紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)
(放映1973.3.3)
この作品は全くのテレビ用のオリジナルである。表題はいかにも笹沢作品である。「中山峠に地獄を見た」という笹沢作品があるが、本当にややこしい。
笹沢氏が監修しているということで、「九頭竜に折鶴は散った」と同じく原作はない。
「九頭竜に……」は、福井テレビからタイアップしたいという希望があったから……という経緯があるが、こちらはなぜ?
原作が底をついた感がある。この回以後の作品はあと四話。

第37話「冥土の花嫁を討て」に至っては、1月下旬に「小説現代」に掲載され、放送が3月下旬という一番スレスレの状態である。
翻案するにも他作品が見あたらなかったようである。それならば、いっそのことということで作られたのではないだろうか。
脚本は菊島隆三氏。「女郎蜘蛛が泥に這う」の脚本も手がけておられる。

名主の喜右衛門の嫁、さと役に「市原悦子」女史。本シリーズでは「見かえり峠の落日」以来2作目である。市原女史と中村氏は同じ俳優座に所属していたが「はんらん狂騒曲」上演と共に俳優座を脱退する。いわゆる同志の関係である。
名主のご新造さまということもあり、上品な着物である。「見かえり峠……」では、出戻り娘(?)の役で妹の祝言に向けてなにかと采配をふるうしっかり者。今回は母親役である。眉を落としお歯黒という当時の風習通りであるが、それだけに何かしら表情にとらえどころがなく不気味。

名主の喜右衛門の屋敷から怪しい渡世人が出てきて、匕首を門口のお札に突き立てるところから話が始まる。何やら不穏な出だしである。
近在を通りかかった一人の渡世人が理由もわからず殺され、所持していた煙草入れと火打ち袋を盗られる。たまたま通りがかった紋次郎に、煙草入れを盗られたことを告げ、息絶える渡世人。
最期の言葉は、「渡世人はいつかどこかで、こんな目に遭うんだねぇ。」
紋次郎はその言葉をかみしめるように聞き、楊枝を吹き鳴らす。憂いのある横顔には、野垂れ死んだ渡世人と我が身を重ねるかのような風情が漂う。

喜右衛門からの依頼で渡世人を殺したヤクザの音松は、その褒美として十手を預かる。
「二足草鞋」の説明が、芥川氏のナレーションで入る。「二足草鞋」が登場するのは「見かえり峠の……」と
今回で2回目。
「同じ穴の狢」を使って、犯罪者を取り締まるというものであったが、罪を見逃す代わりに金を無心したり、罪もない者をしょっ引いたり、と「二足草鞋」は民衆からは嫌われていた。もちろん紋次郎も嫌っている。

名主の邸宅はいつもながら、しつらえが重厚である。台所で使用人の老婆が居眠りをしているが、この婆さん「九頭竜に……」の小春が身請けされ、店を後にするとき見送った婆さん。
竈で煙草入れと火打ち石袋を燃やす、さと。このセットは「錦絵は……」でも使われていたかもしれない。立派な仏壇も見える。

紋次郎は煮売り屋でほうとうを食べ終え店を出たところ、音松たちに囲まれる。渡世人殺しの下手人だと言われるが、言い訳は通用するはずもなく紋次郎は応戦する。
音松は紋次郎に、罪をかぶせようとしている。明らかに十手風を吹かすということだ。

名主の娘「加代」は祝言を控えているが、実は作男の定吉と恋仲であり、忍ぶ恋という設定。その加代は定吉と参拝に行く途中何者かにさらわれる。さらったのはアバンタイトルに出てきた渡世人らしい。殺された渡世人は人違いをされたようである。

加代はその渡世人から、我が身の呪われた出生の経緯を知らされ愕然とする。自分は父親が女中のお町に生ませた娘であること。その時、母親であるさとも手を貸したということ。
お町は手切れ金を渡され、里帰りした三日後に死んだこと。

第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

呪われた出生と言えば「女人講の……」を思い出す。ただ「女人講の……」は招かれざる客だったが今回の加代は招かれた客である。
後継ぎが必要とされる名主の家柄であるから、子どもを授からないというのは大きな問題であるがひどい話である。

加代をさらった渡世人佐太郎は、脅迫文を送りつける。音松は殺した相手が人違いだったことを知り、焦る。喜右衛門は苦しいときの神頼み。神様もこんなときばかり担ぎ出されるのも迷惑な話だ。

加代がさらわれて押し込められた木こり小屋に、紋次郎は偶然たどり着く。佐太郎が殺された渡世人と同じ煙草入れを持っているのを見て、紋次郎は立ちはだかり問い詰める。
普通なら、娘を助けるという行為が優先されるのだが、紋次郎は違う。理由もなく、後ろから襲われた渡世人の方に、思い入れがあるのだ。
「自分じゃない、音松が殺した」と明かして、佐太郎は加代につかみかかる。
娘とは関わりがないとは言ったが、紋次郎は佐太郎を制止する。いくら何でも娘を見捨てることはやはりできない紋次郎に視聴者はほっとする。

佐太郎は紋次郎に斬りつける。降りかかった火の粉は払わねばならず、紋次郎は佐太郎を殺し、結果的に加代を助けることになる。
紋次郎はこの後尋ねられもしないのに「上州生まれの、紋次郎と申しやす。」と自分から名乗る。およそ紋次郎らしからぬところである。
その上、「斬るつもりはありやせんでした。」なんでそんな言い訳じみた言葉を口にするのだろう?この台詞にも紋次郎らしからぬところがある。

