紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)

第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)

第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)
(原作 第26話)(放映1973.2.10)
私がこの作品を気に入っている理由はキャスティングである。
私にとってシリーズ内、登場する女優さんの中で一番印象的なのは、この回の「お六」役、「太地喜和子」さんである。
一番色っぽくて、濃い化粧が似合っている。
場末の雰囲気でありながら艶やか、ミステリアスなのだが一途でかわいいという異種多様な面を持ちながら、それが調和している。
非常に魅力的な女優さんで、存在感は抜群である。

その対称的な存在が大総代のご新造、お冬役の「斉藤美和」女史。冷たく無表情で、気位が高い女を演じている。光沢のある絹ものの着物で身を包み、いかにも上品ないでたちである。
お六の姿は胸を大きく開けしどけない着付けだが、お冬はキリッとして隙のない着こなし。
お六の真っ赤な襦袢が襟元に扇情的に見えるが、お冬の着物は真っ白……何もかもが対照的である。

ご新造さんと対照的といえば、蛍の源吉もそうである。演じるのは「高橋長英」氏。中村氏より2歳年下で、中村氏と同じく俳優座養成所に入り、上智大学法学部を中退しているというインテリ俳優さんである。
「地蔵峠の雨に消える」の十太役で出演しているので共演は2作目。
因みに「新・木枯らし紋次郎」の「明日も無宿の次男坊」でも共演している。
味のある名脇役さんで、演技派である。
大変身なりが汚く、むさくるしい。乱暴で、人を脅したりゆすったりするチンピラであるがどこか憎めない愛嬌がある。

飲んだくれで「千に三つしか真がない」と言われている酌女、どこの馬の骨かわからない無宿のチンピラ、押しも押されぬ大総代のご新造さん……それぞれ接点は考えられないという設定である。
この三人のキャラ立ちがすばらしく、作品の質を高めていると言ってもいいだろう。

アバンタイトルからこの三人は登場しており、三者三様の一見無関係な者たちが、悲惨な終末に向かっていく序章である。
紋次郎の登場の仕方はいつになくかっこいい。原作とほとんど同じ出だしだが、紋次郎はずっと無言である。

原作にはないが紋次郎は居酒屋に入り飯を喰う。
お冬から執拗に名前を尋ねられるが、その合間に源吉が割って入るのが滑稽である。目は真剣で何かを訴えているが、お冬の目は逆に冷たく歯牙にも掛けない風情。このあたりの演出は、原作以上に状況がよくわかる。
俳優の高橋氏。丸くいたずらっぽい目が印象的で、目の表情で演技をされる方だと思う。

第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)

「ちょっと聞いとくれよ旅の人、恐ろしい話……」で始まるお六の怨念坂の話。紋次郎にとってはどうでもいい話だが、ドラマでは必要不可欠である。
以上の点から、やはり紋次郎は、居酒屋で飯を喰わなければならなかった訳である。

根も葉もないことを言いふらすなと、お六と源吉に二朱金を渡すお冬だが、源吉は憮然とした面持ちである。
原作では「嬉しそうに掌の上の二朱金に目を近づけた。まるで生まれて初めて、二朱金を見るみたいな源吉だった。」
とある。
しかしテレビ版では、憮然としている。
「旅に出るのなら、もっとあげてもいいんですよ」と言うお冬に、
「虫けらみたいなおいらだから、大総代のご新造さんの、目障りになるとでも言うのかい」
原作にはない台詞である。このときお冬は、ハッとした複雑な表情で振り返る。
原作では実にサラッと書かれているのだが、テレビ版では心の動きが見え、視聴者はこの二人に何かあると感じる。

居酒屋を出て行く紋次郎を源吉は追いかけ、自分のねぐらで泊まるように紋次郎に勧める。。
「おれっち、変に寂しくなっちまってよ。一人になりたかねえ、気分なんだ。」と口にし、大総代の屋敷を見やり感慨深く二朱金を眺める源吉。
源吉の気持ちを思いやると本当に切ない。

それにしても大総代の屋敷にしろ源吉のねぐらの廃屋にしろ、ロケ地でよく撮影できるものだと感心する。美術の西岡さんは、しっかりそのあたりをチェックされ、実際にある建造物をできるだけ使用されている。だからあのリアリティーが出るのである。

原作にはない伏線。お六が怨念坂に急ぎ、お冬が待ち構えていて密会。
利害関係があるとは思えないこの二人がなぜ?
ミステリアスとサスペンス要素が、原作以上に感じられる。

