紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第6話 「大江戸の夜を走れ」

第6話 「大江戸の夜を走れ」

第6話 「大江戸の夜を走れ」
(原作 1971.11月) (放映 1972.2.5)
*上の写真は、紋次郎が重兵衛を取り返しに向かうシーンに使われた京都「鳥居本八幡宮」

原作は第9話である。
江戸嫌いの紋次郎が、死罪となる盗人の女房の頼みのため、江戸に足を向ける。紋次郎の江戸嫌いの理由はテレビでは多くを語られない。
市川監督は紋次郎に島抜けの罪人としてのスタートを切らせたくなかったので、島送りになったことは封印してある。
読者は原作での第1話が「赦免花は散った」なので、なぜ江戸が嫌いなのかは周知の通りである。
紋次郎が気乗りしないままに頼みを引き受けたのは、女房(お栄)への同情だけではなく、為吉という罪人に連帯感を覚えたから……と書かれている。
罪人はそれぞれ、そうなるような星の下に生まれて来ており、その境遇がまさに紋次郎の生い立ちと重なる。
そして生に執着している者は人を騙し裏切るだろうが、死を目前にした者は欲も得もなく、その姿に紋次郎は真の人間を感じる。

頼みを引き受け浅草に急ぐ紋次郎について来る謎の女、お小夜役には「安田道代」。粋な感じはするが翳りは感じられず、原作にあるような投げやりな様子はない。駕籠から降りて紋次郎に追いついた後、ヤクザ者と言葉を交わすシーンを入れたことで「ああ、やっぱりこの女は魂胆があるんだな」と視聴者に思わせてしまうのは面白くない。

お小夜の口利きで、大木戸をとがめられずに紋次郎は通り抜けるが、本来江戸市中は長ドスを差して三度笠姿では歩けず、原作では湯屋で着替えており、着流し姿の紋次郎を映像で見たかったファンもいるだろう。
ちなみに内藤新宿の湯屋は、貸し衣裳屋になっていて、正体を隠して宿場女郎を買いに行く男が多かったということだ。笹沢氏はよくそこまで調べ上げたと感服する。

引き回しの最中、紋次郎は緋色の扱き帯を為吉に見せ、為吉から人差し指と薬指を2本立てた合図を受ける。
ここまでの展開は原作とテレビ版では大きく変わらないが、お小夜と紋次郎の絡みがこの後大きく違う。

お小夜の住まいに上がり、為吉の通夜だと誘われるままに紋次郎は酒を飲む。酒に口をつける前に神棚を見上げ、御幣に楊枝を飛ばす。
磔にされ槍で刺されて死んだ為吉の供養のためか……。
お小夜との会話で自分の江戸での苦い過去をほのめかす。ある男と女に騙されて、小伝馬町の牢送りにされたことまでも話す紋次郎だが、その後も酒の勢いか雄弁に語る。為吉からの合図はなかったかとお小夜から尋ねられ、座を立とうと腰を上げる紋次郎にお小夜が「抱いておくれ」とすがりつく。
この後の成り行きがテレビ版と原作では違うのである。

原作も9話となり、連載の評判も上がってくるにつれて男性ファンから「紋次郎が女を抱かないのは不自然だ」という声が聞かれるようになったという。もっともな話であるが笹沢氏は、「紋次郎に見合った安女郎を抱くこともあるだろうが、話の展開上必要がないから書いていないだけ」と言う。
しかしこの9話だけは、紋次郎は女を抱くシーンがある。イメージだけの描写なのだがなかなか風情がある。原作では、江戸の毒気に当てられたような自分を冷たく笑い、為吉のことで神経がささくれていて、女の身体に安息を求めたくなるものと分析している。
いつもの自分の出で立ちではなく、身体の一部とまでも言える長ドスがない。それが一番紋次郎らしからぬ所以である。

テレビ版では誘惑するお小夜に「こんなことをしてたんじゃ、為吉さんの供養にはならねえ」とふりほどく。女性ファンはここでホッと胸をなでおろすところだろう。
ここで紋次郎はお小夜を置いて出れば良かったのだが、お小夜にほだされてこの後も酒を酌み交わし、結局為吉の合図を教えてしまう。

