紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)
(原作 第28話 1973.1月下旬)(放映 1973.3.24)
酒が切れた伯楽の卯兵衛は、妙心が飛び降りたことにショックを受けたか、「死にたくない!」と恐怖におののき、泣き出す始末。お時はそんな卯兵衛を罵り「お前がこんな所に連れてきたせいだ!」と髪を振り乱しつかみかかる。
「ちきしょう!もう、我慢できないよ!」と最後は卯兵衛の道中差しを取り上げ、卯兵衛を刺す。卯兵衛はよろけてお時に覆い被さり、お時はそのはずみで窓から崖に墜ちる。
原作もお時が卯兵衛を刺し、二人ともよろけて柵に当たり体が水中にフワッと浮く。同時にそのまま二人は濁流に運ばれて、姿を消す。
原作の設定の方が、ジワジワと迫り来る恐怖感が強い。

極限状態になった人間の弱さを密室劇で見せる手法である。こういう場合、大体一人減り二人減り……と、どんどん誰かが死んでゆく。
紋次郎シリーズでの第一作目、「赦免花は散った」では、三宅島から紋次郎たちは島抜けをするが、舟の上で殺し合いが始まる。これも密室劇であった。

残った人間は紋次郎の他に二人。しかし、紋次郎が屋根裏から階下に戻ってきた時、既に征之進は死んでいた。喉を脇差しで突いて自害したと見える。
しかし、どう考えても征之進が喉を突いて自害するはずはない。女ならわかるが、武士は切腹のはずである。紋次郎でなくても視聴者はお咲を疑うだろう。
しかし原作はよく考えられていて、水位が上がり屋根と岩盤の間に身を潜めていたため、切腹するスペースがなかったという設定。これなら、説得力はある。

お咲は征之進の死体が目の前にあるのに、「お腹が減った、もうだめ動けません」と放心状態。
この期に及んでお腹が減ったか、さすが女は強かだなあと思う。

夜は明けていて、雪もやんでいた。
紋次郎は征之進の胸の上にあった扇子を懐に入れると、窓から屋根を上り雪の急斜面を登っていく。お咲には助けの手一つ貸さない。

画面いっぱいに広がる雪山は圧巻である。撮影現場はどこだろうか。比較的近いところでは、滋賀県の比良山系あたりか。
真っ白な斜面に鞘の錆朱色がよく引き立つ。紋次郎は長ドスをピッケル代わりにして、何度か滑り落ちそうになりながらも登っていく。その後ろにはお咲が斜面にしがみつくようにして、ついて来る。
「もうだめ動けません」どころか、執念で登ってくる。再度、女は強いと思う。

雪はかなり深く、雪だまりに足を踏み入れると、体が埋もれそうなくらいである。この雪山での撮影は相当大変だったろうと思う。演じる者も撮影スタッフも重労働の上、この寒さである。
また、機材を運ぶ苦労も考えると脚本化の時点で、雨バージョンにするか、雪バージョンにするか葛藤があったのではないだろうか。
恐怖感では雨、視覚的には雪といった感じである。雪中の撮影としては今回で3回連続……さすがにこの回が、一番ハードだったのではないだろうか。

斜面を登りきったとき、左頬に刀傷が見える渡世人とその子分がやって来る。小平太である。
小平太役に「蟹江敬三」氏。現在大河ドラマ「龍馬伝」では、岩崎弥太郎の父親役で個性的な演技で出演されている。
共演された人が今も活躍されていることは、やはりうれしいものがある。

ご子息は蟹江一平さん。「劒岳 点の記」に出演するなど、俳優としての実力も発揮中である。
蟹江さんは第1シーズン「六地蔵の影を斬る」で本のチョイ役で出演したが、今回は大分貫禄を増した悪役に昇格。
この後の活躍を考えると、片鱗を窺わせる出演だったわけである。

第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

「土橋征之進は死ぬまであっしと一緒でござんした」
「それ以上は、あっしに関わりねえことでござんすよ」
と紋次郎は言うが、小平太は「生かしちゃおけねえ」と襲ってくる。関わりないと言っているのだから、そのまま見過ごしておけば紋次郎は訴えに出たり、吹聴したりはしない。
しかし決まって、口封じのために殺そうとする。そうなるとまた紋次郎も、無意味な殺生をせざるを得ない。

