紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

(原作 第24話) (放映 1973.2.17)
その夜紋次郎はお熊婆の畑に戻り、昨夜と同じ場所で過ごす。杉の苗を踏まないように歩くが、その苗をうれしそうに育てていたお熊婆はもうこの世にいない。
信じていた者に裏切られ、あっさり死んでしまったお熊婆。
「おめえさんの信じていたものは、一体何だったんでござんすかい?」
と言いたげな紋次郎の表情である。

同じ夜を千鶴は又兵衛と過ごす。
夜のシーンが、蒼くもの哀しく美しい。このシーンや台詞は原作にはない。

「とっくに昔の兄さんも私も死んだはずなのに、過去だけが生きている。」と千鶴はつぶやき、高いびきで寝る又兵衛の胸に、刀の切っ先を向ける。
「肉親って何?」
兄のあまりにも変わり果てた姿に「いっそこのまま……」と思う千鶴。

この先いつまで、この兄と同じ日々を過ごすのか。先が見えない生活を持ちこたえているのは、血のつながりだけである。
自問自答する千鶴のやるせない台詞を、テレビ版は挿入している。

夜が明けて一睡もしなかった紋次郎の前に、又兵衛と千鶴が現れる。
この景色にも霧が流れるが、こちらは明らかにスモークを焚いた霧である。

紋次郎と又兵衛は無言で対峙する。いわゆる決闘である。
落ちぶれたとはいえ、江戸で竜虎と呼ばれた剣の使い手であるので、尋常な戦いでは勝ち目がない。
紋次郎は又兵衛の周りを駆け回る。5周ほど回ったとき、足下の瓢を又兵衛の顔めがけて蹴り上げ、避けた隙を狙って、紋次郎は長ドスを繰り出す。
又兵衛は呆気なくその場に倒れる。

一部始終を見ていた千鶴が口を開く。
前半の台詞は原作とほとんど同じだが、後半は原作にはない台詞が入っている。

千鶴「誤って許嫁を殺してしまったという、つまらない過去です。その過去を消すために、二人で5年間努力しました。
でも結局過去というものは、その人間が死ななければ消えないものでした。」
紋次郎「明日のねぇ人間には、昨日もねぇはずで……」
千鶴「昨日があるから、明日がある。明日という日が来るから、明日という日が嫌でもやって来るから、昨日を忘れようとするんです。思い出だけが、考えることのすべてであったという、無惨な人間を、あなたは理解できますか。」
紋次郎「おめぇさん方とあっしとは、どうやら別の人間のようで……」
千鶴「それだけにあなたが憎い。あなたには昨日も明日もないと言うのなら、私はそれだけであなたを斬らなければなりません。」
紋次郎「そんなことは、あっしに関わりござんせん。」
千鶴「では、兄の仇討ちです。」(ドラマより)

時代劇らしからぬ台詞回しで、前衛劇を見ているような趣である。一種の不条理劇でもある。

昔の、人間の心があった頃の兄も私も死んだ。
しかし許嫁を殺したという過去は消せなかった。そして過去を消せない自分がいるということで、かろうじて生きながらえている。
生きる屍である自分たちは、無限ループ地獄に陥っている。
そんな中、千鶴は兄の武士としての面目を保とうとする。自分が辱めを受けてでも、兄を守ろうとする。だがいつまでも、守りきれるものではなかったのだ。
生きる屍に引導を渡したのは、昨日も明日もない紋次郎だったのだ。
やはりこの二人は死をもってしか、過去から解放される術はなかったのだ。

第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

紋次郎は過去を捨てている。紋次郎の過去も、この二人と同じぐらい過酷で悲惨である。明日も昨日もない今だけを、紋次郎は生き抜いてきた。
過去をずっと引きずって、武家の面目も引きずって、そして血のつながりに縛られて、この兄妹は生きてきた。
全く別の人間であるのは確かだ。

「あっしの長脇差は女の血を吸ったことがありやせん。ですが、おめえさんだけはどうやら別のようですねぇ。おめえさんは、刀で何人も斬った。女じゃあござんせん」
(原作より抜粋)

