紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)
(原作 第14話 1972.4月)(放映 1973.3.17)
お春の家はロケ地での家屋であろう。茅葺きの屋根の向こうにうっすらと雪をかぶった山が見える。
お春の母親が煎餅布団にくるまって寝ており、手前には糸車の黒いシルエット。向こうはすすけた障子紙の障子。
百姓家のリアルさは、美術さんの凝った仕事ぶりである。雪明かりとも言えるうっすらとした外光、障子にお春の影が映る。

お春の母親、お鹿婆は紋次郎に礼を言い、「泊まっていけ」と勧める。
「折角のお言葉ですが、アテのねえ旅でも急がずにはいられねえ性分でして……」
紋次郎らしい台詞である。お春は一言も泊まってほしいとは言わないが、何かもの言いたげな風情ではある。

その時秀坊が紋次郎に紙切れを持って来る。
「命をもらい受ける。今夜にでも、そこを襲うから覚悟しやがれ。金の字」
という文言が目に入る。紋次郎は一読しただけで紙切れを丸める。
紋次郎は字が読める……以前から字を読むシーンはあったが、比較的長文を素早く読める能力を備えている。
謎の渡世人の影がチラリと見える。これで2回目。

珍しく芥川さんのナレーションで紋次郎の胸の内が説明される。
「全く身に覚えがないことで、金の字というのにも心当たりがない。今夜にでも襲われたらお春や秀坊に迷惑がかかるから、家を辞した。」という内容である。
「やはり、一か所にのんびりと留まってはいられないのが、渡世人の宿命であった。」という、フレーズで締めくくっているのは原作通り。
わかってはいるが、漂流せざるを得ない紋次郎を表していて切ない。

雪燈籠に灯が灯っていて美しい。しかし秀坊の燈籠には灯りがない。
テレビ版の紋次郎は、雪燈籠を目にして自分が幼い時をふと思い出す。ちょうど秀坊ぐらいの5歳頃か……。紋次郎の知られざる、幼少時の貴重な映像である。
「お姉ちゃーん。」と雪の中、叫ぶ幼い紋次郎の姿。姉、お光の思い出をたぐり寄せているのか。
子役の顔は切れ長の目で、紋次郎にどこか似通っている気はする。

「紋次郎に、雪燈籠を作った経験はなかった。それでも、こうした雪燈籠を見ると、子どもの頃のことを振り返ってみたくなる。だが、思い出など、一つも残ってはいなかった。
忘れたいことばかりだから、過去のない渡世人であるのだと紋次郎はふと自嘲した。」(原作より抜粋)

原作には、お光についてのことは触れられてはいないが、テレビ版ではかなり比重をかけている。テレビ版での紋次郎の思い出は、必ずと言っていいほどお光と絡めてある。
間引かれ損ねたという事実を兄から聞かされ、口をきかない子どもとなり、お光が死んだと聞かされた十歳に、故郷を捨てた紋次郎である。お光との思い出はほんのわずかだっただろうが、紋次郎にとっては幸せな時期だったのかも知れない。

「父なし子でも、母親がいなくても、誰にも相手にされなくても、たったひとりで雪燈籠を作らなければならなかったとしても、いまの秀坊でいられればそれでいい。あとになって思い出すことが一つでもあれば、それが生き甲斐のタシになる。」(原作より抜粋)

「いまの秀坊でいられればいい」……ささやかな希望といえるが、それさえも哀しく叶えられないとは、その時の紋次郎は知る由もない。

テレビ版では、お春の家の様子が映し出される。秀坊が何かと紋次郎のことを尋ね、興味を持っている様子。
口では引き留めたお鹿婆だが、「渡世人には、関わらない方がいい。」と言う。村の者から差別されている者が、また他の者を差別する構図が見られる。

秀坊がお春に「渡世人ってなあに?」と尋ねる。「旅の人のことよ。」と答えるお春。
「どうして関わらない方がいいの?」との問いに
寂しそうに答えるお春が印象的である。
「行ってしまう人だからよ。」
お春の切ない気持ちを表しているようだが、これはどうなんだろう。お春は紋次郎に、心を動かされたとみなすべきか?