雪の斜面は新雪のようであるから、撮り直しはせず一発勝負ではないだろうか。
なぜか紋次郎は、敵の喉ばかりを狙って長ドスを振るう。
乱闘の中、お咲が小平太に「あんた!」と叫び小平太はお咲を「お縫!」と呼ぶ。やはりお咲は、征之進の許嫁の縫だったのだ。

紋次郎と敵は、雪の斜面を何度も滑り落ちながらの殺陣。深い雪に足をとられながらも、斜面を登る中村氏の脚力の強さはさすがである。
小平太の「喉ばかり狙いやがって」の台詞に紋次郎は「お侍も喉を刺されやしたんで」と返す。
やはり紋次郎は、すべて気づいていたのだ。
縫は小平太にかどわかされたどころか、小平太のために武家の身分を捨て、愛する小平太のために征之進を殺したのだ。
やはり、女は怖い、そして強い。

「女を斬るドスは持たねえんで」
紋次郎のいつもの台詞である。

「お侍が探しなすった縫殿は、もう2年前から冥土の花嫁になったようで、同じ縫でも小平太の女房なんかじゃねえ!」
ここで「冥土の花嫁」というタイトルに関わる文言がハッキリと出てくる。

「土橋に何の義理で!」と必死の形相で小平太が訊く。
「何もござんせんよ、あっしにもまだ人の心が少しは残っていただけのことかもしれやせん」

まだ人の心が少しは残っていた……征之進の律儀で一途な思いを、闇討ちのような卑怯なやり方で踏みにじった縫、そしてそれをあっぱれだと言い放った小平太。
紋次郎が何の義理もない他人のためにここまで怒り、喉ばかりを狙うという意思を持つことは珍しい。
紋次郎の行為はいつも報われない。しかし自分が報われないからといって、人が報われなくてもいいとは思っていない。
純粋に生きる人間が報われないことに、紋次郎は怒りを持つ。それが「人の心」なのだ。

小平太は喉を刺され、縫と共に崖から墜ちる。女を斬るドスは持たなかったが、結果的には女も死んだ。純粋な男を裏切った女は、男と命を落とすというパターンである。

紋次郎は懐から、征之進が肌身離さず持っていた扇子を広げ宙に投げ、楊枝を飛ばす。楊枝が刺さった扇子は、ゆっくりと雪に覆われた谷に落ちていく。
名実ともに冥土の花嫁になった縫と、一足早く先立った征之進への手向けか。
しかし冥土でも、この二人は決して巡り会うことはないだろう。

あの密室の中、生き残ったのは紋次郎ただ一人だった。
しかし紋次郎にとっては、「おしめえの日」が一日延びただけのことなのである。どこにいても、死と隣り合わせの身であることには変わりないのだ。
紋次郎にとっては毎日が、『メメント・モリ』(死を想え)であるのだ。
何かにすがるのではなく、自分で考え自分の意思で決断する。自分の心を強く鍛えておかなければ、紋次郎のように「頼れるのは手めえだけでござんす」の境地には至れない。

いつもながら紋次郎の生き様には、学ぶところが大きい。

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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

強烈な展開ですね。
「劒岳 点の記」を観ましたが撮影も決死的だったようですね。

この場面も相当困難な中で撮られたのでしょうか?

