紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

第32話「明鴉に死地を射た」(中編)
(原作 第24話) (放映 1973.2.17)
ここで、原作にはない杉の苗木の話をお熊婆は始める。
「じいさまは死んだが木は育つ。今にその木ほど育ってくれるぞ。」
と紋次郎の頭上の木を指す。
仙右衛門に助けられたじいさまが植えた苗木がここまで育ち、この先も大きく育つと話すお熊婆だが、この先の自分の運命は知るよしもない。
その話を聞いている紋次郎は、ずっと大事そうに木の椀を両掌で抱き、礼儀として箸をつけない。
「何をしてる、早く喰え。じゃあな、紋次郎。」
と立ち去るお熊婆に礼を述べてから、紋次郎は煮物を食べ始める。
視聴者としては中身がわからないので、「よかった、蒟蒻でなくて。」とホッとする。

この時の紋次郎はいわゆる「紋次郎喰い」ではなく、きちんと箸を持って食べているし、掻きこむというより味わって食べている。大根の美味さと一緒にお熊婆の人情も一緒に味わっているといった表情である。
こんなにしみじみと食べるシーンも珍しい。

しみじみしたこのシーンに水をさすようで申し訳ないのだが、この箸が気になる。映像で見る限り、どうも割り箸に見えてしまうのだ。原作では木の丼と長い箸を、お熊婆は手にしている。
「炉端で煮物をしていた」とあるから長い箸は菜箸であろう。
原作の紋次郎は「指で摘まんだ大根の切干しを口へ運んだ。」とあるので、菜箸で食べてはいないし、指で摘まんでいる。
しかしテレビ版では箸を使っている。
小道具さんが割り箸を用意したのだろうか、それとも本来使うべき箸を用意し忘れたのだろうか。

私が箸で感心したのは、「水車は夕映えに……」で蕎麦をすする紋次郎が手にしていた箸である。記事でも触れたが、枝から削り出したかのような手の込んだ箸だった。
しかし今回はその箸は用意されず、まるでロケ弁当に付いていたような割り箸である。
当時、「紋次郎喰い」が教育上よろしくないと批判されていたらしいが、それに輪をかけて手で食べるとは……、というクレーム対処か。
脚本上では原作通りだったが、現場で急遽「これはまずいのでは?」となったのか、いずれにしても既製品が出てきたので気になった。

さて本題に戻ろう。このシーンのBGMに使われているメロディーは大好きである。この哀愁満ちたメロディーを聴くたびに、数々のシーンを思い出して涙ぐみそうになる。いつ聴いても名曲だと思う。
私の車内のBGMはずっと紋次郎のCDエンドレスである。

夜が明けて木の上で鴉が鳴く。タイトルの明鴉とはまさしくこのことで、明け方に鳴く鴉のことである。目覚めた紋次郎はカラの木の椀を懐に入れる。何のため?
お熊婆に返したくても多分、家には近づけないだろう。
渡世人は一宿一飯の際、出されたものは総て食べなければならず、食べられない魚の骨などは懐紙に包んで自分の懐に入れるという作法がある。それに則っての習慣かもしれないが、この行為が後に生死を左右することになろうとは……。

霧の中を歩く紋次郎は、又兵衛が新木戸の宗吉一家の子分を斬り捨てるところに遭遇する。本来なら街道の先を進んでいるはずだから出遭うことはなかったのだが……。
紋次郎の姿を認めた千鶴の表情は「なぜ?また舞い戻ったの?」である。
さしたる理由はないのであるから、宿命なのである。
英次を又兵衛が斬るが、一刀両断とはいかない。

原作では「地上に倒れ込んだ渡世人は、四肢を痙攣させて苦悶していた。その喉へ日下又兵衛が、慌てて刀を突き立てた。」
としている。
テレビ版ではさほど慌てていない。又兵衛が刀を浴びせてから、おもむろに倒れた渡世人を殺している。
千鶴は紋次郎が先を行くのを止める。

「兄がかわいそうです……あなたは見たはずです……兄はあれだけの人……お酒を飲んで人を斬る、人間じゃない……それだけで人間の形を保っている……あなたは見たはずです、わかったはずです」
何を見て、何をわかったのか?紋次郎でなくても全くわからない。
まるで禅問答である。

原作には千鶴のこの台詞はなく、紋次郎を押しとどめようともしていない。そしてこのまま、又兵衛のリンチが始まるのである。
あえてテレビ版はこの台詞を千鶴に与え、兄を想う妹の存在を強調したのだろうか。

又兵衛の腕前がどうであろうと、紋次郎には全く関わりがないことである。
千鶴が止めたのは、紋次郎の腕前なら、兄は逆に斬られるとわかったからだろう。
最初の出会いの一瞬の身のこなしで、千鶴は紋次郎の実力を察知したのだ。
さすが武芸者である。人を見る目がある。
しかし紋次郎の腕前を見通せても、心の内までは見通せなかった千鶴は、この後大胆な行動に出る。

