紋次郎気質

1972年、一世を風靡した中村敦夫演じる木枯し紋次郎。笹沢氏が生み出した紋次郎とを比較しながら、紋次郎の魅力に迫ります。

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紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」
中山道木曽路にある琵琶峠の名前が出てくるのは、「冥土の花嫁を討て」です。「琵琶峠」……美しい響きのある名前です。
47番目大湫宿、48番目細久手宿、琵琶峠……これらは現在の岐阜県瑞浪市にあり、峠は両宿の間にあります。
私はこの周辺の地を2度訪れています。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

1度目は大湫宿から琵琶峠へと進みました。
大湫宿と細久手宿は御嵩宿と大井宿の間隔が長いため、慶長年間に設置された新宿です。
山に抱かれたような静かな宿場で、訪れる観光客には誰一人出会いませんでした。そこがまた、たまらない魅力の一つでもあります。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

大湫宿を調べますと、宿内の長さは、3町6間(約340m)、人口約340人、戸数は70~80戸でうち旅籠屋は35軒内外であったということですから、こじんまりとした宿場だったようです。
小さな宿ではありますが、皇女和宮をはじめたくさんの姫様がこの地で宿泊されたということです。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

大湫宿で印象に残っているのは、神明神社の大杉です。樹齢1300年、周囲が11メートル、高さ60メートルもあるご神木です。岐阜県天然記念物に指定されています。
風雪に耐えた堂々とした姿に圧倒された旅人が、何人も驚きの視線で見上げたことでしょう。そして私もその一人でした。
見上げた旅人の畏敬の念をエネルギーとして、この大杉は、これから先も天を目指すのだろうなあと思いました。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

本陣は明治時代に小学校になったようですが、脇本陣は半分ほどの規模は残っています。当時は部屋数19、畳数121畳、別棟4という広大な建物だったようです。
門や庭などは垣間見られますが、公開はされていませんでした。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

宗昌禅寺は本陣、脇本陣に次ぐ控え本陣としても使われたという寺で、大湫村を開いた保々宗昌が、慶長五年(1600年)に開基しました。
鐘楼前には石仏群がありました。
この石造物は文化十一年(1814年)の女人講によるものです。
女人講という文言だけで、ドキドキしてしまいます。「女人講の闇を裂く」の世界が頭をよぎります。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

この観音堂はもとは宗昌禅寺の境内にありましたが、享保六年(1721年)に宿の西に移されました。
その後文政七年(1824年)の大火で焼失し、現在の堂は13年後の弘化四年に再建されました。
絵天井は瑞浪市文化財で、境内にはお地蔵様や古い石造物があり、しだれ桜がありました。
小高い場所にありますので、眼下に宿場が見られます。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

宿場の西外れに高札場がありました。この高札場は平成に再現されたものですが、かなり大きいものでした。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

大湫宿を後にして、いざ琵琶峠。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

馬頭様をいくつか目にして東口から上りました。琵琶峠は約700メートルにわたって石畳が続きます。
長い間忘れ去られ埋もれていた峠道でしたが、昭和45年に江戸時代の石畳が見つけられ、当時の峠道に復元され整備されました。
江戸時代の石畳道としては日本一の長さだということです。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

杉木立の中、石畳の峠道が蛇行しながら続きます。まさに紋次郎の世界。今にも杉木立から紋次郎が足早にやって来る気配に胸が高鳴りました。

「街道は蛇行しながら、西の方向へ上っている。峠路であった。峠の名を、琵琶峠という。当時の街道名所図絵には『琵琶峠、道は至って険しく、岩石多く上り下り十丁ばかりなり。坂の上より丑寅の方角に木曾の御岳が見ゆ。北には加賀の白山が、飛騨山の間より見ゆ。西に伊吹山見ゆ。』とある。」(原作より抜粋)

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

峠を上りきった所から周囲を見渡しましたが当時と違い、上記のような景色は残念ながら見られませんでした。
峠の頂上の道は特に狭く、風が通り抜け、聞こえるのは木々が風に揺れる音だけでした。幅2メートル足らずのこの峠路を、和宮一行も越えて行ったのです。
延々と続く行列が、難儀しながら越えて行ったことでしょう。