紋次郎の信念と持ち前の刀さばきがかっかった「紋次郎アクションシーン」のように映りました。

Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

あの時代にテレビドラマで、雪山でのロケというのは、かなり思い切った制作だったと思います。
加えて、時代劇に特撮(小屋に雪崩が迫るシーンはミニチュアを使用)を取り入れたのも画期的でした。

紋次郎の映像は、やはりロケ地での自然美が魅力ですから、大変だったろうと思います。
朝から夕方までロケ撮影、夜は屋内セットで撮影、とかなりハードだったようです。

役者さんは演技力、ルックス、そして何よりも気力と体力が必要だなあ、と感じました。

どの世界も大変ですね。

  • 20100702
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

>「紋次郎にとっては毎日が、『メメント・モリ』(死を想え)であるのだ。
何かにすがるのではなく、自分で考え自分の意思で決断する。自分の心を強く鍛えておかなければ、紋次郎のように「頼れるのは手めえだけでござんす」の境地には至れない。』<
まさに紋次郎の心意気が見事に描かれています。!他人の助けに救われてさえ、文句を言う今の社会に、厳しく『お叱り』をいわなくちゃいけませんね~お夕さんの筆致は、実に、切れ味があり説得力があります。!
暇を作り、じっくり今一度、読んでみたいと思います。☆!

  • 20100703
  • 荒野鷹虎 ♦-
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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

お夕さん、ご無沙汰致しております。
随分とお達者でおりますでしょうか。

当時は木枯し紋次郎もいよいよ終わってしまうのだなぁ~
という気持ちでこの「冥土の花嫁を討て」を観た記憶が
お夕さんの感慨から甦りました。
三人の女性の役所が物語の視野を広げた意味では
笹沢氏独特のサスペンス感が官能できる作品であると思います。

尼僧役の丘夏子さんには子供心ながらも妙に惹かれるところが
あり「湯煙に月は砕けた」「木枯しの音に消えた」等でも
ポイントとなる役柄をしていました。
「狂女が唄う信州路」でも信州無宿の丈八が抜かずの丈八と
云われる所以になる被害者役でしたし...

それと、蟹江敬三さんの存在感には圧倒されておりました。
70年代のドラマでは、さんざん渡哲也氏や松田優作氏に逮捕
されていましたが、今ではより幅広い役柄と渋さを増した
演技にただただ惹かれるばかりです。

さらに驚くべきは、土橋征之進と紋次郎が後の政界で
扇千景女史を交え国政を憂う立場になるとは思いも
寄りませんでした。

それにしても、最終回の予告編を観た時は
えっ!嵐寛寿郎!服部妙子!と同時に
侘しさ寂しさが胸を打ちました。
まさか「新・木枯し紋次郎」「帰って来た木枯し紋次郎」
で再会出来るとは夢にも想いませんでしたから...

だから、お夕さんの紋次郎気質も永遠不滅ですよ...

  • 20100704
  • 鳴神の伊三郎 ♦d58XZKa6
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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

鷹虎さま、コメントをいただきありがとうございます。
仰るとおり、「してもらって当たり前」と考える人が増えているように思います。

男だから女だから、に関係なく「てめぇのことはてめぇでいたしやす」で、いかないといけませんね。(私も含めて…自戒)

「人に頼る」のは簡単ですが「自分に頼る」ということは本当に難しいですね。
何からも、だれからも「自立」するには、揺るがない、ぶれない強固な自分でいないといけないわけですから……。
一種の精神修養、修行ですね。

  • 20100704
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

伊三郎の兄貴、お久しゅうござんす。
草鞋を脱いでいただき、お礼を申し上げやす。

丘夏子さんの情報ありがとうございます。
「湯煙に……」のお島役は切なかったですね。原作では紋次郎のことを慕っていたという設定でした。
「木枯しの……」は屋号違いのお志乃役。悲しい運命で終わりました。
「狂女が……」では丈八に誤って腕を斬られた母親役でしたかと……(ちょっと記憶が曖昧ですが)どの役も悲運の女でしたね。
「冥土の……」では、存在感のある役を熱演されましたね。

このシリーズに出演されていた方々の、その後は興味深いものがあります。それだけ、長い年月が経ってしまったんですね。
ブラウン管の向こうの人も、こちらの人(視聴者)も、ずいぶん変わってしまいました。

でも変わらないのは、このシリーズのクオリティーの高さだと思います。

当時、最終回の予告編ですら、胸が締めつけられたことを思い出します。
最終回、「上州新田郡三日月村」の筆(キーボード)は今のところ、全く進んでいません。
無理に遠ざけているのかもしれません(笑)。

  • 20100704
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

こんばんは。前編から読ませていただいて、大切なことに幾つも気がつかせてもらいました。
過ぎた出来事を根にもたないこと、他人に何かをしてあげる時に恩着せがましくしないこと、自分に厳しくあること・・・。
自分に厳しく自分だけが頼り、それだけなら他人に冷たいだけの人間になってしまうかもしれないけれど、紋次郎は、人の一途な心や真心も大切に思う心も持っている・・・。
お夕さんの解説を読んでいて、あらためてそのことに気づかせていただきました。
私も一歩でも紋次郎の生き方に近づきたいです!