大総代の屋敷内は細部にわたり実に重厚である。
お冬とあるじとの会話の後、襖の形に切り取られた映像が映し出されるが、まるでフェルメールの名画のようで実に趣深い。お冬の言動は、あるじ以上に大総代という身分に固執していて、頑なである。

源吉と紋次郎がたき火を囲んで過ごす夜のシーンも印象的である。
いつものことだが、身の上話を聞かされる紋次郎。
しかし、ここまでの紋次郎の台詞数はどれだけだろう。本当に少ないし、どちらかというと紋次郎が脇役に徹しているといっても過言ではない。

源吉と姉お冬との別れのシーンは、紋次郎と姉お光とのシーンを彷彿とさせる。
「養女にもらわれていくお冬にカエルの死骸を投げつけた。抱きしめて欲しかった……」
テレビ版での源吉の述懐は原作にはない。
脚本家は本当は姉を慕っている源吉の心の内を提示している。
自分の姉お光を思い出すか、と思われるような話であるが、紋次郎は全く意に介さず、途中で眠ってしまう。
(後編に続く)

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Re: 第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)

>紋次郎は全く意に介さず、途中で眠ってしまう。

いいですねー。ずーっと味わってきてここで木枯し紋次郎らしさが、がっと盛り上がりました。
太地喜和子に高橋長英には存在感を感じます。斉藤美和って画像検索もしましたが、誰だか分かりませんでした。

「千に三つしか真がない」、「お六の怨念坂の話」、「生まれて初めて、二朱金を見る」、「やはり紋次郎は、居酒屋で飯を喰わなければならなかった訳」などなどストーリーなしのドラマを観ている気分になります。

紋次郎気質ブログ、ブックマークさせていただきました。

  • 20100307
  • 小父さん ♦-
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Re: 第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。
またブックマークまでしていただき、光栄です。

この怨念坂の話は「金田一シリーズ」にでも出てきそうな話です。
しかし、実際の化け物は怨念坂ではなく、立派なお屋敷の中に潜んでいたんですが……。

紋次郎シリーズは血縁も地縁も、見事に綺麗サッパリ切り捨ててくれます。
いろんなしがらみに縛られている現代人から見ると、憧れてしまうのかもしれませんね。

乾いた笹沢氏の筆致と、映像の寂寥感がたまらなく素敵です。
とても40年近く前の作品とは、思えませんよね。

  • 20100307
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)

お夕さま、早速のお返事誠にありがとうございました。ご多忙にもかかわらず本当にうれしかったです。パスワードの件も丁寧に教えて頂き『お夕さんてすごく優しい方なんだなぁぁぁ。』と感激しておりまする。昨日、こちらの回を見たのですが
紋次郎が源吉の話を黙って聞いていてくれたこと
源吉は胸が熱くなっただろうなぁとしみじみ思いました。紋次郎はどうも高橋長英には妙に優しいですよね。(笑)一緒に泊まっていってくれよなんて
普通なら振り切って行ってしまう紋次郎なのに・・・なんだか憎めない自分とは根底から違う
源吉にいじらしさを感じたのでしょうか?
だからこそ、姉を慕う源吉の殺された理由が
許せなかったのでしょうね。
相手は堅気の女性。怒りの持って行き場がないじゃ
あないですかっ。くっー

  • 20110719
  • おくにゃん ♦ZBwv4ZW2
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  • 編集 ]
Re: 第31話「怨念坂を蛍が越えた」(前編)

おくにゃんさま、コメントをいただきありがとうございます。

連れをつくらない紋次郎が、珍しく同じ道を行きます。
源吉も紋次郎に、自分と同じにおいを嗅ぎとったのでしょうね。
一緒に夜を過ごす源吉は、なんだか嬉しそうでした。

紋次郎がもし源吉の立場だったら、きっと命をかけて同じ行動をとるでしょう。
しかし紋次郎は、姉のお光にはもう逢えません。
源吉には名乗り合うことができないまでも、姉のお冬がいます。姉のために……という源吉は、紋次郎そのものだったと私は思います。

怨念坂にいる浪人たちに向けられた怒りは熱いのに対して、お冬に向けられた怒りは冷めた怒り。
「燃えているが芯は冷えている」
これは紋次郎が、お冬に向けた怒りでもあると思います。
どちらが深くやりきれない怒りか……推して知るべしですよね。

  • 20110719
  • お夕 ♦wikz35BA
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