この峠道を下っていた紋次郎を待ち構えていたのが、土橋征之進でした。
大粒の雨が降りしきる中、紋次郎は現れます。

「前方はすでに、銀色に霞んでいた。その中に、一つのシルエットが浮かび上がった。歩いて来るのだが、まるで走っているみたいに早かった。道中支度の、渡世人であった。使い古された隙間ができた三度笠を、前へ傾けるようにして歩いて来る。」(原作より抜粋)

二人は沛然と降る雨の中、凝視し合います。
原作には琵琶峠の石畳については書かれていませんが、雨の石畳はきっと滑りやすかったと想像します。

この街道筋にはいくつか一里塚が残されています。難所と言われた所ですので、一里塚の木の下で旅人は休息をしたことでしょう。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

紋次郎たち一行は、細久手宿から琵琶峠を越え、大湫宿を過ぎ、大井宿に向かおうとしますが、大井の西で土砂が崩れて道を塞がれてしまいます。
そこで西行法師に因んだ「法師茶屋」に逃げ込むという展開になります。実際に「法師茶屋」なるものがあったかどうかはわかりませんが、西行は晩年、大井で過ごし没したと言われていますので、西行に関係する史跡はあちこちにあります。

紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

小説に書かれた所を訪ねると、フィクションでありながら、まるで史実の地に足を踏み入れたような気になります。皇女和宮には申し訳ないのですが、やはりフィクションの紋次郎の方が、私にとっては現実味を帯びて心に迫ってきます。

琵琶峠の石畳……紋次郎に会いたい人は、ぜひ足を運んでほしいお勧めのスポットです。

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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

なんとも由緒ある景色!
今回もとてもステキな写真ですね。

樹齢1300年の大杉ですか。
宿のにぎわい、行き交う人々、
いろんな歴史を見守ってきたのでしょうね。
不思議な気がします。

  • 20100717
  • ナラリーノ ♦SJMMuUIM
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

ナラリーノさま、コメントをいただきありがとうございます。

この大杉、あまりの大きさに写真に収まりきらないぐらいでした。

うちの職場の近くの神社にもご神木として大きな杉があったんですが、3年前雷が落ちて枯れてしまいました。
ですから1300年も無事に、この地で根を張り枝を伸ばし続けた大杉には驚きです。

長い年月、この大杉もいろんな時代を生き抜いてきたんですね。
この宿場のシンボルというのも頷けました。

  • 20100717
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

お夕さん今晩は!、

琵琶峠とは琵琶法師もこの峠を越えて旅をされていたのでしょうねぇ~・・・
練習も兼ねてここらで琵琶を弾かれていたのでしょう、そしてその音色に惹かれるかのように
この石畳を急ぐ三度笠の紋次郎さんが通りかかるような風情を感じるような気がします・・・

  • 20100718
  • 淡青 ♦pDmV/urE
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

淡青さま、コメントをいただきありがとうございます。

琵琶峠の名前の由来はわからないんですが、昔は眺めがすばらしかったということですので、景色を眺めながら琵琶を弾いた人がいたかもしれませんね。

伊吹山まで見えたということですから、もしかしたら琵琶湖まで見えたのかなあ、と思ったりもします。

今は観光という目的で訪れる人ばかりですが、昔は難所だったので、旅人は苦労して峠を越えました。
それだけに、峠の頂上から見える景色のすばらしさは格別だったでしょうね。

最近は中山道を歩いて旅する人が増えているようですが、私の夢でもあります。
足腰と根性が必要でしょうが……できるかなあ?

  • 20100718
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

こんばんは。
遊びに来ました。

木枯らし紋次郎というと
葉っぱくわえて三度笠のイメージしか…
(スイマセン)
石畳の街道の写真っていいですよね。
紋次郎さんの雰囲気にはぴったりです。

Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

toitaさま、遊びに来てくださってありがとうございます。
コメントもいただき、うれしいです。

この場所には、何百年も昔の風が今も吹いているようなオーラを感じます。

結構有名かと思いきや、2回訪れて出会った人は合計4~5人という静かな所です。
逆に、変に観光地化されていなくていいんですけどね。

こういう所は、一人か二人で行くのがベストですね。
紋次郎に出会えそうで、峠のてっぺんでずっと待ってましたが(笑)、やはり風が通りすぎていくだけでした。

  • 20100719
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

お夕さんのブログを拝見していると、まるで自分で
旅をしている気分になります。そして、ふらりと
旅に出たくなります。
杉木立の中をゆく石畳の峠道、いい雰囲気ですね^^こんなところを歩きたくなります

  • 20100720
  • 雪天 ♦4euuRMTk
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

雪天さま、コメントをいただきありがとうございます。

紋次郎さんの追っかけを始めてから、こういうひっそりした風情ある所に心惹かれるようになりました。
ということで、最近足を運ぶのは山方面ですね。
森林浴と共に好きなことをいろいろ想像するのは、精神的にもいいことだと思っています。
雑踏を目にするだけで、ドッと疲れますので、都会にはまれにしか行きません。

雪天さんも近くにきっと心落ち着くいい場所がありますから、足を運ばれてはいかがでしょうか?