少なくともお春は、男性に背負われたのは生まれて初めてだろう。(いや、そういう私も未だこのかた、一度もない)
初めて出会った男性であっても、優しくされ背負われて……
それも男っぽい紋次郎の広い背中である……ポーッとなるのも当然だろう。紋次郎に恋する……というより、異性に胸ときめかすといった感じだろうか。
原作にはお春や秀坊の会話はなく、淡々と話は進行する。原作よりテレビ版は、お春の女心に含みを持たせてある。

そんな折りに「夜明け前にちんじゅの社で待つ」と書かれた付け文が、お春の許に届く。さっき紋次郎のところに、付け文が来たところなのにまた続けて?と思うが、これはテレビ版だけで、原作では既に若い男とお春は逢い引きする手はずが整っているという設定である。

第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

テレビ版では、背負われた紋次郎の首筋から肩にかけての後ろ姿をお春は思い出している。ということは、あの付け文は紋次郎から……とお春は錯覚しているということになる。
原作を知っている者としては、「ああ、なんて罪作りな設定に変えてあるんだ?」と思ってしまう。
原作では、紋次郎にお春は反応していない。

紋次郎は一晩野宿しようとしている処で、お春をたぶらかそうとしている若い男たちの話を聞いてしまう。
「姉も姉なら……」と話す二人の若い男たちの声にいたたまれなくなったか、紋次郎はその場を離れる。
お春が騙されるとわかっていながら、紋次郎は関わらない。これは、原作通りである。テレビを観ている者は、薄情だと感じるだろう。

「お春は別に淫乱な女ではないと、歩きながら紋次郎は思った。ただ、焦っているだけなのだ。何とかして、縁付きたいのである。そのためには、多少の欠点がある男でも、あえて身を任せてもいいと思っているのだろう。縁談は、一つもない。二十をすぎて、一つ一つ年をとって行く。それが、何よりもやりきれないのだ。
女にとっては、寂しいことなのに違いない。だからこそ、焦った挙句に騙されるのであった。明日の夜明け前、弄ぶつもりの若者にお春は抱かれるのだ。お春には気の毒だが、なるようにしかならないのである。それに、紋次郎の知ったことではなかった。」(原作より抜粋)

一読すると冷たい紋次郎であるが、「なるようにしかならない」のは事実である。たまたまその場に居合わせて、期せずして耳にしてしまっただけである。
ここで紋次郎が、この男たちに意見したとしても、お春の将来まで保証はできない。お春の許にとって返し「誘いに乗るな」と知らせたとして、その場だけのことでお春の行く末まで見届けるはずもない。

以前「童唄を雨に流せ」では、おまんにいくらかの金を渡したが、結局おまんは自殺、赤子は道連れだった。紋次郎は、安易なその場限りの情けをかけた自分に腹を立てる。
「木枯しに消えた」では、苦界に身を沈めたお志乃の姿を、遠くからそっと見るつもりだけで足を運んだ。
紋次郎はその場だけの無責任な情けをかけ、自己満足して立ち去ることはよしとしないのだ。

紋次郎は野宿することはやめ、昼間酔っぱらいの宿場人足が飛び出してきた居酒屋に入る。居酒屋には大勢の男たちが酔っぱらって声高にしゃべっている。塩が盗まれた話や儲け話などで盛り上がっていたが、紋次郎の存在に気づいて気まずい雰囲気でぞろぞろ店を出て行く。その中に昼間の宿場人足、留造も混じっている。
紋次郎は店の主人に、一晩、店で過ごさせてほしいと有り金全部を渡す。

眠りについた紋次郎の前に現れたのは「金の字」らしい渡世人。
「死んでもらうぜ。」と言うわりに、あっさり姿を消してしまう。
紋次郎やお春の様子を、陰から覗っていた謎の渡世人が「金の字」?