第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

あんなに頼んだのに、紋次郎はやはり先に進む。ある意味頑固者である。
印旛沼を調べに役人が来ているから、行かない方がいいという忠告は聞いたのに……。
そういえば他の回でも、「行くな」と言われても聞かずに進む。前回の「怨念坂を……」でもそうだった。

又兵衛の理不尽なリンチが始まる。お熊婆との約束を守るために、一切手出しをせず耐える紋次郎の姿は、崇高ではあるがファンとしては見るに忍びない。
リンチといえば「川留めの……」「湯煙に……」があり、この後も「和田峠に……」で痛い目に遭っている。「雪に花散る……」では屈辱的な扱いを受ける。
今回は四つん這いにさせられ、つばを顔にかけられる。その上左手を、下駄の歯で思い切り踏みにじられる。
しかし原作はもっとひどい。
喉を刃で傷つけられ、つばを吐かれる。読んでいてこちらも脂汗が出そうなのは、左手の甲を刀で貫かれ、地面に縫いつけられたままで、顔を蹴られる。
そこまでお熊婆のために我慢するのか、と紋次郎の心の強さを感じる。
テレビ版はそこまでのリンチは残酷だということで、刀で刺される代わりに下駄で踏みつけられる。

傷ついた体を休め歩く紋次郎の前に、千鶴は陵辱される姿を見せる。千鶴と紋次郎の顔が交互に映し出されるが、紋次郎はずっと無表情のままである。
千鶴にとってはまさに身を挺した演技だったが、紋次郎には全く効いていない。
いわゆる「濡れ場」と言われるシーンだが、日色ともゑのイメージを壊さないためか顔のアップのみでインパクトがなかった。

嫁入りの列を荒らし回る仙右衛門一家の子分たち。助けを頼まれる紋次郎だが、ここでもまた又兵衛と出遭ってしまう。偶然とはいえ一体何回縁があるのだろう。
4人の子分たちに追われ、逃げる紋次郎。こんな三下であれば一瞬に峰打ちにでもして倒せるのだが、ここでもお熊婆との約束を守り長ドスを抜かない。
走る先にお熊婆が畑にいる。
「やめろ!」と手を広げるお熊婆を子分は斬り捨てる。
目を開けたままの死顔は「信じられない」といった表情である。その死顔に紋次郎は声をかける。

「おめえさんに長脇差を振るったのは、和泉のお貸元の身内衆なんでござんすよ。人を庇いだてする目に、狂いがあったようで……。あっしもこれで、おめえさんの頼みに縛られなくてもようござんすね」(原作より抜粋)

やっとここで封印は解かれ、4人の子分たちを紋次郎は斬る。
この殺陣で目新しかったのは、走りながら長ドスを空中に投げ、逆手に取り直して後ろに繰り出すところだ。
原作では「逆手に持ち替えた」としか書かれていないので、殺陣師さんが考えたのだろう。

又兵衛と紋次郎の会話が実にカッコイイ。

「やるな……今朝はあれほど、無様に命乞いをしおったくせにな」
「命乞いなんかじゃあねえ」
「命が、惜しくはないか」
「惜しくはありやせんが、おめえさんには差し上げたくねえんで……」(原作より抜粋)

この会話を成立させるには、お互いの貫禄が拮抗していないといけない。その点、菅貫太郎氏はうってつけの俳優だったと思う。
左手を負傷している中、三下4人は片付けたが、使い手である又兵衛となるとそうはいかない。紋次郎は一旦、その場を後にする。
逃げるわけではないし、逃げられるはずもなかった。(後編に続く)

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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

お邪魔いたしやす。
車内のBGMをエンドレスで聴いていなさるそうで。おそるべし。あっしは早歩きする時、あの峠を歩くBGMがいつも脳内を駆け巡っておりやす。あの音楽(題名知らず)サントラ盤は短いんで「童歌を雨に流せ」での挿入曲(セリフ、ナレーションなし)を録音して聴いておりやす。

Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

桐風庵の兄ぃ、コメントをいただきありがとうございます。
わかります!あの曲ですね。私も大好きです。あのベース音もいいですね。
あの曲を聴くと、紋次郎が独り足早に歩く姿が目に浮かびます。かっこいいです!
BGMひとつで、そのシーンから受ける印象が全然別のものになりますから、ホント大事ですね。

  • 20100329
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

いやー、読み入りましたよ。
はじめ、これは詩だなんと思っていましたけど
とんでもない、ありとあらゆる物語が出てきますね。

私が子供の頃、隣の家に同年の子がいて、そこのお婆ちゃんのリヤカーに乗って畑に行ったことがあります。弁当を作ってきてありましたが、私の箸がなかったのでお婆ちゃんが鎌で木の枝を切ってきて箸を作ってくれました。そんなことも思い出させてくれますね~。

原作ではけっこう残酷な描写もあるんですね。読んでいてもぞっとします。

紋次郎の殺陣はそれ以前の映画では観られなかった立ち回りだと当時話題になりました。これが本物の殺陣だと!