  • 20100720
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

東海道本線、東海道新幹線しか頭になかったんですが、中山道は江戸に抜ける要路だったんだなと最近つくづく感じています。

宿場の写真には特にその歴史的風情を感じます。

>山に抱かれたような静かな宿場で、訪れる観光客には誰一人出会いませんでした

これが、訪れるのには最高ですが、維持が出来なくなってさびれていく気もします。

でも、大湫宿に皇女和宮が泊まられた時など、お付きの人などで宿場借り切りみたいで大変なことなんじゃなかったと思います。

しかし、この歴史街道をバックグラウンドに書き下ろされた“木枯し紋次郎”ってやっぱりお洒落ですね。
神明神社の大杉横もニヒルな感じに歩いて行ったような気がします。

Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

小父貴さま、コメントをいただきありがとうございます。

当時、東海道に次いで中山道は重要な街道でした。大名行列も通りましたし、皇族のお輿入れは中山道を使ったそうです。

特に輿入れは、東海道に大きな河川が多かったということと、嫁入りには向かない地名があったからとも言われています。

紋次郎も東海道を歩くこともありますが、やはり中山道の方が多いようです。
と言うことで、私は中山道が好きなんですね。
小説に出てくる地名を目にするだけで、ワクワクしてしまいます。

  • 20100722
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

こんにちは。
梅雨明けしたとたんに、この暑さ・・・。
中村敦夫さんは、暑いのが大の苦手!とおっしゃっていて、ちょっと意外でした。
原作では、猛暑をものともせずに旅を続ける紋次郎が描かれていて、その強靭さが印象的でした。
お夕さんの「紋次郎の影を追う」を読んでいると、紋次郎もこんな景色を見たんだろうなぁと、しみじみしてしまいます。
それと・・・お夕さんとみなさんのコメントのやりとりを読ませていただくのも大好きです!
みんなが紋次郎を大切に思っているのが伝わってきて、私なりの紋次郎観も更に深まっていきます。

  • 20100723
  • 百合子 ♦-
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

百合子さま、コメントをいただきありがとうございます。

放映では秋から冬の設定ですので、紋次郎さんが大汗をかきながら街道を行くシーンはありませんが、原作の夏バージョンはホント、暑そうですね。

旅人は夏場だと、夜明け前ぐらいから歩き出し、三時には旅籠に入るようです。
早めに宿に入らないと、お風呂の順番が遅くなり、入るときには湯がドロドロになっていたとか……。

そういえば現代でも、宿泊のチェックインは三時がほとんどですね。
土地の貸元に一宿一飯を乞うのも、三時までという掟がありました。
関係あるんでしょうかね。

みなさんのコメントは、本当にうれしいですし励みになります。
放映や原作をあまりご存知ない方、百合子さんのように深い造詣をお持ちの方、どんな方からもコメントをいただくことは新たな刺激になります。

ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

  • 20100723
  • お夕 ♦wikz35BA
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

本当に紋次郎さんがふと歩いていそうですね。

山の中の木陰の涼しい風を感じました。

本当にお夕さんの写真は落ち着きます。

  • 20100815
  • てのりぱんだ ♦C/Rcg83E
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Re: 紋次郎の影を追う「大湫宿・琵琶峠」

ぱんださま、コメントをいただきありがとうございます。

本当にここはいいところです。
ただ2回目(5月)に訪れたときは、虫が顔の周りをブンブン飛び回っていたのには閉口しましたが……。

昔の人は虫除けスプレーなど持ってませんから、どうしていたんでしょうか。
煙でも焚いていたんでしょうか。

すみません、風情のあるコメント返しができずに……。

また懲りずにおいでくださいね。

  • 20100815
  • お夕 ♦wikz35BA
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