紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「旅は道連れ」

日々紋次郎「旅は道連れ」

日々紋次郎「旅は道連れ」
「紋次郎さん、袖振り合うも他生の縁とか申しやす」

「旅は道連れ世は情けなんてことに、かかわりねえのが無宿人ってもんでござんしょう」

「反魂丹の受難」という作品中での会話でござんす。
紋次郎兄貴、なかなか理知的な返し方でござんすねぇ。学識がおありです。
「旅は道連れ世は情け」……見事に兄貴の旅とは真逆のことわざでござんす。

紋次郎兄貴はあてのない一人旅でござんすが、庶民の旅と申しやすといろんな目的がありやす。
大きく分けやすと生業に関係する旅と、信仰や観光、湯治場めぐりを目的とする旅とに分かれやす。
前者の旅は商人であれば商品の輸送、農民ならば織物などの生産品を市に運ぶ、職を求めて職人が地方を回るというものもござんした。
比較的短い旅といえやしょう。
ちなみに「仁義」は、職人が親方宅を渡り歩くときの自己紹介が始まりだったと聞いておりやす。

対して後者は遠距離に及ぶ長旅で、代表的なものは「お伊勢参り」でござんしょう。湯治でいいやすと熱海、箱根、有馬、道後などが有名なところでござんした。
湯治は一廻り(六泊七日)で二百文。これは食料携帯の自炊生活の場合でござんす。
食事付きだと一分二百文、他に夜着の借賃、一廻り百五十文、ふとんが同じく百文……これが加算されやすと一泊が二百四十文の計算になりやす。

兄貴の旅はいつも一人旅というのは、みなさんご存じだと思いやすが、一般では一人旅というのは宿屋では警戒されやすいもんでござんした。
幕府も江戸中期以降は禁止の政策を打ち出しやす。

文政八年(1825)、品川の旅籠屋で止宿人と飯盛女が相対死(心中)をしやした。従来一人旅人が止宿する場合、宿役人に届けねぇとなりやせんが、旅籠の主人はそれを怠ったということで「急度(きっと)叱り」の処罰を受けやした。
他にも僧と女が相対死をし、旅籠主人は罰金を三貫文払わされたという例も文献にはあるそうで……。
この史実は紋次郎シリーズでは「泣き笑い飯盛女」によく似ておりやす。
とにかく旅籠屋で事件が起きやすと、主人が処罰されやすんで、できるだけ一人旅の客は断られるってなもんで。

日々紋次郎「旅は道連れ」

もう一つの理由は、病気などで旅人が動けねぇようになったときの難儀が、旅籠屋に降りかかるということでござんす。
同行する者がおりやしたら、さほどの難儀はござんせんでしょうが、一人旅となりやすと大変でござんす。

在所がわかったら知らせ、縁者を呼び寄せること。
療養をさせ、病気が治って出立したらそのことを道中奉行所に知らせること。
もし亡くなったなら、国所書付の在所に知らせ縁者を呼び寄せ、道中奉行所に報告すること。
在所が不明な場合は、三日の間旅人の亡骸を留め置き、様子を書いた札を立てておき、その後土葬にして、奉行所に知らせること。
もし粗末な仕方があれば、問屋、年寄、宿中の者まで罰する……という通達があるほど慎重な扱いをしなければなりやせん。
面倒この上ない、と言えやしょう。

第2回放映「地蔵峠の雨に消える」で、病人の十太を紋次郎兄貴は宿に送り届け、そのまま去ろうとしやす。
すぐさま宿の主人は「お前らは渡世人仲間だろう」と引き留めやす。主人があわてるのも無理ありやせん。
一人十太だけを残されると、世話やら後始末やら全部旅籠屋がやらねぇとなりやせんからねぇ。

男の一人旅でもこのくらい旅籠屋では敬遠されるんでござんすが、女の一人旅となりやすと「あるまじきことで希有なこと」とされておりやした。
その女の一人旅で病になると、これまた男のそれよりやっかいなことになりやすんで、もっと嫌がられたことでござんしょう。

今では考えられねぇことでござんすが、一人旅というのは何かと煙たがられていたようで……。
そう言やぁ、弥次さん喜多さんも二人で旅をしておりやした。

紋次郎兄貴は滅多に旅籠なんぞには足を向けやせんのでそれこそ
「あっしには関わりのねぇこって……」でござんしょうねぇ。

へい、御免なすって。

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Re: 日々紋次郎「旅は道連れ」

しかし、笹沢左保さんは、そような人間のはざまで生き抜く紋次郎兄貴をうまくとらえたものですね。

いや、お夕さんもよく調べておられるのに感心します。
私がテレビを見たり、小説を読んだとしても、ああ面白かったとか、よくわからかったなどで終わって
しまいそうですが、お夕さんほど知ればとても興味深い味わい方ができることでしょう。

歴史や習慣に逸話まで入っていて興味深く読めました。

Re: 日々紋次郎「旅は道連れ」

小父貴のだんな
過分のお言葉、おそれ入りやす。

笹沢親分は膨大な資料を読み込んで、そこからストーリーに使えるパーツをうまく組み合わせておられやす。
上記の「反魂丹の受難」でも、富山の薬売りの実態から話が進められておりやす。
関連する文献を紐解くのは、面白いもんでござんすよ。
作品が2倍も3倍も……(グリコじゃござんせんが、一粒で二度おいしい状態)楽しめやす。

  • 20100411
  • お夕 ♦wikz35BA
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