紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

(原作 第14話 1972.4月)(放映 1973.3.17)
原作では比較的早い時期に書かれた作品で、本来なら第1シーズンで放映されてもおかしくない。しかし季節的に合わなかったようで、この第2シーズンの雪の季節まで温存されてきた感がする。
話の展開はもとより、雪の風情が気に入っている作品である。前回に続き、雪景色が美しく目に焼き付いてしまう。
原作とテレビ版とはほぼ同じ進行であるが、若干テレビ版の方がふくらみを持たせている印象がある。

ヒロインのお春役には「宇都宮雅代」さん。紋次郎シリーズでは事実上、記念すべき第1作目のヒロインに抜擢された女優さんである。
「地蔵峠の雨に消える」では憂いある人妻役で、紋次郎がポッとなってしまうくらいの美貌の持ち主。
今回は、結婚適齢期を過ぎた寂しげな村娘役である。「地蔵峠の……」では青いアイシャドーが印象的だったが、今回はさすがに村娘なので素顔に近いメーキャップである。素朴な美しさも魅力的である。

オープニングから寂寥感のある雪景色が美しい。

「一夜限りの雪だった。宵の口から降り出して、翌朝日の出前にはやんでいた。気紛れ女の一夜の浮気のように、激しく降ってあっさりと上がった。牡丹雪であった。」

芥川氏の名調子である。原作と同じナレーションだが、実に趣がありしっとりとしている。
「気紛れ女の一夜の浮気のように」……雪の表現でこんなたとえは、読んだことがない。笹沢氏の大人の書きぶりには参ってしまう。

紋次郎は立ち寄った一膳飯屋で、村の者が「昨夜、塩の荷駄から四俵だけ盗まれた」という、うわさ話をしているのを耳にする。
いくらにもならない塩を盗むなんて不思議な話だ、というところから始まり、これが最後にはなるほど……という結末になる。

居酒屋から飛び出してきた男に紋次郎はぶつかり、そのはずみで長ドスの「こじり」が女の腰に当たる。女はうずくまり、幼い男の子が「ねえちゃん!」と叫ぶ。
このときの紋次郎の台詞がまたかっこいい。

「このままでようござんすかい」
「もののはずみというものでござんした。許してやっておくんなさい」

紋次郎はいつもきちんと謝罪する。相手が誰であろうと誠実に謝るところは実に謙虚である。

飛び出して転がった男は宿場人足で、凄みを効かそうとするが、相手が木枯し紋次郎と気づくと怖じ気づく。
紋次郎は歩き出すのだが、女が気になり振り返る。
ここがまた紋次郎らしい。
「このままでようござんすかい」と念を押したが、やはり気になるのだ。
うずくまったままの女を目にした紋次郎は、少し逡巡するが引き返し、女の前にしゃがみ背を向ける。

この後の紋次郎の台詞がまた痺れる。
「遠慮はしねえで、おくんなさい。あっしに関わりのねえことなら、こんな真似は致しやせん」
「手めえの不始末に、カタをつけるだけでござんす。さあ……」

私も含めて、女性ファンなら誰もが紋次郎に背負われることを夢見る。
あの肩幅があり頼もしい広い背中に、自分の体を預けることができるのなら、骨の一本や二本、折れたっていい……と思うほどである。(少し大げさですが)

紋次郎は、自分に関わりがないことについては、「あっしには関わりのねえことで……」と足早に去っていく。
しかしひとたび、自分のために何か事が起こったときは、律儀なほどに関わり、自分の得心のいくまでやり遂げる。
「あっしには関わりのねえこって」の台詞が一人歩きして、薄情で利己的なように一般では思われていた紋次郎だが、それについては絶対に違うと声を大にして言いたい。

紋次郎は軽々と女を背負い、いつもと変わらない速さで歩く。実に頼もしい。
秀坊と呼ばれた子どもが、またかわいらしい。黒目がちの大きな目で、色白の愛くるしい子役である。今までに子役は何人か出てきているが、この子はどこか垢抜けた感じがする。
原作には「色が白く、目がパッチリと大きかった。京雛のような顔で、愛らしかった。」と書かれており、イメージそのままである。

第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

居酒屋から宿場人足たちが顔を出し、女を背負っていく紋次郎を見てあざけり笑う。
「あれが紋次郎かい、ざまぁねぇや!」
その内の一人はさっきの男、留造。「山谷初男」氏である。
随分昔、京都の「宵々山コンサート」で山谷さんの「秋田音頭」を聴いたことがある。秋田弁がぴったりの風貌で、土のにおいがする庶民的な役者さんで、とても楽しいコンサートだった。
もう一人はおなじみの顔「山本一郎」氏。何度目の出演だろう。もしかしたら紋次郎シリーズでは最多出演かもしれない。
このお二人、どう見ても根っからの悪人には見えない。

女は「お春」という名前で、紋次郎の背中で身の上を話す。語り口は原作とほとんど同じである。
紋次郎は、秀坊が母親をなくしていることを言い当て「自分にも身に覚えがある」と話す。明らかに自分の生い立ちと重ねている。