これも普通なら、加代を家まで送り届けるのが筋だろうが、紋次郎はこのまま去ろうとする。あてはないが、この土地から離れるだけと答える。「二足草鞋」が自分を追っているという厄介さから逃れるためである。「二足草鞋」がどれほど理不尽で執念深いかを、紋次郎は経験上よく知っている。

加代は自分の出生にショックを受け、「家に帰りたくない、このまま私をどこかに連れ出してほしい」と紋次郎に頼む。紋次郎でなくても言うだろう……「お断り致しやす。」
この展開は「錦絵は十五夜に……」とよく似ている。自分の境遇を恨み、どこか誰も知らないところに連れて行ってほしい……誰が考えても夢物語である。

やはり加代は純で世間知らずなお嬢様だ。自分をさらった佐太郎と同類の渡世人に頼むようなことだろうか。
それとも短時間に紋次郎の人格を加代は読み取ったか?

「あっしには関わりねえこって、御免なすって。」紋次郎は加代を置いて足早に去る。

加代は小走りでついてくるが、歩をゆるめることなく進む紋次郎。しかし後ろの気配がなくなったことを感じ取り、踵を返す。関わりないと言いながらも、やはり気にしているのだ。
うずくまって泣く加代に「家に帰るのが分別ってもんでござんすよ。」と諭す紋次郎に、大人の男の優しさを感じる。

「放っておいて、自分の好きなようにするから。」の答えに、紋次郎はまた先を進みかけるが、再び後ろを振り返る。虫の知らせか、さっき別れた場所に駆け戻ると加代の姿がない。
加代は崖から身投げをしたのだ。
紋次郎は急いで崖を駆け降り、加代を助ける。このあたりは「見かえり峠の……」と全く同じシチュエーション。

急な崖を降りるシーンは、ファンとしてはヒヤヒヤするものだ。
草鞋がけの足もとで、尖った石や木の根などが覆う崖を一気に降りるのだから、危険が伴うはずだ。踏ん張る脚力と
バランス感覚、そして何より勇気が必要だろう。
(後編に続く)

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Re: 第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

じっくり読ませていただきました。
市原悦子さんが出演した映像は観たいものですね。

不条理と渡世人の世界、そして現世でも存在するでっちあげは脈々とつづいているわけですね。

紋次郎らしからぬふるまいの連続も面白いです。
ところが最後の思わぬ展開にひきつけられてしまいました。

Re: 第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

市原悦子さんは、さすがに存在感があります。
眉毛を落とし、お歯黒という当時を再現した姿は、紋次郎シリーズでは今回だけだと思います。
ちょっと現代感覚からすると、ビックリしますね。

「二足草鞋」については、あまり良くない印象を受けますね。
当時の警察権力では、こういうやり方でもしないと成り立たなかったんでしょう。

「安東文吉」という大親分も「二足草鞋」でしたが、なかなかの実力者で、ヤクザ間のけんかの仲裁には定評があったようです。
しかし今回の音松は、いただけません。

  • 20100430
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

「二束の草鞋」なんと汚いことに思えることか、しかし現代でも、「羊頭狗肉」は常識の世界です。しがらみのない紋次郎さんで無ければ、義理、人情は育たないものでしょうかね~^^
良く調べられ,咀嚼し自己の感情を移入しながら表現する作業の大変さは感銘至極です。!頑張ってください。!!☆

  • 20100502
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

鷹虎さま、畏れ入ります。

当時は「無宿人狩り」もあり、何もしていなくても疑われたり捕縛されたりでしたので、一番関わりたくない輩でしょうね。

いつもおいでいただいているようで、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

  • 20100502
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

「急な崖を降りるシーン」
じつは、私が大好きなシーンです。このシーンを、当時の中村さんくらいかっこよくこなせる俳優さんは、他にちょっと思い出せません。
この手のシーンは、市川監督は結構好きだったようで、横溝正史シリーズでは、主役の石坂さんが下駄をはいて山の斜面を駆け下りるシーンがあるのですが、中村紋次郎とは、速さ、かっこよさ、スピード、迫力、比較にならない感じでしたね。
中村紋次郎は、崖を駆け上がるのも、駆け降りるのも、本当に早かったです。

中村敦夫さんは、「必殺、うら殺し」でもはだしで石ころだらけの崖を駆け降りていましたが、危険と隣合わせだったと思います。

女優さんの中では、下駄で山の斜面を駆け降りた、第20話「暁の追分に立つ」の渡辺美佐子さんも、相当大変だったのではないかと思いました。石坂さんによれば、下駄をはいて斜面を全力で駆け降りるのは、ものすごく辛いそうです。

  • 20100507
  • 花風鈴 ♦-
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Re: 第34話「和田峠に地獄火を見た」(前編)

花風鈴さま、コメントをいただきうれしいです。
ありがとうございます。

「うら殺し」の初回のシーンですね。
あれには度肝を抜かれました。
それと「天下の敦夫様に、なんてことをさせるんだ!」と、思いましたが多分、ご本人の意思だったんでしょう。
そういう方なんですね。

崖を降りる…私が一番苦手とする行為です。崖どころか、ただの坂道を降りるのでさえあぶなかしい…。
多分相当な頭でっかちのため、重心が高く、不安定なのかと思います。

いつも降りるときには、最悪のことを予想しながらへっぴり腰で降りるので、余計に悲惨なことになります。
その点渡辺美佐子さん、尊敬しますね。

近日中にまた、ある島の山の中を行かなければなりません。
去年もこけましたので、今年は心して行きたいと思います。

  • 20100508
  • お夕 ♦wikz35BA
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