過去には二人の女を、結果的に殺めてしまったことはあるが、殺意を持って女と対峙するのは、作品中これが初めてである。
女じゃない、と言うより人間じゃないのかもしれない。兄のことを「それだけで人間の形を保っている」と千鶴は言ったが、千鶴も既に心は人間ではなく生ける屍なのだ。

紋次郎が楊枝を飛ばした茂みから鴉が飛び立ち、千鶴に一瞬の隙が生まれる。紋次郎は千鶴の横を駆け抜け、二人は刀を抜いたまま交差する。
紋次郎の懐から、真っ二つに割れた木の椀が転がり落ち、千鶴は倒れる。

このシーンはまさしくマカロニウエスタン、「荒野の1ドル銀貨」である。(ちなみに私は、ジェンマのファンでした)

「過去は、その人間が死ななければ消えないものでした」と千鶴は言ったが、その通りだった。
さしたる理由はなく、偶然に紋次郎とこの兄妹は出会ったのだが、こうなることは宿命だったのだ。
この兄妹を、過去の呪縛から解き放つために、紋次郎と出会うべくして出会ったのだ。

「お熊婆さん、世の中とはこんなもんでござんしょうよ」
「こんなもん」とはどんなもんか?

お熊婆は、庇い立てした者に殺され、一刀両断に人殺しをしていたのは、か弱そうに見えた千鶴だった。「まさか」と思うことが、真実だったということか。
そしてもう一つ……
昨日があるから明日があると言った者が死に、昨日も明日もないと言った紋次郎が皮肉にも生き残る。

原作より深い無常を与えた脚本家、佐々木守氏の斬新な試みを見た感がする。





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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

 かたや、高いびきで寝る又兵衛、そして一睡もしなかった紋次郎の対比が興味深いです。
なんだか逆じゃないかと想像してしまいます。

>紋次郎は又兵衛の周りを駆け回る

このような戦法にはどことなく記憶にあるような気がします。

紋次郎は又兵衛にも千鶴にもフェイントをかけたんですね。
果し合いって実にそのようなものなんでしょう。

木の椀が転がり落ち、弱そうに見えた千鶴が実は殺陣師だった!
何かか張り詰めてシーンを読ませてもらいました。

不条理こそが人間の世界ですね。
そこを生き抜く紋次郎にドラマに接する観客は自分を投影していくのだと思います。

Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

奇襲と言えば、「木枯しの音に消えた」です。
稲荷山の兄弟との戦いで、鞘を飛ばし兄弟の息を狂わせ、その隙を突くという場面があります。
こういう戦法が思いつくというのもすごいですが、生きんがための野性本能がさせるんでしょうね。

不条理な世界を生き抜く紋次郎のように、甘えを捨てた強い心を持ちたいものですが、なかなか難しいものです。

  • 20100404
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

お夕さん、こんにちわ。

「明鴉・・・」で印象的だったのは、かなり豪華で格式の高そうな花嫁行列と、孤独な旅を続け既に身辺に不穏な影が漂う紋次郎との交差、あるいは交錯とも見える場面でした。その対比が叙情的で凄くインパクトがありましたね。

ところで、時代劇専門chは何か「中村敦夫祭り!」のような感じですね。

「新・木枯し紋次郎」を皮切りに、「剣と風と子守唄」、「梟の城」・・・これは確か脚本とナレーターもされていたような。

それに5月には1971年放映で紋次郎以前の敦夫さんが見られる「弥次喜多隠密道中」    
http://www.jidaigeki.com/prog/002978.html  ・・・これはフィルムが残っているとは思っていませんでしたので驚きました!逗子王様さんから聞いた所では凄く面白かったとか。毎回の出演ではないそうですが、最後に締めで出てきて美味しい所をさらって行く様な役だったとそうです。

福岡は桜も満開になり、暖かい陽射しに少し元気が出てきました。そのうち、ひこにゃんにも会いに行こうかなと考えています。


  • 20100404
  • おみつ ♦aiP0wTO2
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