原作にはない台詞
「母親をなくした子どもって、やっぱりわかりますかねぇ。あんなになついているようでも……」
と、寂しそうに口にするお春に、
「気にしないでおくんなせぇ」
と紋次郎が答える。自分とよく似た境遇である秀坊だから、紋次郎はよくわかるのである。

秀坊はお春の姉の子であるが、正式に夫婦にもなっていないのに生まれた子どもである。父となる男は行方をくらまし、秀坊の母親は産後の肥立ちが悪く死んでしまった。
それが不憫で、お春は母親代わりをしている。
村でのお春一家に対しての風当たりは強そうである。封建的な村人にとっては、ふしだらな家だと映るのであろう。

雪の中、紋次郎の前を遮るようにはしゃぐ秀坊をたしなめるお春に、紋次郎は珍しく自分からしゃべる。
「放っておきなせぇ。親のない子は人目につくことをしたがるもんだ」
「旅人さんもそうでした?……気に障ったらごめんなさい」
このあたりの台詞も原作にはない。

親のない子だけではない。寂しい思いをする子はよく目立ったことや、人を困らせることをする。いわゆる「注目反応」と呼ばれるもので、総じて「構ってもらいたい」のである。
叱られてもいいのだ。それさえも、自分に意識が向いている証だと思ってしまうのだ。今の世の中、このタイプの子どもが実に多いように思われる。

テレビ版での秀坊は、紋次郎によく話しかける。そして紋次郎も口数少ないがそれに答えている。
しかし原作の紋次郎は、秀坊が笑いかけても愛想の一つもなく無表情である。
紋次郎は小さい子どもは苦手である。苦手というか、深く関わってしまうと思い入れが強くなるに違いないので、あえて敬遠している。
思い入れが強くなるというのは、やはり自分の生い立ちのトラウマからくるものだろう。

雪の中、お春を背負って歩く紋次郎の背景は水墨画のような雪景色である。
背景をうまくぼかし、近景と遠景とのコントラストをつけている。
雪の中、何もなく誰もいない。三人の姿だけがポツンと見える。

武石村に着き、雪燈籠が並ぶ。この光景は屋外セットである。
「おいら一人で作ったんだ。おいらの雪燈籠だ」と、秀坊は自分の雪燈籠を見せる。
父なし子は白眼視され、子どもの世界でも仲間はずれにされるのだと、お春は言う。

「おめぇさん、あの子の母親で終わるつもりですかい」
「さあ、わかりません。姉が姉なら妹もと思い込むのが世間の目ですから……」(テレビ版より)

紋次郎が、女の行く末を尋ねるということは性格上珍しいことだが、テレビ版では台詞に入れないと説明がなされないので敢えて入れたのだろう。(中編に続く)

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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

今年読んだはずなのですが何巻目のどんな内容だか忘れていましたが思い出しました。
紋次郎は本当は優しいんですよねぇ…。

  • 20100601
  • マメオ ♦mQop/nM.
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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

マメオさま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎の本来の姿は、決して利己的ではありませんし、人一倍心優しく律儀な人格者だと思います。
ただ、生まれ落ちた境遇があまりにも悲惨だった、ということです。
そうならざるを得なかったというか……。

でもその優しさが時々チラッと見えるんですね。
そこがたまらなく魅力的なんです。

  • 20100601
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

久しぶりに読みに参りましたら、今日は全く違ったタッチ。

ニヒリストにも思える紋次郎の「情」がふんだんに出ていていいですね~。

うまいもんです!

Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

女の情念、幼子の健気さ、紋次郎の幼少時の記憶、残酷な親子の宿命……。

シリーズ中、屈指の無常観漂う作品だと思います。

雪燈籠の情景が、心象風景として心に残ります。
雪景色を見る度に、私はこの作品を思い出し切なくなります。

  • 20100604
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

お久ー、です。
また紋次郎さんに会いに着ました。
宇都宮雅代さんは魅力的な女優さんでしたねっ、今はどうなさってるのかしら?・・・
こちらの深夜劇場で昔よく彼女の美しい裸体がみれる『刺青』?という映画があってまして、確か主演は若山富三郎で入墨師で役で女性のあの瞬間に肌に彫る観音様というものでありました。お相手が当時若い京極??(名前が思い出せまへん)という俳優でした。

記事と関係ない変なコメントになりすんまへん・・・

  • 20100606
  • ヘルブラウ ♦pDmV/urE
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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(前編)

ヘルブラウさま、コメントをいただきありがとうございます。

宇都宮さんは、女の情念がこもった演技がお上手な女優さんですね。
今も女優業で、がんばっておられるようです。

市川監督が選ばれただけあって、本当に憂いのある美しい方です。
出演当時は24~25歳……今の女優さんに比べると、ずっと成熟した女性といった感じですね。
紋次郎シリーズでの役柄は、ピッタリだったと思います。
そんな彼女も62歳……時が経つ早さを感じます。

  • 20100607
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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