また、知りたいことが浮かびました。紋次郎はその殺陣をどこで習得したことになっているかです?

しかし、男らしくって孤独で人の生きる道をわきまえている紋次郎、こんな生き方ってあこがれますね。鴉は紋次郎の分身のような気もします。

>「惜しくはありやせんが、おめえさんには差し上げたくねえんで……」

しびれますね~。

木の椀を懐へ、魚の骨などは懐紙に包んで自分の懐に。前者は楽しみです。後者は茶道にでも通じそうです(笑)

  • 20100329
  • 小父さん ♦-
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。
お婆ちゃんのお箸……ほのぼのとしたお話、ありがとうございます。すてきな思い出ですね。

原作通りだと、「母と子のフジテレビ」としては難しいでしょうねえ。(もっともこの番組自体、十分路線から離れているんですが)

紋次郎の剣法は、生きんがため獣が牙を剥くような野性の剣です。したがってありとあらゆる手段を使います。
刃こぼれを防ぐために、突きを多用し、頑丈なつくりの鞘も使います。
ゴワゴワの合羽を腕に巻き、敵の目を擦るなんて手もあります。
とにかく走り回り、転げ回り、強靱な体を全部使って窮地を脱します。
生き抜くため、必要に迫られた自己流の剣法は、場数を踏むほどに研ぎ澄まされたのでしょう。

無口な紋次郎ゆえに、練りに練った台詞を笹沢氏は与えていますね。
ホント、しびれます。

  • 20100329
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

良く、深く鑑賞されていたのですねー。!
30年もたちましたかねー。忘れるはずです。笑)ただ、紋次郎の、かっこのよさだけが、印象に残っています。「関所」呼んでみました。面白かったです。!関所も、金で、買うのでは、いまどきの、社会と似ていますよね^~^では改めて又!

  • 20100331
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

タイガース、調子いいですね!
私も今、気持ちよくお返事を書かせていただいています。

リアルタイムで観ていたときは、紋次郎のかっこよさだけに魅力を感じていましたが、最近は紋次郎が生きていた時代のことにも興味が出てきました。
いろいろ調べると、作家である笹沢氏の、資料の読み込みの深さに驚かされます。
ひとつの作品には、その何倍もの裾野が広がっていることを実感します。

また良かったら、おいでください。

  • 20100331
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
お夕さま、初めまして

母が大好きな木枯し紋次郎のブログを書いていらっしゃるかたがいるなんて感激です。本当に驚きました。
中村敦夫さん、カッコいいです。うちでは、この人は日本のジェームス・コバーンだよね、と話しています。(昭和臭くてすみません。苦笑)
母にとっては、紋次郎もですが「国定忠治」(母が群馬出身なので)と「風と雲と虹」の平将門(加藤鋼サマ)は永遠のアイドルなんです。
去年は、母と一緒に忠治(新国のDVD)と将門のDVDを50話全部観ました。紋次郎もおさらいしないとですね。(笑)
記事でのご指摘の通り、紋次郎の箸(削り箸)と食べ方は独特でした。(うちのわんこより早いです。笑)いくら視聴者を意識したとはいえ、確かに割り箸は味気ないですね。原作の五本箸(笑)のほうがまだ情緒があると思います。
お夕さまのように、本原作と比較できるのは観賞の醍醐味といえますね。日記を見させていただいて、お夕さまの紋次郎と敦夫サマへの”愛”を感じてしまいました。

ど~こかで~♪だ~れかが~♪の歌は本当にいいです。涙が出るほど懐かしくロマンチックな調べです。(*^_^*)

昭和臭のあるコメントで失礼しました。<(_ _)>

Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(中編)

美雨さま、コメントをいただきありがとうございます。

お母様が大好きでいらっしゃる?なんて素敵なお母様……。
そして母娘でDVDを一緒に鑑賞される親孝行ぶり……見習いたいです。

日本のジェームス・コバーン ……スラリとした体型やあの渋さ……ナルホドと思いましたね。
「風と雲と虹」は若い頃観ていました。懐かしいです。あの凛としたさわやかな加藤剛さんは素敵でした。テーマソングも良かったし、今でも口ずさめます。

私にとっては「昭和は遠くなりにけり」ですが、やはりあの時代は懐かしいです。
単なるノスタルジーではなく、あの時代の密度の濃い思い出は、大事な宝物です。

お母様にもよろしくお伝えください。
ありがとうございました。

  • 20100403
  • お夕 ♦wikz35BA
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