紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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日々紋次郎「一里塚」

紋次郎の影を追う「一里塚」

日々紋次郎「一里塚」
*中山道 守山市今宿町 一里塚の榎

「門松は、冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」
一休和尚が詠みなすったということで。なるほど……一里塚の使い方には敬服いたしやす。

「一里塚」とくれば、紋次郎ファンは「一里塚に風を断つ」でござんすねえ。
江戸より八十里の中山道、「神戸」の一里塚で、紋次郎兄貴は清五郎の身内たちと死闘を繰り広げやす。

「紋次郎は、一里塚の上に駆けのぼった。太い榎の幹を、背中にしょった。大手を広げて空を支えているような梢が、風に逆らって唸り続けている。」(原作より抜粋)

紋次郎の影を追う「一里塚」

紋次郎の影を追う「一里塚」
*中山道 琵琶峠 八瀬沢一里塚

学生の頃、一里は約4キロメートルである……なんてことを覚えさせられやした。もっともそれくらいで、概要すら知らなかったんでござんすが……。
最近は紋次郎兄貴を追っかけておりやすんで、なにかと興味がわいてきやす。

近世の一里塚の起源は、信長、秀吉あたりかと言われておりやすが、本格的に整備されやしたのはやはり江戸時代でござんす。
日本橋を起点にして慶長9年(1604年)、江戸幕府が築かせやした。
一里塚の役目は、旅人が道中先までの距離や現在位置を知るためのものでござんすが、それだけではなかったようで……。
馬や駕籠、人足の賃金を決める目安にもなったということでござんす。
今は宅地造成や道路拡張のため、残っているものはわずかで、状態良く残っているものは国の史跡に指定されておりやす。
一里塚は原則として街道の両側にあり、五間(約9メートル)四方、高さ1丈(約1.7メートル)に土盛をして、木が植えられておりやす。

紋次郎の影を追う「一里塚」
*中山道 細久手宿近くの奥之田一里塚

あっしも今までにいくつか一里塚を訪れやしたが、土盛りをした丘は想像以上に大きいもんでござんした。完全に保存されているものには残念ながらお目にかかってはおりやせん。
しかし、これだけの規模のものが、4キロメートルごとに街道の両方に作られていたとは、やはり驚きでござんす。

紋次郎の影を追う「一里塚」

紋次郎の影を追う「一里塚」
*中山道 十曲峠近く立場茶屋跡の新茶屋一里塚

天保末年の調査では東海道や中山道では80%以上存在しておりやしたが、甲州街道となると65%と下がりやす。
しかしながら日光道中や日光御成道となるとほとんど完備……将軍の日光参りのためということでござんす。
さすが将軍様の息がかかると、街道も整備されやす。現代も似ているようで……。

木の種類は榎が55%、松が27%、杉が8%だったということでござんす。桜・栗・槻・椋・檜・樫なども4~8本、竹・梅・桃も2本ずつ、桑・柊・漆なども1本ずつあるということでござんすが、よく調べなすったもんで……。
一番多かった榎は枝を大きく広げやすんで、旅人は涼がとれ、秋には黄色い実がなり飢えをしのいだとも言いやす。
日光道中は杉が一番多かったようで……杉並木は有名でござんしたからねえ。

紋次郎の影を追う「一里塚」

紋次郎の影を追う「一里塚」
*信州追分宿の常夜灯

他には道標として、「~まであと何里」、「右~、左~」などが記されたものは全国各地に見られやす。
追分、交叉路、峠など、みなさんの周りにも一つや二つはあるんじゃねえんですかい。
今残っているのは石造りの角柱状のものでござんすが、地蔵様の台座や常夜灯、燈籠に記されているものもござんす。

紋次郎の影を追う「一里塚」

紋次郎の影を追う「一里塚」
*紋次郎が街道にいた頃の常夜灯

今のご時世ではナビゲーションなる代物がありやすが、当時の旅人にとってはどちらも頼りになる大切なものだったんでござんしょうねえ。
昔の旅人を何人も見送った物言わぬ証人……今はもう、お役御免となりやしたが、やはりその地で保存していただきたいもんでござんす。

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この記事へのコメント

Re: 日々紋次郎「一里塚」

ほ~、こんな立派な一里塚が残っているのですか?
かつ、このような形状とは知りませんでした。
これこそ江戸の文化ですね。

福岡市内で戦で逃げた大将が切腹してその首を
葬ったと伝えられた“首塚”というのがありましたが、それにとても似ています。

常夜灯も不思議な気がします。
奈良、春日大社の万灯篭ならいざ知らず、道行く人の街灯を灯したりしたんでしょうか。

道標ともどもとても風情のあるものを見せていただき有難うございました。

Re: 日々紋次郎「一里塚」

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

実際の一里塚は、想像以上に大きいもので驚きます。何となく、木だけが植えてあるものだと思っていましたので、やはり実物を見ないとわからないものですね。

常夜灯については、維持費(油やろうそく代)を誰が工面したかは明らかにされていないようです。
奉納者はわかりますが、誰が点灯して維持したのでしょうね。

通勤途中にある常夜灯は、さすがに「電球」になってはいますが、灯っていると、なんとなくほっとします。
昔の旅人なら、なおさらでしょう。
灯りは人に安らぎを与えます。

  • 20100711
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「一里塚」

お邪魔いたしやす。

一里塚の言葉は知ってても実際には見たことありませんでした。
大きいものですね。驚きです。

今のように道路標示があるわけでなく地図もない昔の旅人にとって一里塚は言わば命綱のようなもんでしょう。
そのような大事なものだから簡単に崩れないよう大きな土盛りにしてるのでしょうか?