おみつさま、コメントをいただきありがとうございます。

小説の最後は
「大原幽学の門弟長部正道の日記に、遠縁の娘の嫁入り行列に加わったときのことが書かれており、その一部分として『狼藉を押し留めんことを乞うたが、臆病な旅のならず者黙して首を振り続くのみなり』と記してある。臆病なならず者の名は、わかるはずもない。」
と締めくくっています。

いつもは毛嫌いするヤクザに、ああいうときだけ頼ろうとする、堅気の狡い一面が見えるシーンでもありました。

のどかな田園風景に幸せそうな嫁入り行列。場違いともいえる異質な者たちが交差する様は、仰る通りギャップがあり印象的でした。

時専チャンネルバンザーイですね。茜の左源太さんもカッコよかったです。斉藤こずえちゃんから「おじちゃん」と呼ばれ、ほほえましいシーンもいくつかあり、紋次郎とは違った魅力を感じました。
情報ありがとうございました。

ひこにゃん、待ってますから会いにきてくださいね。
公式ホームページに、ひこにゃんのスケジュールが出ていますから、お調べになってからおいでください。
(そういう私も、一度も会ったことがないんですが)

それでは、御免なすって。

  • 20100404
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

お夕さん、今晩は!、
この回、前、中、後、読ませていただき、
この回のような紋次郎でニヒルなイメージが確立していったのでしょうね・・・

実際にこのシリーズを当時TVでみたのは少ないような気がします、観たにしてもすべて忘れてるといえそうなのであまり関係ないのですが・・・笑

熊婆は時代劇ではよく見かける名前ということですが、少し違和感はありますねぇ~
でも、虎婆よりいいかも・・・、日色ともえの千鶴をみてみたいものです。

  • 20100405
  • 淡青 ♦pDmV/urE
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

話題が違うのですが。笹沢文学は、鬼平捕り物帳を見ても、次元の低い「勧善懲悪」と違い、粋な正義感の表現が上手いですね~^^
義理人情がとても、温かい小説だと思います。だから現代にでも、通じるテーマがと思いますね~^^ポチ!

  • 20100405
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

ニヒル……一時期よく使われた言葉でしたね。
今、ニヒルな俳優さんと言ったらどなたなんでしょう?
バラエティー番組花盛りの昨今、ニヒルを感じる方は少なくなりました。

日色さん、最近お見かけしませんがどうなさっているのでしょう?
品のあるお嬢さんが剣豪?かなりビックリ感がありました。
シミ一つないきれいなお着物姿……返り血も浴びないぐらいの腕前だったんでしょうね(笑)。

  • 20100405
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

当時の時代劇にはない、ニューヒーローでしたね。深夜の放送であったことも、結果的には良かったということです。
良かった、良かった……で終わらない分、どの作品にも余韻があり、深みのあるものを感じます。
名作はどんな時代にあっても、やはり名作のままだということですね。

  • 20100405
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

今日は「斬る」を見ました。中村敦夫の好演が
光りました。好きな所為だろうか?渋いですね~彼は、議員を辞めて、今は何をされているのでしょうかねー。

  • 20100406
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 第32話「明鴉に死地を射た」(後編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

「斬る」をご覧になったんですね。敦夫さんの若侍のリーダー役はかっこよかったです。
ご本人も俳優座を飛び出すとき、若手俳優たちのリーダー格でしたので、何となく実像と重ねて観てしまいます。
若い時から、そういう器の人だったんだと思います。
正義感があり、率先力と実行力があるリーダーを、どの世界でも今必要とされていると思いますね。

政界から身を引かれましたが、俳優業はもとより文筆活動、大学での講義、講演、仏教研究など精力的に活動されています。
最近では「暴風地帯」というミステリー小説も執筆され、多方面に才能のある方です。

今度NHKのドラマにも出演されるようで、楽しみにしています。
いつまでもお元気で、活躍されることを心から願っています。

  • 20100406
  • お夕 ♦wikz35BA
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