめずらしい。いつもは合羽で隠されているが、長脇差の使い方や身体の動きがよく見える。
トレードマークが全部ないのもちょっと……ということで口の楊枝はずっと咥えたままである。竹の楊枝を咥えての殺陣は危険だということで、殺陣の時は萱を咥えての撮影だったという。
笠に隠れた紋次郎の顔も魅力的なのだが、今回はすべての表情がよく見えるので、原作にはないサービスショットである。

テレビ版でのお染と紋次郎の会話。
「無断で笠に合羽とお借りして……」
「あんな汚ねえもんでもお役に立ちやしたんで……山茶花が匂っておりやしたよ」
もちろん原作にはないセリフだが、しっとりとした心の交流が見られグッとくるところだ。紋次郎の優しさが心にしみいる。

今回の紋次郎はお染を横抱きににして、満徳寺まで運ぶ。女を今まで何人も運んだが、横抱きは今回初めてではないだろうか。原作でも横抱きである。
満徳寺までの一本道はうっすらと霧がかかっていて大変美しい。満徳寺の門前に大きな欅の樹がそびえている……
かのように映像では見えるが、美術さんの仕事である。山門で樹の全体像は見えず、大木の根元付近の穴が寺の境内から見える。本当に上手く作られており、作り物には見えない。
(満徳寺のロケ現場については、拙ブログ「紋次郎の影を追う」で次回、紹介させていただきます)

うっすら霧がかかった中での一連のシーンは本当に情趣に富み、映像の美しさとして心に残る。
「紋次郎さん……」と呟いて、お染は息を引き取る。お染の目尻から涙が一筋見える。
縁切り欅の穴の前にそっと亡骸を下ろし、髪の毛の包みを置く。

今回の飛んだ楊枝の先は、お染の髪の毛の包み。このあたりの楊枝を飛ばすシーンになると、かなり撮影も自然で違和感なく定着している。楊枝の先に針が仕込まれていて、小さな弓で飛ばしているという。
テレビ版の紋次郎は無言であるが、原作では「お染さん、おめえさんはもう独り身と、変わりはござんせんよ」と表情のない顔で言葉をこぼす。

自分が関われば死なずにすんだかもしれない「紋次郎」が死んだことで、お染もお松も死んだ。いや、源兵衛一家も死なずにすんだのかもしれない。そして、「今日が命日だ」といつも思っている紋次郎だけが生き延びる。

満徳寺とお染に背を向けて、紋次郎は霧の中を一人去っていく。
いつもながら、胸に迫り来るものを感じる後ろ姿である。

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