紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第33話「木っ端が燃えた上州路」(前編)

第33話「木っ端が燃えた上州路」(前編)

第33話「木っ端が燃えた上州路」(前編)
(原作 1971年)(放映 1973.2.24)
原作は「木枯し紋次郎シリーズ」と同時期に書かれた4作品を収録した「雪に花散る奥州路」の中の一作品である。
この姉妹シリーズには「地獄を嗤う日光路」がある。
「雪に花散る……」に収録の内、3作品が紋次郎に翻案されている。
残りの「狂女が唄う信州路」は、中村氏が負傷のため放映が一時休止となり、そのピンチヒッター番組として放映された。
別作品の翻案ということで、脚本家もかなり苦労されたのではないだろうか。

原作とテレビ版は、所々パーツは同じだが、出来上がったモノは全く別物といった感がする。
使ったパーツとしては、恩を受けた相手の人違い、落とした達磨の根付け、親分の女と通じて毒殺させるやり方、子分の裏切りなどである。

ほとんどが、貫禄ある腕の立つ渡世人が主人公である中、この作品はめずらしく原作の主人公は勢五郎という三下である。
テレビ版では勢五郎ではなく、伝八という名前に変えてある。「伝八」、いかにも弱そうなネーミングである。名前から受ける印象は大きなものがある。

テレビ版での紋次郎の設定は難しく、時には勢五郎、時には紋次郎と一人二役を果たしている。
アバンタイトルは、逢い引きの場に居合わせてしまう紋次郎から始まる。会話から、男は親分の女とできていて、夢中になった女はその男と夫婦になりたいがため、一服盛ろうとしているということを紋次郎は知る。
男女が出て行った後、男が落としていった達磨の根付けを拾い、紋次郎は思い出す。
以前高熱で苦しんでいたとき、通りすがりの親分から薬を恵んでもらったことを……。そのとき見えた達磨の根付けと同じものである。
薬を恵んでもらうのは「一里塚に風を断つ」以来2回目。
そのときの親分の名前は「上州は藤岡の勘蔵、人呼んで鬼勘」と告げられる。

原作では逢い引きを目撃するのは勢五郎で、薬を恵まれるのは勢五郎の父親である。とにかくテレビ版では、紋次郎は鬼勘には恩義があるということである。
テレビ版では根付けを探しに男が帰ってきて、紋次郎と顔を合わせてしまう。
ここで早くも楊枝が飛ぶので、男は「木枯し紋次郎」に密約を聞かれたことを知る。男は斬りかかるが、手強い紋次郎に歯が立たずその場を去る。

原作での勢五郎は、声は聞くが顔は見ていないので、密会相手がだれなのかわからないという設定である。
この後紋次郎は、三人の渡世人に斬りつけられる。三人中二人は旅姿、一人はどう見ても地元の三下である。この旅姿の渡世人の一人が「流れ舟は帰らず」で、十兵衛といつも一緒にいた「白痴」と呼ばれていた男と同じ俳優さんで「吉田晴一」さん。
紋次郎と確認してから襲っているので明らかに根付けを落とした男の差し金であることがわかる。二人が斬られたのを見て怖じ気づいた三下は逃げる。この三下が「伝八」である。
役を演じるのは「高田直久」さん。
「見かえり峠の落日」で「忠七」の役をしていたが、どちらも頼りない臆病な若者役である。

第33話「木っ端が燃えた上州路」(前編)


逃げ帰った伝八は、勘蔵一家の兄貴分から「親分から盃が欲しけりゃ、紋次郎を叩っ斬れ」とどやしつけられる。
伝八は勘蔵一家の三下で、この兄貴分は逢い引きの男である。さっき紋次郎を襲った旅人は、この一家に草鞋を脱いだ一宿一飯の輩であろう。
三下はもとより、子分は親分の命令には絶対服従である。白くても、親分が黒と言えば、絶対黒なのである。だから伝八は「なぜ、紋次郎を殺さなければならないのか?」
などとは疑問に思わないし、身内に加えてもらえるとなると必死である。
「一宿一飯の恩義」についても同じで、一家に草鞋を脱いだ限りは親分の命令には従わないといけない。
何の恨みがなくても、「やれ!」と言われればやらないといけない。
ただ、卯之吉は一家の親分ではなく代貸しであるので、「親分の命令だ!」とでも言ったのだろう。

紋次郎は勘蔵一家に訪れ、ひと月前に薬を恵んでもらったので礼を言いに来たと丁寧に挨拶する。原作での勢五郎は、父親が鬼勘から薬を恵んでもらったよしみで一家に加えて欲しいと頼み、三下として修行を積むことになる。
紋次郎は礼を告げた後、鬼勘の根付けが達磨でないことに気づき、薬をもらったのは鬼勘ではなく人違いをしたと気づく。
原作では鬼勘の根付けは達磨になっている。

テレビ版の鬼勘役に「井上昭文」氏。「湯煙に月は……」での悪役、権三を演じていた。いわゆる悪役顔であり今回の鬼勘にはピッタリである。
しかしその顔はよく見ると、なんとなく愛嬌があって鬼瓦に見えてしまうのは失礼だろうか。

原作では逢い引きしていた男女の顔はわからず、誰がどちらの親分の女と通じているのか、わからない。
親分とその女、そしてそのどちらかの一家の男……と入り乱れて、誰が裏切っているのかというミステリー部分が大きい。
しかし、テレビ版では男は勘蔵一家の代貸し、卯之吉だとわかる。
そうなると、情を通じているのは敵対する武兵衛の女。勘蔵は子分の卯之吉を使って武兵衛の女をたらしこみ、毒を盛らそうという算段か……という推理となる。

さてテレビ版に登場する伝八は、原作には全く登場しないようなキャラクターである。何とか盃をもらい一端の渡世人になりたいと思っているが、根が気弱で腕っぷしも強くない。
とてもヤクザには向いていない。煮売り屋の娘「お鶴」と所帯を持とうとしているが、お鶴の方がよっぽどしっかりしていて、度胸がある。お鶴は伝八に堅気の暮らしをするように頼むが、伝八はなかなか踏み切れない。
「自分は水飲み百姓で、このままでは一生うだつが上がらない。渡世人になって男を上げる。」という伝八に
「義理に縛られての明け暮れ、一体何が面白いの?」と正論を吐く。
この時代の農村は、飢饉や世情の不安定さで荒廃し、博打に手を出す農民も多く、土地を離れて無頼の徒になる者も多かったと資料にはある。
(後編に続く)

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Re: 第33話「木っ端が燃えた上州路」(前編)

今日の記述はちょっと複雑ですね~。朝方、読んでいまして時間もなかったのですが、今読み直してもけっこう入り乱れた人間関係が飲み込めませんでした(笑)

ただ、理屈では割り切れない渡世人の世界がなんとなくイメージできました。
そこにに流れるベースは貧困なんですね。食わんが為には人間はありとあらゆる生き方をする。そして生き抜くために命もかけるんですね。

だけど、そのような中でも男と女の仲があるのが人間らしくも感じます。

Re: 第33話「木っ端が燃えた上州路」(前編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

おっしゃるとおり複雑です。
原作とドラマでは設定もテーマもほとんど違うので、比較しようがないというのが事実です。

私としては原作の方が、悲哀と虚無感が漂い好きですねえ。
もし機会があれば、原作をお読みください。

きっと脚本家の方もご苦労されただろうなあ、と想像します。
「木枯し紋次郎」の世界は、だれでも創れるというものではないということを痛感します。

  • 20100417
  • お夕 ♦wikz35BA
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