酔いが醒めてから紋次郎は、お小夜の魂胆に気づき江戸の町を駆け抜ける。このあたりは、やはりテレビ版の方が映像的に良いだろう。
三度笠を手で押さえ、白い息を吐きながら夜の江戸の町を駆け抜けるシーンは、緊張感があり映像的にも美しい。
これが原作だと、雪駄履きに裾をからげた着物に丸腰姿……様にならない。やはり、三度笠に長い合羽を翻し疾走してほしい。

原作では、お栄が臥せっている宿に着いた紋次郎は、為吉の幼い倅が死んだことと重兵衛が連れて行かれたことを告げられる。
その後、白狐の源六とお小夜との関係を知る事になる。
「命が惜しかったら、おとなしくしてな」と言う源六に「白狐の源六さん。お言葉ではござんすが、あっしは命を大事とも大切とも思っちゃいねえんですよ」と紋次郎は返す。原作と全く同じセリフだが、実にかっこいい。

第6話 「大江戸の夜を走れ」

*上の写真は同じく「鳥居本八幡宮」の舞殿。テレビ版では白い壁を張りめぐらしている。
美術スタッフの腕の見せ所。

源六一家を全員叩っ斬った後、お小夜に「女を斬るようなドスは持っちゃいねえんだ」と脇をすり抜けて去る紋次郎の背中めがけて、お小夜が襲いかかる。テレビ版では、長ドスを手にして襲いかかるが、原作では何も手にせず身体ごとぶつかりに行く。紋次郎は反射的に長ドスを背後に突き出し、結局女を殺してしまう。
原作では、いまわの際のお小夜が1500両のありかを明かし、これで楽になれるという言葉を残して事切れる。原作、テレビ版共に紋次郎に殺される女、第1号である。殺されるというより自殺行為だったのだが……。

テレビ版では、お栄が1500両のありかに気づくが、原作のお栄は宿で亡くなり、為吉、倅、お栄と二日の間に相次いで死んでいく。
実は、重兵衛が本物の十六夜の為吉であり、紋次郎は突き殺す。テレビ版では、緋色の扱き帯を重兵衛の首に巻き付け楊枝で白壁に留める。
白壁と緋色のコントラストを映像上狙ったものと考えるが、1話の中で2回、楊枝を飛ばしたことになる。
その後役人によって1500両が床下から見つけられ、お栄と倅は元気になり故郷に帰って行くのを見送る紋次郎……。
お栄は何のために江戸に来たのか?と肩すかしを食らった感じがする。原作ほどの寂寥感はなく、何となく結末がぼやけた感じがする。

原作では甲州街道で浅草に向かう馬の背の荷駄に、楊枝を飛ばし緋色の扱き帯を留める。
「やはり江戸には虚しさしかない」という思いで、扱き帯と共に過去と決別する紋次郎……。
こちらの方がラストにふさわしい。

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この記事へのコメント

Re: 第6話 「大江戸の夜を走れ」

撮影した場所の写真を、この「大江戸」の記事とセットで見たかったので、嬉しいです。

「お言葉ではござんすが、あっしは命を大事とも大切とも思っちゃいねえんですよ」
このセリフ、よく覚えています。
こういうセリフが、まるで芝居がかって聞こえないんですよね。
江戸の夜を疾走する、なんともいえずかっこいい紋次郎の姿は、今も目に浮かびます。

客観的にみると、やっぱりいい俳優さんだったなあ(今さら言うのもなんですが)と思います。

  • 20090424
  • 花風鈴 ♦Xlf.8pIU
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Re: 第6話 「大江戸の夜を走れ」

花風鈴さま、コメントをありがとうございます。
本当にこの場所はステキなところです。紋次郎が、竹林や物陰から姿を現しそうで、今も思い出すとドキドキします。このまま静かに、現状が保存されることを願います。

紋次郎は自分の不始末のカタをつけるため、全力で夜の帳の中を走り抜けます。自己責任を全うする姿に、紋次郎自身の確固たる倫理観が見えます。
かっこいいです。

  • 20090424
  • お夕 ♦wikz35BA
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