  • 20100708
  • 百合子 ♦-
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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

百合子さま、コメントをいただきありがとうございます。

私のつたない文章から、ポイントをくみ取っていただきありがとうございます。
私の方こそ、百合子さんの的確なご指摘から、改めて紋次郎の生き様を再認識させていただいています。

紋次郎は、自分が報われるとは微塵も考えていません。それどころか、自分がこの世に生きていることさえ間違っていると思っています。
間引かれ損なった出生のトラウマに重なって、「赦免花は散った」では島抜け時に死んだことになっています。
しかし、「自暴自棄」には絶対になりませんし、自分を見失うこともありません。
そこが凄いところなんですね。

苦境に立たされている人こそ、この作品に触れてほしいと思っています。

  • 20100709
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

私のほうはお久しぶり!ですが、忘れずコメント頂戴して有難うございます。m(_ _)m

お夕さんの書かれる物は本当に迫力ありますね。
画面の前で見ているのと同じくらい、いや、見ていないのに見たと錯覚しちゃうようによくわかります。さすがですね。( ^-^)

紋次郎の初回、「赦免花は散った」ですか?
島から出てくる舟の中・・。
見た記憶がないんですよねえ、残念ながら。

お夕さんのブログで見直す事に致しましょう。
( ^-^)

Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

九子さま、コメントをいただきありがとうございます。

「赦免花は散った」は原作では初回なんですが、テレビ版は作られていません。
菅原文太さんが紋次郎役で、東映が映画化しましたが私は未見です。
説明不足で申し訳ございません。

笹沢さん曰く、男性が好む紋次郎ということで、菅原紋次郎ファンも結構おられます。
骨太な紋次郎という印象を受けますね。

三宅島の噴火に乗じて島抜けするというスケールの大きさですので、やはり映画になるのかなあ、と思います。
それと、市川監督は紋次郎が島抜けしたという設定は好まなかったようです。

この「赦免花は散った」で、お夕という女性が登場するんですね。ここから紋次郎の女に裏切られる遍歴(笑)が始まるわけです。

私は絶対に、紋次郎さんを裏切りませんけどね(笑)。

  • 20100720
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
  • 編集 ]
冥土の花嫁を討て

お友さんこんばんは 今日原作読みました。テレビでは大雪による遭難だったのに原作は大雨によるものだったので最初のうちは違う話かと思っていました。それにしてもかどわかされたと思っていたお縫が仇の小平太といい仲になっていてしかもそのお縫によって殺されてしまうとは…まさに笹沢サスペンス劇場ですね。人と関わりを持たない紋次郎があっしにもまだ人の心が残っていたようでと言って自分から斬りかかって行ったのも以外でした。小平太役の蟹江敬三さんも今年亡くなってしまい寂しいですね。

  • 20141022
  • ボバチャン ♦-
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  • 編集 ]
Re: 第37話「冥土の花嫁を討て」(後編)

ボバチャンさま、コメントをいただきありがとうございます。

季節的に大雪という設定にしたようですが、わずか一日であんなに降るのかなあ、と思います(笑)。山の麓ではチラチラ雪が舞っていましたが……。

お縫さんの悪女ぶりも凄かったですね。それを樫山さんが演じるというのも、意外性があって面白かったです。

蟹江さん……鬼平犯科帳の粂八は、はまり役でした。人柄が良く、味のある俳優さんでしたので、本当に残念です。

共演されている方が、今も第一線で活躍されていると、嬉しいですね。

  • 20141023
  • お夕 ♦wikz35BA
  • URL
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