半分以上が榎というのも興味深いです

Re: 日々紋次郎「一里塚」

桐風庵の兄ぃ、コメントをいただきありがとうござんす。

あんなに大きい史跡を、4キロメートル毎に保存するのはさすがに難しいでしょうが、できるだけ残しておいてほしいですね。

家康が家来に
「塚には、ええ木を植えよ。」
と命じたのを、「えのき(榎)」と聞き違いをして、植えたとも言われています。

一里と言えば、ちょうど1時間歩いた距離ですね。
紋次郎が一里塚で休息をとるということは、原作にもなかったように思います。
私なら一里塚毎に休憩して、ちっとも道中が進まなかっただろうなあと思います。
昔の旅人は、紋次郎ならずとも、本当に健脚だったようです。

  • 20100712
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 日々紋次郎「一里塚」

お夕さん、Guten Morgen !、
そして暑中お見舞い申し上げ候、

初めに好きな一休さんの句でお正月をちょっと思い出し候、
一里塚のこと興味深く読ませていただき、東海道、中仙道、甲州街道と
昔の人の旅姿に想いを馳せております。

  • 20100713
  • 淡青 ♦pDmV/urE
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Re: 日々紋次郎「一里塚」

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

300~400年も昔の旅人も、この一里塚を見上げていたんだろうなあ、と思うと感慨深くなります。

この歳になると、正月だ、誕生日だと手放しで喜べない気持ちを、一休さんは上手く詠んでいらっしゃいますね。

この先いくつ、人生の一里塚を迎えることができるんでしょう。
「今日がいつも、おしめぇの日だと思っておりやす」
の心境にはなかなかなれませんが、一日一日、一歩一歩を大切にしていきたいものです。

  • 20100713
  • お夕 ♦wikz35BA
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はじめまして

僕のブログへのご訪問&コメント、ほんとうにありがとうございます。
紋次郎の影を追って実際に旅をされているのでしょうか。すごいですね。写真もドラマのワンシーンを思い出させるものばかりです。ご自身で撮られたのでしょうか。
これからもよろしくお願いします。

  • 20100714
  • 雪天 ♦4euuRMTk
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Re: 日々紋次郎「一里塚」

雪天さま、早速のご訪問とコメントをいただき、ありがとうございます。

雪天さんの、芸術的な写真には及びませんが、参考にさせていただきます。

選び抜かれた言葉で綴られた、貴ブログの詩も勉強になります。

こちらこそよろしくお願いいたします。

  • 20100714
  • お夕 ♦wikz35BA
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  • 編集 ]
Re: 日々紋次郎「一里塚」

お夕様。こんにちは。ずいぷんとご無沙汰しました。今回は本当に色々とご心配やらお気づかいなど頂き深く感謝しております。
思わぬ病を得て、一時は絶望のどん底でした。自殺を考えた事も・・・でも、怖くて出来ないけどね。うしなった物もあるけれど、それ以上に大切な物を見つけように思います。ある友人が贈ってくれた詩があります。ニューヨーク大学リハビリステーション病院の壁に張ってあるそうです。
作者は不詳でベトナム戦争の負傷兵ともここに入院していた神父とも言われています
私が一番感銘受けた個所をご紹介しますね。

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるように
命を授かった

本当はもっと長い詩なのですが、ここの箇所に一番心打たれました。お金でもなく物でもなく、笑って毎日を過ごせるのが一番大切なんだと気づかされました。そして、たくさんの人々の励ましや温かさに改めて感謝しています。
お夕様もそのおひとりですけどね。もちろん
本当にありがとうございました。
私、バージョンアップして復活です。なーんてね。

それはさておき、この作品は中村氏が大けがした作品ですよね。見直す度に[あっ、ここでこの木に引っ掛かって落ちたんだ」と思ってしまうんですよね。
仕事はまだしてなくて、家にいるのですが、もう元気いっぱいです。でも、どう言う訳か手が震え字が書けない状態なの。こうしてパソコンが打てるようになったから少しづつは良くなっているみたいです。あまり、書き込みは出来ないかも知れませんが、これから読んでない分も読ませて頂きますね。
貴重な一理塚の写真見せて頂いてありがとうございます。地元で探して見るのも楽しいかもしれませんね。では、そろそろ梅雨明けも近いようで、夏バテなどなさいませんように。又ね。

  • 20100715
  • sinnosuke ♦yl2HcnkM
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Re: 日々紋次郎「一里塚」

shinnosukeさま、お久しゅうございます。
コメントをいただき、本当にうれしいです。

どうしていらっしゃるか、ずっと気にはなっていたのですが、お元気そうでなによりです。
こうしてまた、紋次郎について熱く語り合えるなんて、夢のようです。
まさに、
「帰って来たsinnosuke」です!(笑)

「あらゆることを喜べるように命を授かった」
名言ですね。私も心の糧にしていきたいと思っています。

どうぞ無理をなされずに、精神力、体力をいっぱい充電してくださいね。
その一助にでもなれれば、と思っています。微力ですけどね。

今夜はとってもうれしいので、祝杯をあげたいと思っています。
これからも、よろしくお願いしますね!

  • 20100715
  • お夕 ♦wikz35BA
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