その後「金の字」と居酒屋にいた男が密談している。
「荷物を、お鹿婆のところに運ぶんだ。」
「合点だ。」
やはり荷物というのは盗まれた塩のことか?

店の中で紋次郎は考える。
「狙いはおれじゃねえ。」
お鹿婆、お春、秀坊の顔が浮かぶ。そのとたん、もう紋次郎は立ち上がって店を後にしている。
原作では紋次郎の心の動きが詳細に描かれている。

「《余計な世話を、焼くんじゃねえ》
紋次郎は、そう呟いた。いつもの自分では、ないみたいだった。何かが、気になっているのだ。(中略)秀坊のことは、あのままそっとしておいてやりたい。
紋次郎は、そのことにひどくこだわっていた。秀坊は、不幸な子どもであった。紋次郎の場合とは、意味も違うし形も別だった。しかし、不幸であるという点では、共通しているのである。
紋次郎は秀坊の姿に、幼い頃の残影を見出したのであった。
《関わりのねえことに、脇目を振るのが嫌いな性分だったはずだぜ》」
(原作より抜粋)

塩を担いだ人足たちと「金の字」、秀坊の家に急ぐ紋次郎、家を抜け出して社に向かうお春。それぞれが悲劇に向かって動き出す。(後編に続く)

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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

お邪魔いたしやす。

話の筋は知ってても、お夕さんの解説には
ワクワクしますね。
さあて次はどうなる。後編を楽しみにしておりやす。

Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

初めてコメントさせていただきます。
紋次郎ファンには、とっても楽しいホームページ、ありがとうございます!
お夕さんの文章は洞察力があって、原作を読んでいる者でも、物語を更に深く読み込む機会をいただいています。
他にコメントを寄せていらっしゃる紋次郎ファンの方々の、知識や感性も素晴らしいですね。
これからも、お夕さんの紋次郎気質を楽しみにしています。

  • 20100602
  • 百合子 ♦-
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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

桐風庵の兄ぃ、コメントをいただきありがとうございやす。

この後の展開はシリーズの中でも、やりきれないランク(苦笑)の上位にくると思います。

幼子の出てくる話は、本当に胸が詰まるものがありますね。
今回の紋次郎の怒りは、相当のもんです。

またよければ、草鞋を脱いでおくんなせぇ。

  • 20100602
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

百合子さま、初めまして。
よくおいでいただきました。

守備範囲の狭いブログですが、いろんな方と交流ができうれしく思っています。

コメントをいただくと励みになり、読んでくださる方には感謝の気持ちでいっぱいです。

つたない文章ですが、これからもおいでいただけるとうれしいです。

今後もご縁を大切にしたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

  • 20100602
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

紋次郎って実は人情に厚い侠客だったのですね~ニヒルな男ですが、生まれ。育ちに恵まれない人間には、一際、関心を見せるところが、優しい性根の持ち主だったことを物語っていますね~^^☆

  • 20100603
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎は「いちいち関わっていたら、いくら命があっても足りねぇ。」と思っています。
しかし、敢えてそう自分に言いきかせているということは、そうじゃない本来の自分に気づいているからだと思います。

本来の自分は、鷹虎さんがおっしゃる通り「優しい性根」の持ち主なんですね。
このことは、やはりたくさん原作やドラマに触れないとわからないことだと思います。

  • 20100603
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

このページは惹きつけられました。
後編が楽しみです。
私は物語では人の微妙に動く心の内を描いたものが好きです。

Re: 第36話「雪燈籠に血が燃えた」(中編)

小父貴さま、いつもおいでいただきありがとうございます。

この作品での紋次郎は、いつになく余計な世話を焼きますが、やはり誰をも救えません。
あんなに腕が立つ渡世人であっても、宿命の前では全く無力であるということでしょうか。

後編をまとめるのも、結構辛いものがあります。

  • 20100604
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
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